第8話 剥がれた仮面
「ねぇ」
一夜明け、守護竜様が部屋から出ていかれて間もなく、隣室からロクサーヌ様が顔を出しました。
「昨夜の黒髪の美しい方は、あの竜なの?」
「えっ? あ、はい、そうです」
「……ちゃんと美男子になれるんじゃない」
ロクサーヌ様は頬を上気させ、夢見るような眼差しをしています。
「あれほど美しい方だと分かっていれば、私だって花嫁を断らなかったわ」
「あの、ロクサーヌ様。あれは私たち人間を怖がらせないための、作り物のお姿で……」
「作り物だってかまわないわ。あんな素晴らしい方の妻になれるのなら!」
ロクサーヌ様は胸の前で両手を組むと、軽やかにその場でくるくると舞いました。
「ついて来なさい、エレナ」
「ロクサーヌ様?」
「守護竜様に本当の妻が私であることをお伝えしなくては!」
(えっ……)
「エレナ! ……む、それに侍女か」
ロクサーヌ様と共に広間へ赴くと、守護竜様は機嫌よく私たちを迎えてくれました。
「エレナ、どうした? 表情が暗いようだが」
「畏れながら守護竜様」
ロクサーヌ様が、私の顔を覗き込もうとした守護竜様の前に、遮るように立ち塞がります。
「なんだ、侍女。無礼だぞ、そこをどけ」
「わたくしこそが守護竜様の花嫁。侍女はこのエレナの方でございます」
「なに?」
守護竜様が首を巡らせ、私を見ます。
「エレナ、お前の侍女は何を言っている?」
「あの……」
「エレナ、あなたは黙っていなさい!」
ロクサーヌ様が鋭く私を制します。私は仕方なく口を閉ざしました。男爵家の人間が、王家のお姫様に逆らえるはずもありません。
「守護竜様、もう一度申し上げます。ヴァリアナ王国の姫は、真実このわたくし、ロクサーヌでございます」
守護竜様が、問うような眼差しをこちらへ向けます。
私が仕方なく肯定の意味を込めて頷くと、守護竜様の息を飲む音が微かに聞こえました。
「卑しくもこのエレナは、トカゲ好きで有名な変わり者でして。以前より守護竜様に邪な想いを抱いていたのです。わたくしが花嫁に選ばれた時など、侍女として同行させるよう、恐ろしい形相で迫ってきました」
(えっ)
「そして、わたくしの側に護衛がいなくなったのを見計らい、立場を入れ替わるよう脅してきたのです。わたくしは逆らうことも出来ず、仕方なく侍女としての生活を強いられることとなりました」
違います、嘘です、出鱈目です。
否定したいのに、発言を禁じられた私にはそれが叶いません。
それに、入れ替わっていたこと、守護竜様に真実を隠していたことは本当なのですから。
守護竜様は、信じられないという目で私を見ています。
(グリフィンに軽蔑されてしまった……)
そう感じた瞬間、私の眼から涙があふれだしました。
数ヶ月前、この同じ場所で「実は私が姫です」と伝えた時、守護竜様は怪訝な表情をされていました。きっと今「あれはそう言うことだったのか」と腑に落ちていらっしゃることでしょう。
「ですが、わたくしはエレナを許そうと思います」
ロクサーヌ様は守護竜様に向かって、にっこりと天使のような微笑みを浮かべます。
「トカゲ好きが高じたあまり、守護竜様に邪念を抱いた哀れな子ですが、これからも私の側に仕えることを許しましょう。ね? エレナ」
「は、はい……。ロクサーヌ様の寛大なお心に感謝いたします」
涙が止まりません。
私はこれから、愛した守護竜様がロクサーヌ様と添い遂げる様子を、ずっと隣で見続けなくてはならないのでしょうか。
守護竜様に軽蔑されたまま。
「さぁ、守護竜様」
ロクサーヌ様は白い指を胸の前で組み、熱を帯びた眼差しを守護竜様へ向けます。
「そんな恐ろしい姿は今すぐおやめになって。昨夜の美しい姿にお戻りください。あの黒髪の美男子の姿で、わたくしを妻と呼んでくださいまし」
その時、黒光りする鱗の上を、青色のトカゲが滑るように駆け下りてくるのが見えました。
「……やはり、か」
守護竜様は一つ頷くとその身を輝かせ、黒髪の美丈夫へと姿を変えました。
「あぁ!」
ロクサーヌ様が歓喜の声を上げます。
「なんて美しい……。この世のものとは思えない立派なお姿。これでこそわたくしの夫に相応しいわ。あんな醜くも恐ろしい竜の姿など、わたくしの前では二度となさらないでくださいましね?」
頬を染め、目を輝かせるロクサーヌ様の手を、人の姿になった守護竜様がそっと取ります。そして優雅にエスコートし、広間を後にしようとなさいます。その間にもロクサーヌ様は、守護竜様の変じた人の姿がどれほど素晴らしいか、言葉を尽くして誉めそやしていました。
二人の姿が視界から消えた時でした。
「キャアアッ!」
ロクサーヌ様の悲鳴が聞こえてきました。
(ロクサーヌ様?)
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