第三話
『シオリ、お願いだから連絡ちょうだい』
……シオリ宛てに、メッセージを送る。
もう何個目のメッセージだろうか。
既読はやはり、つかない。どんなに待っても、返事もない。
――シオリがいなくなって、一週間が経った。
一緒に帰った日の夜、シオリはいなくなってしまったのだ。
どうやら家出とか、そういうものではないらしく……シオリについて、学校でも聞かれることがあった。
シオリは失踪してしまったのだ。スマホを持って。
――大丈夫、だよね。
私はそう信じるしかなかった。シオリが何か事件に巻き込まれたなんて、そんなことは考えたくなかった。
でも家出するなんて考えられない。あの日、私達は楽しく趣味の話をしていたのだ。シオリに家出するような気配はなかったし……シオリが既読無視するなんて、信じられない。
怖いことを考えるのはやめよう。
こういう時は、楽しいことをしよう。
気持ちを切り替えて、私はスマホで小説投稿サイトを開く。いまは、楽しい物語を読んで、その世界に入り込みたかった。トップページに並ぶピックアップ小説の中に、何か面白そうなものがないか、探してみる――。
その中に。
『読者の方、編集者の方、はやく私を見つけてください。面白い小説を書いているんです』
そんなキャッチコピーが。
シオリの失踪のことばかり考えていて、あの日話した内容を、すっかり忘れていた。思わず私は座り直す。
これが例の小説か。シオリが送ってくれたURLは開けなかったけれど、本当にあったんだ。
――シオリはこれを読んで、面白いと思ったのかな。
――またシオリとweb小説の話、したいなぁ……。
そのキャッチコピーをタップする。シオリは失踪する前、きっと最後にこれを読んでいたのだ。
だから、私も読んだのなら、感想会ができるような気がして。
ただ、作品ページを開いて後悔する。
「うわあ……」
何を言いたいのかわからないあらすじが書いてあった。専門用語がたくさんあるのはもちろん。多分、かっこいいあらすじを書きたかったんだろうけど、気取りすぎてて引く、というか。
なんというか……作者の自己満足を感じた。
……昔の私の小説も、こんな感じだったのかな。そう思うと、読まれなくて当たり前だったと思ってしまった。
とはいえ、小説は本文を読んでみないとわからない。
それもある程度は読まないと、わからないものなのだ。
……私だって、小説を公開した時に「ここまで読んでもらえたのなら、きっと面白いと思ってもらえるはず!」と考えたポイントがあった。
ただ、全員序盤で離脱してしまったから、そこまでたどり着いてくれなかったけれども。
私は、プライドを持って、この作品を読むことにした。
せめて三分の一は読もう。そのくらいまで読まないと、小説はわからない。
まるで過去の私を慰めるような気持ちで、一ページ目を開く――。
『見つけてくれてありがとう』
最初に、そう書かれていた。
『でも、もう誰も評価してくれないって、わかってるんだ』
……作者が自分を下げているのは、正直受けが悪いと思う。これじゃあ、読まれるものも、読まれないんじゃないかな。
それでも私は読み続ける。まだ二行しか読んでいないのだから。
『これまでずっと、そうだったから』
それに、気持ちがわからないわけじゃないから。
『けれど私達の小説は本当に面白い小説だったんだ』
私達?
グループで作品を書いているのかな、と思ったその時に――次の文章が、震えだす。
『この作品の魅力を知らないままでいるのは、無視するのは、もはや罪だと思う』
ゴシック体、明朝体、サイズも変わって、まるで壊れたみたいに。
その文章の下に。
『アヤカ逃げて』
でもその文書はぱっと消えてしまって。それ以外の文章もすべて消えてしまって。
白紙のページ。ただそれだけ。
そこに。
『罰を受けろ』
ふっ、と、スマホの画面が真っ暗になってしまう。
その闇が、どろりと溢れ出す。
闇は文章になっていた。
――どうして。頑張ったのに。認めてもらえない。
私の手に、腕に、身体に絡みつく。
――私を見てよ。なんであの作品が。ずるい。
「い、や……」
悲鳴を上げようにも、もう口にも文章が巻き付いてしまっていた。
――ふざけるな。調子に乗りやがって。へたくそなくせに。媚び売ったくせに。
私の全身が、怨嗟の文章に包まれていく。
果てに、ずるん、と。
闇が私を呑み込み、反転するように私のスマホも呑み込んだ。
* * *
小説投稿サイトのトップページ。ピックアップ作品のキャッチコピーが並んでいる。
その中に一つ。
『助けて、ここから出して。私はここ。捕まった。お願い、誰か』
その文章は揺らいだかと思えば変わる。
『読者の方、編集者の方、はやく私を見つけてください。面白い小説を書いているんです』
【終】
はやく私を見つけてください ひゐ(宵々屋) @yoiyoiya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます