第33話 弟子になりたそうにこちらを見ている

 表に出てみたけれど、サイラスは不満そうだ。


「決闘って言ったじゃないすか。なんで木剣持ってくるんですか」


「気安く決闘なんて言うもんじゃないよ。その分、君は真剣なんだろうけど、相手の命を奪う、あるいは自分が命を失う。それだけの価値のある戦いか考えてみなよ。実力を示すだけなら、木剣の試合で充分なはずだよ」


「……それもそうっすね」


 納得してくれたようなので、もう一振りの木剣を渡す。互いに構えて向かい合う。


「では僭越ながら、私が審判を」


 レティシアが側面に立ち、高く手を掲げ、振り下ろす。


「始め!」


 その刹那、サイラスは急接近してきた。いい踏み込みだ。


 弾くつもりで、剣を合わせる。大抵の相手なら、これで剣は手から抜けてしまう。それで勝負ありだ。


 しかし思った以上の握力だ。サイラスは剣を手放さない。代わりに、彼の木剣が耐えきれずに、ばきんっ! と折れてしまった。


「あっ」


 追撃はしない。これはこちらの道具の不備だ。


 サイラスは折れた木剣を眺めつつ、苦笑。


「やっぱ、オレらのレベルじゃ木剣じゃダメっすよ」


「う~ん。素振り用じゃこんなもんか」


「やっぱ真剣でやりましょう。致命傷はできるだけ避ける感じで」


「でもなぁ、君の剣、高そうだからなぁ。傷でも付けたら可哀想だし」


 するとサイラスはご機嫌な笑顔を見せる。


「あ、わかります!? へへっ、これオレが勇者になったとき、貯金全部と、それでも足りないから親からの借金して作ってもらった逸品なんすよ! いい剣です。そう簡単に傷がついたりなんてしないっすから安心してくださいっす」


「君がいいならいいけど。どうなっても知らないよ」


 おれは木剣をそのまま構える。


「いやレオンさんも真剣を……」


「おれはこのままでいいよ。いいハンデだ」


「だから、侮らないでくださいって言ってんじゃないすか!」


 サイラスは愛剣を抜き、一気に踏み込んできた。真剣の扱いのほうが慣れているのか、先ほどより動きがいい。流れるような連撃が飛んでくる。さすがシーロン流宗家、素晴らしい剣技だ。


 そのどれをも回避し、あるいは木剣で受け流しつつ前進。


 隙を見て、木剣の柄で軽く一撃。サイラスの体は宙に浮き、地面に転がった。


「ぐぇっ、げほっ!? な、なんすか今の? 渾身のコンビネーションだったのに」


「じゃあ次はおれの番だ」


 呼吸を整えられるくらいの間をあげてから、おれは踏み込む。そのまま型稽古にあるような基本の連続攻撃を仕掛ける。


「うぇっ!? ぐぅう!? どわぁあ!?」


 サイラスはぎりぎりで剣で受けていくが、そのたびに大袈裟に気合の叫びが入る。


 そのまま間断なく攻撃を続けると、完全に余裕を失くした表情になり、防御にだけ剣を振るうようになっていく。


 せっかくなので隙を作ってあげる。しかし、サイラスは打ち込んでは来ずに、後退して距離を開けた。カウンター入れようと思ってたのに。


「ちょっ、ちょっと待ってください!? なんですか、それ!? 一撃一撃がめちゃくちゃ重いんすけど! なんで奥義級の威力を溜めも予備動作もなしに連発できるんすか!?」


「いや基本技にそんなのいらないでしょ」


「基本技!? いや、えっ、なんかガルバルド流の秘伝とかじゃないんすか!?」


「いや基本を鍛えただけ。だって基本技だけで充分でしょ」


「ぐっ、くぅうう! 確かにあんたは強いっすけど、基本技だけって……ずいぶん舐めてくれてるじゃないっすか!」


「いや基本技だけなのは舐めてるわけじゃ……」


「だったら引き出してやるっすよ! シーロン流の奥義で!」


 サイラスはさらに距離を取り、腰を深く落として剣は正面に構える。


「うぉおお……ッ!」


 奥義を放つために集中して気を高めている。これはなかなかの威力が期待できそうだ。


 もっとも、おれがその気なら、この間にすでに10発くらい剣を叩き込めているのだけど。


「行くっすよ! シーロン流奥義、活人重衝剣――!」


 高めた気を一気に解放して放つその一撃は、なるほど、奥義に相応しい威力だろう。木剣で防御しようとすれば砕かれ、おれ自身も傷を負うことになる。


 だからあえて前に出て、剣を振るう。


 互いの剣筋が交差し、すれ違う。


 こちらの木剣には亀裂が走ってしまった。対し、サイラスのほうは……。


「あぁあああ~~~!?」


 剣がぽっきり折れてしまっていた。


「だから言ったでしょ。どうなっても知らないよって」


「いやだからって折れるって。ええ、木剣相手に折れるって、えええ!?」


「側面から5発叩き込んで折らせてもらったよ。じゃないと防げないし。というか木剣相手に、さっきの奥義使うのもどうかと思う。おれじゃなかったら死んでるよ」


「あ、いや、一応、活人剣なので死にはしない技なんですけど……」


「とにかくもう終わり。おれの勝ちでいいよね?」


「い、いや! まだっす! 剣を折られてこのままじゃ済ませられねえっすよ! オレにはまだ魔法があるっすから!」


 折れた剣を手放し、今度は全身で魔力を集中させる。同時に呪文詠唱。


 詠唱内容は最大級魔法だ。その詠唱も早い。普通の魔法使いなら2、3倍はかかる内容だ。つまり中規模魔法の詠唱時間で、最大級が使えるわけだ。普通にすごい。


 でも、この魔力の溜めと詠唱の時間に、おれなら10回くらい魔法を叩き込めているんだよなぁ。


「さあ、こいつはどう防ぐっすか!? 最大火炎魔法メガブレイザー――!」


「火はやめてよ、まったく」


 おれは瞬時に、基礎的な火の魔法を発動。サイラスの最大火炎魔法メガブレイザーを、同等の大火炎で押し止める。


「うぇえ!? の、ノータイム無詠唱で最大火炎魔法メガブレイザーを!?」


「これは最大火炎魔法メガブレイザーじゃないよ。火の基礎魔法だよ。じゃなきゃ無詠唱なんて無理だって」


「いやでも、威力! 威力おかしくないっすか!?」


「鍛えたからね、基礎。ほら、もっと出力上げるよ。頑張れー」


「いやちょっ、オレ、これが精一杯――あっ、熱っ、あっつ!? や、やめっ」


「ダメ、やめない。人の家のすぐ近くで火炎魔法なんて、火事になったらどうするの。反省してもらうよ」


「うっ、うっわぁああ~!?」


 おれの基礎魔法は、サイラスの最大火炎魔法メガブレイザーを飲み込み、彼のもとに押し返した。


 一応、大火傷はしないように、すぐ消火してあげる。


 サイラスは仰向けにぶっ倒れていた。


 レティシアがおれのほうに手を掲げる。


「この勝負、おじさまの完全勝利ですわ! さすがです、おじさま!」


「いやとっくに勝負は見えてたでしょ。審判ならもっと早く止めてあげなよ」


「あのバカにはいい薬かと思いまして」


 サイラスは動かない。身体より精神のダメージが多そうだ。


「……マジっすか……。ここまで実力差があるなんて……」


「わかってくれたんなら、もう帰って――」


「決めました! 先生! オレ、レオン先生に弟子入りするっす!」


 なんとサイラスは起き上がり、弟子になりたそうにこちらを見ている。


「嫌だよ……」




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次回、サイラスの弟子入りを断ったレオンですが、そのサイラスから、現在、魔族と人間が緊張状態にあることを知らされるのでした。

『第34話 わたし、帰ったほうがいい……?』

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