第20話 天に還るときが来たんだ!

 おれたちは、幽霊ゴーストのクラウスと共に、再び屋敷に足を踏み入れる。


 またおれと手を握ったロレッタだが、ぶるぶると震えているのが伝わってくる。けれど、もう先程のように逃げようとはしない。懸命に、この場に立っている。


 その姿に勇気をもらったのか、クラウスは屋敷の幽霊たちに凛々しく声を上げる。


「帰った……。帰ったぞ! この屋敷の主、クラウス・サリアン・リヴァールだ! お前たち、この地を去り、天へ還るときが来たぞ!」


 だが屋敷の幽霊ゴーストたちは、クラウスを一瞥するだけだった。


「ぼくの言うことが聞こえないのか!? ぼくたちはもう死んだんだ。それに領主はもういない。ここで好きに暮らす権利なんてないんだぞ!」


 クラウスに耳を傾ける者はいない。返ってくるのは、ケタケタと嘲るような笑い声だけだ。


 その声に怖気づいたのか、ロレッタはおれの手を潰れそうなくらい握りしめてくる。


 クラウスもまた、勇気が挫けていく。


「やっぱり……ぼくじゃダメなのかな……」


 おれは首を振って否定する。


「ダメなんかじゃない。まだ責任を果たす方法はある。クラウス、君が領主として交わした誓約書はどこにある?」


「2階の執務室にあるはずだけど……」


「なら、そこに行こう。屋敷の幽霊ゴーストたちは、誓約書を拠り所にしているはずだ。取り上げてしまうか、燃やしてしまったりすれば、君の言うこともきっと聞いてくれる」


「そっか! ありがとう。行こう、こっちだよ」


 2階への階段を上がり、クラウスの案内で執務室を目指す。


 始めこそこちらを無視していた幽霊ゴーストたちだが、やがておれたちの向かう先を察すると、行く手を阻もうと集まってきた。


「う、ぐぅっ」


 複数の幽霊ゴーストに飛びかかられて、クラウスの姿が揺らめく。身動きができなくなるだけではない。幽体が引きちぎられつつあった。


「や、やめて……っ、やめろぉ……!」


 クラウスを助けようと、ロレッタは夢中で幽霊ゴーストを振り払おうとするが、触れることができなくて効果がない。


 おれは剣を抜いた。魔力を集中させた左手を這わせ、刃に神聖な魔力をまとわせる。


 その剣で斬りつければ、クラウスを襲っていた幽霊ゴーストたちは霧散していく。


 おれが唯一使える神聖魔法だ。効果はあまり高くない。霧散した幽霊ゴーストは、すぐもとに戻ってしまう。一時しのぎにしかならない。


 襲ってくる相手を捌きながら、少しずつ前に進む。


 幽霊ゴーストの攻撃は、おれやロレッタにも及ぶようになっていく。直接的な外傷は受けないが、触れられるとひどい冷気と幻覚で行動を阻害される。下手すればそのまま肉体を奪われ、ゾンビやグールにされてしまう。


 なんとか執務室には辿り着いたが、誓約書の場所がわからない。クラウスは物理的に触れることができないため、ロレッタが代わりに探す。


 その間、わらわらと集まってくる幽霊ゴーストは、おれひとりで対処する。


「くっ、数が多い。ロレッタ、まだ見つからないか!?」


「もうちょっと待って……! これ? 違う? じゃあこれ!?」


「それだよっ」


 クラウスの声に反応して、ロレッタが1枚の羊皮紙を取り上げる。


 同時にクラウスが叫ぶ。


「聞け、お前たち! お前たちはこの誓約書を拠り所に好き放題しているが、こんな物にはもうなんの力もないんだ! ぼくらはもう死んで、この土地は国の直轄地になっている! 誰もここにいる権利なんかない!」


 幽霊ゴーストたちは動揺したのか、一瞬動きを止めた。だが、そこに特に影の濃い幽霊ゴーストが現れた。そいつが指示するような仕草を見せると、幽霊ゴーストたちは一斉にクラウスに襲いかかった。


「うああっ!?」


 クラウスの幽体が引き裂かれていく。


 おれはがむしゃらに剣を振るうが、きりがない。このままではクラウスが消滅してしまう。


 クラウスだけでなくロレッタも幽霊ゴーストにまとわりつかれる。力が入らないのか、せっかく手にした誓約書を落としてしまう。


「や、やめて……っ、やめて! クラウスの話、聞いて!」


 懸命に叫ぶが止まらない。クラウスの姿も見えないほどに幽霊ゴーストが殺到していく。


「やめてよぉ……っ、やめ――やめてって、言ってるでしょお!」


 びしゃり! ロレッタの体から稲妻めいた魔力が放出された。


 それは光となって幽霊ゴーストたちに絡みつき、拘束する。


 これは……神聖魔法の波長? おれが使った基礎的な神聖魔法を、見よう見まねで応用したのか?


「なんで……? ねえ、なんで言うこと聞いてくれないの? あなたたちは、臣下なんでしょう? なんでなんでも決めちゃうの? なんで聞いてくれないの? おかしいよ……こんなのおかしいよぉ!」


「ロレッタ……」


「そんなことばかりするから、どうすればいいか、わかんなくなっちゃうんだから……!」


 その隙におれは誓約書を拾い上げる。


「クラウス、どうする? 君が決めるんだ!」


「焼き捨てて! こんなものがあるから、こいつらは思い上がっちゃったんだ!」


「わかった!」


 火の魔法を発動。誓約書を一瞬で灰にする。


 瞬間、影の濃い幽霊ゴーストが、嘆き苦しむ叫びを上げた。その他の幽霊ゴーストも不気味に泣く。


「これでわかったろう! お前たちは――ぼくもだけど、ここにいちゃいけないんだ! 天に還るときが来たんだ! 一緒に行こう!」


 クラウスは宣言に、しかし幽霊ゴーストたちは嫌だ嫌だと駄々をこねるように呻く。拘束されていない幽霊ゴーストが、ますます暴れ出す。


「ロレッタ! もういい、押し潰してしまうんだ!」


「……うんっ!」


 ロレッタが魔力の出力を高める。拘束力が高まり、幽霊ゴーストたちは潰されて霧散する。もうもとには戻らない。拠り所を失った今、もはや天へ還るしかない。


 影の濃い幽霊ゴーストが、最後の悪あがきとばかりにクラウスに襲いかかろうとする。


 そいつはおれが即座に両断。霧散して、天に還る。


 そして他の幽霊ゴーストも、次々と消滅していく。


 最後に残ったのは、クラウスだけだった。




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次回、自らの役目を果たして消えたクラウスに、ロレッタは自身を顧みてレオンに尋ねるのです。

『第21話 わたし、まだ一緒にいても、いい?』

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