第8話
クアトロ・セブンはキメラの横に手足を並べ、テレビカメラの方を見た。準備は出来たという合図である。特等席はテン・バーと警官である。また、クアトロ・セブンは柳葉にネット掲示板を開くよう告げる。そこでは既に実況が行われ、凄まじい勢いでレスが埋まっている。
「さて、先ずはこのキメラ、政府は外的身体変形及び反社会性人格障害と呼んでいますが、私は此処でこの方をキメラと呼びます。そして、私はこのキメラを人間とは思っていません。元人間であるが、今は人を襲う化け物だと思っています。
私のスタンスは今も昔も、そして将来も変わりませんので、お見知り置きを」
クアトロ・セブンの言葉にマスコミは一瞬ざわつくが、警官達が文句を言わせないと言う無言の圧力を出して黙らせた。
「キメラが出た場合、場所にもよりますが、私達魔法少女が現場に駆けつけるには10分から15分程を考えて下さい。下手をすると30分以上掛かります。警察の方々は我々が駆け付けるまで、その生命を張って現場にいる国民の避難誘導、キメラの包囲と逃亡阻止を行います。
今回の警察の方々は非常に優秀です。現場の四方を囲い逃げ場を失わせる事で、逃亡を阻止出来ます。これは被害を封じるための行いです。魔法少女は警察の方々にお膳立てされた戦場で戦います。
テン・バー。現場に辿り着いたら、警察の方に話を聞きなさい。良いですね?」
クアトロ・セブンの言葉に、テン・バーはハイと頷く。
「警官の方々では、キメラを殺すのは叶いません。ですが、キメラは警察の持つ銃に脅威を感じる様で、銃口を突き出さしていると、基本的に警戒して近付いて来ません。
しかし、貴方方が少しでも隙を見せたり、恐怖を見せることで、キメラを襲い掛かってきます。これは一般の犯人を逮捕するの同じですね。舐められたら終わり、です」
クアトロ・セブンの言葉に警官達がおぉと声を上げた。警察学校では教えて貰えないし所轄に配属されても確立された訓練や対処法が殆どないのだ。正確に言えば、対処がいまだよく分からず、こうしたら良いんじゃないか、と言う非常に曖昧な、憶測めいた物しか教えられていないのだ。
政府組織は腰が重いので、対キメラ対策マニュアルも殆ど意味のない物ばかりである。
「これは拳銃でも一定の効果を表します。
ですが、一番良いのはライフルやショットガン等です」
クアトロ・セブンは警官達から借りた銃達を両手に持つ。
「皆さんは警察に入って初めて銃を持つと言う方ばかりでしょう。
これらの基本的な扱いしか教育されていないはずです。銃を使った戦闘は自衛隊の分野ですから、しょうがないと言えばしょうがないのでしょう」
クアトロ・セブンの言葉に警官達や漸く駆け付けた自衛官達が頷いていた。テレビクルーも増え、カメラも多い。また、外部ではこの放送に異議を唱える市民団体が集まって抗議をしているようだった。
「自衛隊の使用している銃、89式小銃と言いますが、この小銃と警察の方がた使っているライフル、MR223A3の大きな違いは、連射が出来るかどうか、と言うところです。
MR223A3は一発一発が指でトリガーを引かないと発射しません。これは周知の事です。なので、キメラが突っ込んできた場合、これを一発撃ちこむだけではキメラに何の損傷も与えられません。もし、手元にショットガンがなく、この銃が数丁あるならば、同時に銃弾を当てて下さい」
クアトロ・セブンの言葉に、メモを取る警官が多い。
MR223A3は文字どおり、.223ライフル弾つまり5.56mmのライフル弾を使用する。これは自衛隊の使っている89式小銃と同じ口径、同じ弾丸を使用しており、自衛隊から弾丸を融通して供給されており、地味に日本の弾薬備蓄量を逼迫しているので輸入する弾薬も使用しているのが、日本の現状である。
そして、この22口径ライフル弾、人間に撃てば凄まじい威力を発揮するが、キメラの固い“装甲”を前には多少の傷を付けられるも、致命傷を狙うには何発も撃ちこむ必要がある。関節や眼球、耳、口を狙って撃てばダメージを与えやすいが、動きの早いキメラにその命中弾を与える事が出来る人間はSATや自衛隊の特級射手ぐらいだ。
「ショットガンがあるならば、近付いて来るキメラを撃って下さい。ショットガンはスラグ弾と呼ばれる一粒弾です。弾はバラけませんが、非常に強力で、警察の方が装備携行する火器の中で最も攻撃力が高いでしょう。
至近距離で頭に当てれば貴方方でもキメラを倒せます。殺せなくとも、手足を狙えば、先ず間違いなく負傷させられるますが、まず当たりません。なので、過剰な自信は持たないで下さい」
クアトロ・セブンはそう言うとショットガンの説明を終える。
そして、次に足元に転がっているキメラの鎌を拾い上げた。
「一部のキメラを除けば大抵こう言う鎌状の腕を持っています。
すいませんが、そこの貴方」
クアトロ・セブンは脇に居た警察官を一人指名する。警察官は緊張した様子でハイと前に出た。
「申し訳ありませんが、手錠を貸して貰えませんか?」
クアトロ・セブンの言葉に警官はよく分からんと言う顔で、手錠を差し出した。クアトロ・セブンはその手錠をテン・バーに掛けた。全員が、何をやっているのだ?と言う顔で二人を見るし、テン・バーも同様だった。
「良いですか?
手錠の鎖を切るにはそれ相応の工具が必要です」
クアトロ・セブンはテン・バーに腕を前に出して、鎖を張るように告げた。テン・バーは意味が分からないと言う顔で鎖を張ると、クアトロ・セブンは手錠の鎖に鎌を振り下ろす。ギヂンと言う鈍い音がして、鎖は綺麗に切れてしまった。
その現象にその場に居た誰もが驚く。
「キメラの鎌はこの様に手錠も切ってしまいます」
クアトロ・セブンはパソコンの画面に目を移す。鎖を切った瞬間、凄まじいレスが書き込まれ、その中の1つに「それは魔法少女がやったからだろ」というモノがあった。
「キメラは私達魔法少女よりも強力な腕力をしていますが、良いでしょう。
もう一つ、貰えますか?」
別の警官に手錠を貰い、また、テン・バーに掛ける。そして、今度はカメラの脇に居た顔だけで入社した様なアホなコメントばかりを残していることで有名な女性アナウンサーを呼ぶ。
「貴女、今私がやったことをやれますか?」
クアトロ・セブンは手に持った鎌をアナウンサーに渡す。アナウンサーは目を見張り、付いて来たディレクターの方を見たが、ディレクターはやれと頷いた。アナウンサーは震える手でキメラの鎌を持つ。関節の方は既に冷たくなっているが、確かに人の肉だ。人の腕だ。
アナウンサーは涙を一杯に溜めると、鎌を振り上げてテン・バーに振り下ろす。その際、アナウンサーは目を瞑っており、狙いが盛大に逸れるも、テン・バーがそれに合わせて鎖に当てた。テン・バーもアナウンサーも切り終わった後、小さな悲鳴を上げた。
「ネットの住人の皆さん。
これで良いでしょうか?この鎌はこれ程の切れ味があるのです。この様に腕立て伏せを一回も出来なさそうな女子でも切れます。もう一度言いますが、キメラの殆どは我々魔法少女よりも強力な力を持って居ます。鎌の攻撃範囲内に入ったら最後、綺麗に切られます。
警察の方も、自衛隊の方も決してキメラに近付かないで下さいまし。貴方方が死ぬとそこからキメラが逃げてしまいます」
クアトロ・セブンが声を大にして告げた。
「さて、次にテン・バーの為に教えましょう」
クアトロ・セブンは鎌をテン・バーに持たせる。テン・バーもやっぱりアナウンサーと同じ難しい表情で鎌を持つ。
「テン・バー。私のBARを切って下さいまし」
クアトロ・セブンの言葉にテン・バーは少し驚いたが、言われた通り、軽く振り上げて銃身に鎌を振り下ろした。ガキンと音がしたが、鎌は銃身に食い込まない。そう、切れていないのだ。
その光景にテン・バーは勿論、周囲の警官や自衛官、マスコミ達は驚いた顔をする。
「魔法少女の武器は通常の銃よりも数十倍以上の強度を持っています。剣も槍も同様です。まぁ、弓は木製だと斬られますが、鉄製だと殆どは無事です」
クアトロ・セブンはテン・バーから鎌を返して貰い、今度は鎌を振り上げて思いっきり振り下ろした。すると、M1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃は綺麗に一刀両断される。
この光景にもまた周囲がどよめいた。先程切れないと言ったばかりの銃が切れてしまったのだから。クアトロ・セブンはそれを見てウムと頷く。
「この様に、キメラが我々を本気で切って掛かると簡単に切れてしまいます。
テン・バー。貴女も暇があれば、どのぐらいの力で自分の武器が切れてしまうのかを確りと把握しなさい。武器の強度を把握するのが長生きすることの秘訣その2ですよ」
因みに、とクアトロ・セブンはショットガン、モスバーグM590とMR223A3を鎌を振るとバターの様に切れてしまった。
「咄嗟に掲げて防御しても、こうなってしまうので、素直に避けて下さい。魔法少女以外の人間は触れたら負けです。戦車や装甲車を持ってこない限りは近付かない、近付かれないようして下さい」
掲示板にはミリオタが一丁いくらの銃がーとかそういう事を書き込まれ、アホらしいとクアトロ・セブンは嘆息する。
「さて、此処からはテン・バーへの授業です。
警察の方や自衛官の方、視聴者の方は聞き流しても構いません。ですが、魔法少女が一体どのように敵を仕留めるのかを知れば、よりキメラを迅速かつ適当に制圧できるでしょう」
クアトロ・セブンはキメラの方に寄る。キメラは顔を激しく動かして、クアトロ・セブンに噛み付こうとしているが、クアトロ・セブンはそのキメラの顔を無造作に踏み付け固定した。すると、キメラが大きく口を開く。人間同様に上下にひらき、更に顎の中心も裂けた。顎関節は大きく変形しており、通常の人間よりも大きく口を開いているの。大体、人の頭ほどはあるだろう。
「キメラの口はこの様に3つに分かれます。
犬歯も異常発達して、この様に化け物じみた存在に成ってしまいます。なので、この様に手足をもいだ後も油断しないで下さい」
クアトロ・セブンはM1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃の銃床で顎を殴り付けて砕いてしまう。何人かの者が思わず声を漏らしたが、クアトロ・セブンは話を続ける。キメラの顔を持ち上げると、今度は自衛官に銃剣を貸すように告げた。
自衛官は言われるがまま銃剣を差し出す。
「良いですか、テン・バー。
見ていて下さい」
クアトロ・セブンはそう言うと、キメラの頭部に銃剣を突き立てる。何人かのテレビクルーが目を背けた。しかし、彼等が想像したのは想定外の現象が起きた。
眉間に突き立てたはずの銃剣はベキンと折れてしまったではないか。89式小銃に付ける89式多用途銃剣の強度はハッキリ言ってあまり強度が高いとは言いがたい。しかし、それでも刺突に耐えうるレベルでの強度はある筈だ。
クアトロ・セブンが凄まじい勢いで叩きつけても刀身が折れてしまったのはキメラの頭部が非常に硬いからである。
「ご覧のように、一般の武器ではキメラの頭を壊すことは出来ません。先程も言いましたが、ショットガンのスラグ弾を近距離で叩き込むか、アンチマテリアルライフルでも撃ち込まないと倒せないのです。
しかし、魔法少女の持つ武器であれば、顎を砕いた時のように倒すことが出来るのです。テン・バー。これは重要な事です。
確りとキメラの方を見なさい」
クアトロ・セブンは思わず視線を逸してしまったテン・バーを叱り付ける。
「貴女はこれからここにいる警察や自衛隊の方々と協力し、テレビの前に座る方々を命を張って守るのですよ?私は、その為に貴女にこうやってしたくもない講義をしているのです。貴女は自ら志願して魔法少女の道に入ったのです。一切の義務を果たさずに途中離脱することは私が許しませんよ」
クアトロ・セブンの説教と授業はそれから2時間も続く。周囲は完全に暗くなってこれ以上は光源がないとダメだ、と判断して漸く打ち切りになった。
周囲の警察官や自衛官はクアトロ・セブンに多大な感謝をし、マスコミ達は一斉にクアトロ・セブンに質問をする。マスコミ達の統制は担当官の柳葉と織田が周り、最初から現場に居たアナウンサーが代表して質問をすることに成る。
クアトロ・セブンは何時ものように無表情、無感動に答える。
「何故、この様な事を?
何時もはキメ……外的身体変形及び反社会性人格障害の患者を直ぐに射殺し、退散しますよね?」
「何度も言いましたが、現在私は、そこに居る甲種魔法少女第101918“テン・バー”の教育係をしています。また、この機会にキメラ包囲の際に被害を出している警察の方にもキメラの弱点とその対応に付いて確りと理解して欲しかったからです」
クワトロ・セブンは何度も何度も同じ説明をしても理解しない馬鹿を相手にするかの様に大きく溜息を吐くと首を軽く左右に振り、そしてどうしようもないアホを見る目で答えた。
「今回の件で外的身体変形及び反社会性人格障害の方には何かいうことはありますでしょうか?」
「そうですね。
ご協力感謝申し上げます。あの方のお陰で、今後、キメラが出現した際に警察や自衛隊の方が出さなくてよかった被害を食い止め、また、死ななくてよかった市民を救えたと思っています。
そして、貴女はもう少し考えて質問したりした方が良いですよ?
貴女よりキメラの方が賢いでしょう。では、そろそろ時間ですので、ごきげんよう、さようなら」
クアトロ・セブンはそう言うと、いつの間に羽織ったかコートの裾を翻し、テン・バーと共に暗紫の空に消えていった。
この映像はネットに大量に出回り、また警察や自衛隊でも教育資料として後年長らく使われる事になるのは、また別の話。
次の更新予定
3日ごと 21:00 予定は変更される可能性があります
魔法少女と中の人! ~クアトロ・セブンは前途多難~ はち @i341sa98
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