第7話

 二人の魔法少女が現場に付くと、ショットガンとライフル銃を構えた警官達がパトカーやジュラルミンの防弾シールドを構えて周囲警戒をしていた。

 キメラの発生件数が多くなってきた現代。日本でも愈々警察が重武装をし始めた。アメリカには交番と言うシステムはない。故に、警官が一人ないしは二人で道路封鎖をしなくてはいけない。日本だと、近隣の交番に詰める警官が装備を整えてパトカーでやって来るが、アメリカはそうではない。

 なので、パトカーにはショットガンやアサルトライフルが入っているのだ。日本の警官はそれまで防刃チョッキと5連装の短銃身リボルバーを、刑事は装弾数が7、8発の小口径自動拳銃を装備していた。然しながら、そんな装備で突如現れるキメラ相手に立ち向かうことは出来ず、魔法少女や自衛隊が駆けつけるまでの間、彼等が一般市民を守らねばならないのだ。

 だが、防弾チョッキどころか装甲板のように頑丈な躯体を持つキメラに拳銃を撃った所でほぼ効果はない。同じ銃でも魔法少女が撃つとな、何故かダメージが通りやすいのだが、警官では無理なのだ。これについては研究がなされているがやはり進まない。


 故に、警視庁は警官の装備を見直し、パトカーにショットガンや自動小銃と言った比較的火力の高い銃を載せることを打診した。勿論、それは直ぐに国会に取り上げられ、左派の野党議員に槍玉に挙げられた。警察が重武装をする必要はない。避難誘導をして民間人を逃がすだけでそんな重武装は必要ない、と。

 その議員は常々、自衛隊の廃止と警察官から拳銃の所持禁止を訴えてきた議員である。

 そんな左派議員達の対抗で、遅々として警察官の重武装化は進まなかったが、ある日、スポーツジムでキメラが3体当時に発生した事件が起こった。スポーツジムの周辺には交番があり、其処には5人の警察官が詰めていた。

 5人は直ぐに応援を呼ぶと同時に、直ぐ様現場に駆けつける。キメラは既にジムに居た5人の客と従業員を殺しており、プールは血の海だった。


 最初に警官3人がこの3体のキメラに銃撃を開始、注意を引き付けた。他の2人の警官は現場に居た人達の避難誘導である。警官は通常予備弾を持っていかない。装填数はたったの5発。一応、対外的身体変形及び反社会性人格障害用持ち出し装備、の中には弾丸が30発分詰まった予備弾倉もあったが、これの配備ですら進んでいなかった。

 その為、3人が撃った銃弾はアッと言う間に切れてしまう。残るは警棒のみだ。この時点で、3人は逃げていればその生命は助かったかもしれない。また、予備弾倉が入った持ち出し装備があれば応援が間に合ったかもしれない。

 しかし、3人は逃げなかった。人命遵守。避難誘導が完了しておらず、此処で3人は逃げるわけには行かなかったのだ。


 先ず最初に行動に出たのはベテランの50歳の巡査長である。勤続30年、過去に3度の表彰を受けた警察官である。

 柔道黒帯、剣道五段と格闘技に覚えがある。伸縮式の警棒を伸ばして、一番近くに居たキメラに殴りかかったのだ。伸縮式警棒、警察では特殊警棒とも呼ばれるこれはアルミ製である。重量軽減のためにアルミで作られているのだ。

 巡査長の初撃はキメラの前腕、鎌のように変形したそれに見事当たる。しかし、骨なのか皮膚なのか異常に盛り上がった腕に傷を付けることすら出来なかった。そして、左腕の鎌でバッサリと右肩から右腰に掛けて切り裂かれた。

 キメラが殺人行為を行う理由は不明である。殺人だけではなく、身近にいる動物を殺害する傾向があり、犬であったり猫であったり、鳥であったりを追い掛けることも確認されている。


 ベテランの巡査長が殺され、残る二人は間を取った。手にした警棒では勝ち目がない。そう判断したのか壁際に置いてあったのであろう、断ち切られたバーベルの5kgシャフトを手にもって死亡していた。

 3人の警官が死亡した後、避難誘導を完了させた2人の警官は駆け付けた他の警官達と中に入る。其処で見たのは無残にバラバラに切られた仲間の警官達だった。駆け付けた警官は5人。3人が規制線を張って外で待機し、中には最初に駆け付けた2人と、暴動鎮圧用装備を身にまとった2人の警官だ。

 4人は3人の警官が死亡していると判断し、直ぐ様拳銃による射撃を開始した。5人は警察署から来ており、持ち出し装備も持ってきたので、予備弾もある。しかし、警官は軍人とは違う。4人が一斉に発砲をし、4人が一斉に弾切れに成った。

 キメラは人間の頃の記憶があるらしく、銃や剣と言った殺傷能力のある武器を向けると防御をする。しかし、銃の弾が切れた瞬間に4人は一斉に3体のキメラに斬りかかられて、死亡した。この惨事は直ぐ様新聞の一面に乗り、警官達が命を張ってキメラと戦ったお陰で民間人の被害は5人に留まったのだ。


 この事件後、件の議員は警官殺しのレッテルを貼られ、ある日、外的身体変形及び反社会性人格障害に罹り、魔法少女に寄って処分された。

 この事件を契機に、警官達の武装強化が始まった。パトカーにはモスバーグ社製のM950ポンプアクション式ショットガンとH&K社製MR223A3自動小銃のどちらかが搭載されており、どちらにしてもキメラに対して一定の抑止力が見込める。


「周辺は既に囲みました。このアーケードからは出れません」


 現場を指揮していた刑事が到着した二人に報告する。帰宅ラッシュとぶつかって自衛隊はまだ来ておらず、機動隊も遅れているようだ。


「敵は1匹。通常の鎌型です」

「分かりました。

 テン・バー、貴女は私の後について私がどう言う動きで敵を殺すか、知って下さいまし」


 クアトロ・セブンがそう言うと、パトカーを踏み越える。右手にM1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃を取り出し、構えた。M1918は4つの種類がある。1つは初期バージョンのM1918、続いて改良型のM1918A1、此奴は1937年に出た。二脚が付いており銃床に肩当てプレートと呼ばれる、連続射撃の反動でずれる銃床を固定するためのパーツが付いた。

 そして、それの更に改良型M1918A2が1940年に登場する。此奴はA1から二脚の足に付いているスパイクを排除し、脱着が容易になった。また、セミオートを除く代わりに、フルオートを低速と高速に分ける2種類の装置、レートリデューサーを取り付けた。

 他にも1942年製造からはクルミ材で作られていたパーツをベークライト製に変更したのと、第二次大戦末期ではキャリングハンドルを取り付けた物が製造されている。

 そして、セミオート機能のみのM1918A3の4種類だ。他にFBI仕様の物や他国軍が採用した物など様々な種類がある。


 しかし、クアトロ・セブンの使うBARはこのどれでもない。モデルはM1919A2だろう。しかし、機関部はゴッソリ変わっているし、銃身の取り付けも違う。キャリングハンドルと肩当てプレート、スパイクのついていない二脚は付いているが、セミオートとフルオート2種を備えている。

 故に、これをM1918と呼ぶ。呼ぶだけであるが、初期型のM1918ではない。


「では、死んで下さいまし」


 クアトロ・セブンは右手でグリップを握り、左手を台先に添わせて構える。右足に体重を掛けつつ、左足を後ろに。立射のポーズにしては余りに不自然だ。右手人差し指をトリガーに沿わせ、トリガーを絞る。警察官や自衛官が持つ突撃銃や機関銃のどれよりも重い銃声だ。

 .30-06弾を20発。1分間に600発程の速さで弾丸をバラ撒く。この場にある連発式銃の中では最も遅い。下手をすると、指で撃つより遅いだろう。クアトロ・セブンの放った弾丸はアーケード街で看板や店先の商品を切り刻んでいたキメラの両足に集中して着弾。

 一発が右足の脛を打ち砕き、別の一発が左足の大腿部に当たる。また別の弾丸は膝にあたって関節を吹っ飛ばした。


「良いですか、テン・バー。

 人間の形をしたキメラは足を最初にふっ飛ばして下さい。足を壊す理由は逃亡を防ぐためです。根気のあるキメラは片足や片腕を失った時点で逃げに転じますが、此処で逃してしまうと、金が入りません。被害が増えます。出動報酬は貰えますが殺害報酬は貰えません。警察や自衛隊からの苦情は貰えます」


 両足を失ったキメラにクアトロ・セブンは歩いて行く。左手に新しい弾倉を取り出し、それをM1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃に差し込む。

 空の弾倉は左手でダンプポーチに入れる。ガツンガツンと靴底に打った鋲がタイルを蹴り、音を立てる。これが本当の軍靴の音がーと言うのだろう。


「負傷したキメラを逃すと、更に凶暴になり、更に多くの人間が死にます。

 キメラは普通、大人子供、犬猫選ばずに殺しますが、凶暴になったキメラは人間のみを殺します。理由としては、人間に怪我をさせられたからその恨みを晴らそうとしているのだろう、と考えられています」


 カラスと一緒ですねと告げ、クアトロ・セブンは足元で死んでいる猫を踏み越えつつ、槓杆を引っ張った。

 ガチャリと重々しい金属音をさせてボルトが後進する。薬室には弾丸が入り、薬室は閉鎖される。銃口を足を失い倒れ、腕を振り回してもがいているキメラに向ける。そして、キメラに向けられる双眸は何時ものように冷たく、無感情だった。

 現場にはクアトロ・セブンの声以外は響かない。遠くでサイレンやヘリの音が聞こえるだけで、その中央に位置する戦場は驚くほど静かなのだ。

 クアトロ・セブンの言葉を誰も遮らないように押し黙っている。クアトロ・セブンが珍しく饒舌という事もある。テレビカメラを持ったクルーですら声を出さず、必死に集音マイクから雑音を排除しようと努力しているのだ。


「相手を確実に殺したければ、相手の足を奪い、そして、攻撃手段を奪って下さい」


 そして、クアトロ・セブンは暴れるキメラの両肩に10発づつ弾丸を叩き込んだ。キメラの肩は完全に千切れて、尋常成らざる叫び声を上げている。


「お黙り下さいまし」


 クアトロ・セブンはそう告げると、キメラの喉元に1発銃弾を撃ち込んだ。声帯を撃って壊したのだ。


「テン・バー、こちらに来て下さいまし」


 そして、クアトロ・セブンは漸くキメラから銃口を逸し、テン・バーを呼んだ。

 全員の視線は必然的にテン・バーに向う。テン・バーは恐る恐る、と言う感じでパトカーの向こう側、戦場に立つ。それと同時に、他の警官達も銃を構え前に移動する。防弾盾を構え、銃を構え、警戒心を剥き出しに近付いて行く。

 そして、全員が声なく暴れるキメラを間近に納める。


「テン・バー以外にも伝えましょう。

 特に、警官の皆さん。貴方方は自衛官の方々に比べて、キメラへの対処方法が多いにも関わらずその対応が余りに可哀想でございます。最も、貴方方は警察官としての職務があり、キメラと戦闘をするのが本職では無いでしかたありません」


 クアトロ・セブンはテレビカメラの方を見て、此方に来いと寄せる。テレビクルー達は此処ぞとばかりに走って来て、アナウンサーがマイクを差し出した。


「非常に不本意ではありますが、警察の方々の死傷率が余りに高く、余りに不憫なのでこの場で私が授業、というのも烏滸がましいですが、キメラの対処法を教えて差し上げます」


 クアトロ・セブンはそう告げると、周囲を囲う警官達を見る。


「この方には申し訳ありませんが、今後、市民を守る警察官の方々のために検体に成って頂きます。

 これは生放送ですか?」


 テレビクルーはハイと答える。クアトロ・セブンは分かりました、と頷く。


「で、この話を始める前にお断りをさせて頂きます。

 これは警察の方向けに解説する内容であり、一般市民の方々には警察の方々がどれほどの恐怖を抱きながら命を張っているかを知って貰います。基本的にグロテスクな話ですし、動物実験の様な行いもします。

 ですので、そう云うのが無理という方々はテレビを切りなさい。教育にも悪いでしょうが、それは親の判断で見て下さいまし。

 ですが、私が思うに、このキメラとは何時いかなる状況でも現れる可能性があります。孫子の兵法に敵を知り、己を知れば百戦危うからずと言う言葉があるように先ずはキメラをよく知る事が大事であると私は思います」


 クアトロ・セブンはそう前置きをすると、脇に落ちている腕を拾い上げる。大きな鎌である。前腕部が全て鎌に成っているのだ。

 他にも足を拾い上げる。その頃には自衛隊、そして柳葉と織田も到着していた。警官達は既に銃を下ろし、上空にはマスコミのヘリが飛んでいる。新しいマスコミ達も集まってきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る