第6話

 二人が家に帰ると、居間には礼威が祖母と一緒に話をして待っていた。昼を此処でごちそうになったと告げると、祖母は礼威ちゃんは保育士に成るために大学に通ってるんですってと告げた。どうやら、仲良く成ったらしい。

 桜は礼威に対しては未だ警戒が抜けていないようで、昇の後ろに隠れている。


「そろそろお昼寝の時間だろう?

 おばあちゃんと着替えてお昼寝しよう」

「うん」


 昇は手に持ったコンビニ袋を祖父に渡し桜を祖母に連れて行くよう頼む。そして、桜が居なくなると湛えていた笑みを消し、部屋で待っていろと告げた。

 礼威はわかりました、と頷き、教えられた部屋に向う。暫くすると着替え終わった桜が絵本を片手にやって来る。お昼寝の時間は昇が桜に絵本を読んでやるのだ。昇は桜と共に桜の部屋に向う。桜の部屋は桜が暴れても大丈夫なように出来る限り角のない家具が置かれ、また、クッション代わりの人形が大量においてある。

 ガラスはちょっとやそっとで割れない5cm程の分厚いガラスで、開けることは出来ない。カーテンは無く、スイッチでガラスが黒く変わるハイテク仕様だ。この部屋を作るだけで数千万は掛かっている。全て、昇がキメラを殺して手に入れた金で作られている。部屋の防音はされているが、やはり漏れ出るので、近隣の住人にも昇が桜を連れて了承と金を包んで渡してある。


 桜をベッドに寝かせ、絵本を読む。猫の出る話だ。

 話の途中、この物語に出て来る猫は何の猫なの?と言う実に困った質問をされる。そう言う時は、質問を質問で返すのだ。桜はどんな猫だと思う?と。そうすると、桜は自分の知ってる猫の特徴とこの絵本の猫の特徴を照らしあわせてあれやこれやと、考え始める。

 昇はそれに相槌を打ちながら、桜の手を握ってやるのだ。そうすると、桜は眠ってしまう。

 桜の布団を正し、音を立てないように部屋を出た後、台所でお茶の用意とお茶請けを用意して二階に上がる。

 部屋では礼威が棚に並べられたフィギュアを眺めていた。


「それで、何をしに来た」


 無表情、無感動で礼威に告げる。テーブルの上に盆を置き、茶請けと茶を出す。礼威はそれをありがとうございますと受け取った。


「親睦を深めに、でしょうか?」


 礼威の言葉に昇は暫く考える。彼の指導係は事ある毎に遊びだ何だと誘って来た。

 言動はあまり良くないが、快活で竹を割ったような人間だ。家にまで押しかけてきて、アッと言う間に桜と仲良く成った。


「そうか」

「それと、あの話の続きを」


 昇はあの話?と一瞬戸惑ったが、そういえば、魔法少女の心構えについて話をしていた途中で、帰ってきてしまったのを思い出す。


「何て言いましたっけ?

 ああ、思い出した。危なくなったら逃げろ。逃げて民間人が死んだら悔やめ、でしたよね?」


 昇の言葉に礼威がはいと頷いた。昇は暫く考える。暫く考えた後、後は実戦だと告げた。


「自衛隊で学んだのは座学7割、実戦3割だ。

 彼処は法律と基礎体力に公的存在である魔法少女という存在を学ぶ場だ。君は実戦能力が欠如している。そんな戦闘処女の君をサポートするのがボクの役目だ」


 昇は魔法少女に変身すると、M1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃を取り出して、礼威の前に出す。8kgを超える重量の機関銃だ。


「これは、私の使う銃。

 BAR。基本的に此奴を呼ぶ時はそう呼びます。私はこれで敵を殺す。キメラですね。キメラは殆どの場合が、3メートル圏内に近付かなければ安全に倒せます。だから、乙種魔法少女は比較的生存率が高いのです」


 事実、乙種魔法少女が死傷して引退するよりも歳だったり、精神的苦痛により引退する方が多い。最もこれは自衛隊でも座学で教えられる。


「あの……」


 礼威が手を挙げる。質問の意思表示だ。


「何か?」

「あ、いえ、変身すると、喋り方が変わるのは?」

「ええ、外見に合わせて口調を変えないとメディア露出する時に突っ込まれるもの。

 最も、女性魔法少女ならそんな苦労はしないんでしょうけど、男性魔法少女の場合、可愛らしい外見で言葉遣いが汚いと要らぬ反感を買いますよ。裁判とか。まぁ、そこを男女差別だ、と言って逆手に取る方法がありますが。

 それで訴えて勝訴した魔法少女が多いです」


 これに関しては担当官からハッキリと言われている。昇も柳葉に初めて会ったその日の内に言われたのだ。最も、ほとんどの男性魔法少女は自然と変身すると女性言葉になるらしい。


「貴女はバイクや自動車の免許をお持ちで?」

「あ、一応AT限定の免許を……」

「なら、限定解除の申請とバイクの免許を取りなさい」


 昇はそう言うと、彼女の前に免許証を見せる。免許書には自動車と二輪が運転出来ると書いてあった。


「取っておけば何かと良い事があります。

 都市部なら魔法少女の脚力で移動出来るけど、都市部から一歩でも外に出ると悲惨ですよ」


 昇が応援として県外に移動する際、仕方無く変身をしてビルを飛び飛び100km近くを移動した。翌日には全身が筋肉痛になり、まともに学校に通うことすら出来なかったのだ。

 それから、2時間ほど自分の戦闘スタイルとそれに合うであろう作戦を幾つか考えていた所で、唐突に扉が開かれる。デカい熊のぬいぐるみを抱えた桜である。


「にいちゃん!」

「あら、桜」

「にいちゃんめーど!」


 桜は何が楽しいのかそう叫ぶとクアトロ・セブンに変身している状態の昇にキャーッと抱き着く。昇はサクラを抱き上げるとお昼寝は出来ましたか?と尋ねる。桜はそれにうんと答えた。まるで、お嬢様とそのお付のメイドの様な感じだ。

 それから、漸く礼威が居ることに気が付くと飛び上がらんばかりに驚くと昇の後ろに隠れた。どうやら、まだ礼威はダメらしい。しかし、今後、彼女もこの家に来ることに成るだろうと昇は考える。


「桜。彼女もまた変身出来ますよ」

「ほんと!?」


 桜が目を輝かせて礼威を見る。礼威は昇に目をやり、昇が礼威を分かっているな?と睨みつけている。礼威は昇の威圧に押されて変身をする。西洋甲冑とドレスを合わせたような格好だ。胸部の装甲と膝と肘、前腕部に装甲がある。頭部は面頬の様な防具とオープンフェイスのヘルメットをかぶっている。

 もう少し露出が多ければエロゲー等に出てきそうな格好である。

 桜はそんな礼威、テン・バーに興奮した様子で抱き着いた。


「すごい!すごい!」


 昇は我が妹は単純だなと思いながら、部屋の入口で狼狽している祖父母に大丈夫ですと告げる。祖父母はそれに頷いて去っていく。

 昇はやれやれと椅子の背凭れに体を預ける。ギシリと椅子が成る。変身すると身長はりんご14個分、体重は20個分程に成る。つまり、昇よりデカく重くなる。因みに、魔法少女達の基礎データは自衛隊が半分お遊びで作った特設ページに棒こんにちは子猫の様にりんご何個分で表記されている。

 しかし、官営故におふざけも堅苦しい。


 昇は変身を解くと、桜が少し残念そうな顔をする。昇はそれにこの格好は特別な時以外はしないんだよと告げると不服そうながら納得する。昇が変身を解くと同時に机の上に置いたM1918“ブローニング・オートマチック・ライフル”自動小銃は消滅する。

 魔法少女の武器は魔法少女の力によって出現している。だから、魔法少女が変身を解くとその力も消え、武器も消えるのである。


 桜が礼威にべったりと懐いてしまったので、昇は暫く好きにさせておくことにした。桜の前でキメラの話はしない。ヘタをしたら事件をフラッシュバックしてしまうのだから。そう言う意味では最初、昇の魔法少女時の姿、クアトロ・セブンも如何なものか?と思ったが、桜が落ち着きだした時に、頻りにクアトロ・セブンの事を尋ねて来るので、医者の監視下のもとで変身を行ってみせた。

 桜は変身には驚いたようであったが、クアトロ・セブンに拒絶反応は一切見せなかった。そして、キメラ関係の話をしてパニックに成った際の対処法として、この魔法少女を持ち出すのだ。そうすることで桜が落ち着きを取り戻すのが速くなるのである。また、夜中に突然あの時の事を思い起こすので、祖母が手作りでクアトロ・セブンを模したヌイグルミを作った。

 これに関しては、自衛隊が公式に魔法少女グッツを作成したので、桜の部屋には魔法少女のヌイグルミが、部屋のあちこちに魔法少女のフィギアやポスターが張ってあるのだ。因みに、祖父は最初、トイレの中にまで張ってあるポスターに「何処に居ても視線を感じる」と居心地悪そうだったが、成れると慣れないビデオやネットで魔法少女の情報を集めだし、今では立派な魔法少女オタクだったりする。

 勿論、一番押しているのはクアトロ・セブンである。


「ねーちゃんはつよいの!」

「え、えぇ~っと……」


 桜の質問に礼威は困ったように戸惑った。

 助けを求めるように昇を見ると、昇はパソコンを開いており、完全に礼威に桜を預けている様子だ。それは信頼されているのか?と思う反面、行き成りこれは困ると思ってしまう。なんてことを考えていたら、唐突に二人の携帯が鳴る。電話である。

 礼威は桜にちょっとごめんねと断ってから携帯を取り出す。ディスプレイには《織田担当官》の文字が書いてある。


「……呼び出しだ」


 昇の言葉に礼威は緊張した様子でハイと頷く。一瞬にして空気が不穏なものに成ったのを感じたのは他でもない桜である。昇は変身をすると、桜の前に膝を折って視線を合わせた。


「桜。私とテン・バーは悪い敵をやっつけに行ってきます。

 もしかしたら、夕ごはんに遅れてしまうかもしれません。お風呂も一緒に入ってあげられないかもしれません。桜はおばあちゃんやおじいちゃんと一緒にこの家で、私とテン・バーを応援してくれますか?」


 昇の言葉に、桜はまかせて!と大きく頷き、ヌイグルミを胸元でシッカリと抱きしめた。そして、昇は桜に拳を向ける。桜はそれに自分の拳を合わせた。昇が魔法少女クアトロ・セブンとして家を出る際に行う挨拶である。

 桜は同様に礼威、テン・バーにも拳を付きだした。テン・バーも直ぐにそれを理解し、視線を合わせて拳を合わせる。


「行ってきます」

「うん!」


 桜を連れて居間に居る祖父母に仕事に行ってくると告げ、桜を預けた昇は一旦変身を解いて外に出る。礼威も同じだ。そして、人気の無い路地に走り、其処で変身をする。乙種魔法少女第7777“クアトロ・セブン”と甲種魔法少女第101918“テン・バー”の出撃である。

 驚異的な脚力で空をかける2人の少女。一人はグレーのミリタリー風メイドを着ており、もう一人はきらびやかな西洋甲冑とドレスをが合わさったような格好をしている。クアトロ・セブンは携帯に送られてきた敵キメラの出現ポイントを確認する。

 場所は駅4つ分離れた場所にあるアーケード街だ。時刻的に、買い物客が犇めき合い、相当数の怪我人が出ているようだ。数は1。


「今日、貴女は戦場の空気に慣れて下さい。

 戦わず、敵をよく観察して下さい。良いですね」


 跳躍をしながらクアトロ・セブンはテン・バーに告げる。テン・バーは緊張した様子で顔が強張っており、声が聞こえないのか、頻りにブツブツと口元で何かを唱えている。耳を澄ませば、大丈夫と何回も唱えているようだ。

 本人は大丈夫と言っているが、その様子は大丈夫ではない。クアトロ・セブンは小さくため息を吐いてから、手に持っているBARを上空に向けて撃った。その銃声にテン・バーはハッと我に返って、クアトロ・セブンを見た。


「今日、貴女は、戦場の空気に、なれて下さい。

 戦わず、敵を、よく観察。良いですね?」


 クアトロ・セブンが一度立ち止まり、テン・バーにゆっくりと告げた。テン・バーは少し震える声で頷いた。

 “大丈夫じゃない”から“あんまり大丈夫じゃない”にクラスチェンジした様子だった。クアトロ・セブンはこの魔法少女が本当に“大丈夫”な日が来るのか、少なからず心配になった。


「では、行きましょう」


 そう言って再び一跳躍50メートルは固い強力な脚力を使って空を跳んで行く。彼女達は魔法少女。

 この日本をキメラから守る謎の少女達である。

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