第3話 魔物

鬱蒼とした森の馬車道をひたすら歩き続ける。


「おつかい楽しいなー」

「なんで、エリックは元気ないの?」

不思議そうな顔しながらこちらを見てくる。


どうしてこうなった。

王国に向かうのは問題ない、もとより都市部に行った方が情報は多いし、何かのきっかけで思い出せることもあるかもしれない。


ジルは地図と王国に向かうにあたり十分すぎるほどのお金も渡してくれた。

その点は感謝してもしきれない。


問題は魔力核コアの力を使いこなせていないこと。何よりも、その状態でグラムのお守りをしないといけないことだ。


そんな心配をよそにグラムは馬車道をどんどん先へと進んでいく。

ガサッ、右から何かが動くような音が聞こえた。

警戒を強めるとともにグラムに声をかける。


「グラム、右に何かいるかもしれない、気をつ」

言い終わる前にグラムが自分から音のする方へ向かっていった。


「大丈夫だよ、エリック、ただのマイコニドだから」

そう言ってこっちに来いと手招きしてきた。

マイコニド?何だそれは?と思いながらグラムのそばに寄る。


そこには、手のひらサイズで手足の生えたきのこが群れて走っていた。


「かわいいねー、害はないと思うよ」

グラムはマイコニドを眺めながらそう言った。

「ちょっと前まではね、世界中で魔物が暴れていたんだけど、最近はあんまり見なくなったんだー」

そう続けた。


魔物か、平和とはいえいきなり襲ってくるかもしれない。そのときは魔力核コアを使うことを覚悟しなければいけないと少し気を引き締めた。


「他にはどんな魔物がいるんだ?」


「んー、この辺だとトレントとかアルラウネかな?

 あと、ゴブリンとかコボルトはどこにでもいるよ。」

「この魔物たちも基本的には害はないかな」


「そうか、見かけることがあったらまた教えてくれ」


「分かったよー」


それから少し歩くと道の先から日が差してきた、まもなく森を抜けるようだ。


「おー、見えてきたよー」

エリックもグラムに続く。


森を抜けた先は見晴らしの良い草原だった。

ところどころに魔物がいるのが分かる。


グラムに魔物の名前を聞いてみる。

「あそこにいる魔物はなんてやつだ?」


「あれがゴブリンでー、あれがスライム」

「村の近くにいるような魔物は依頼を受けて倒したらお金をもらえるんだよ」

お金に困った時は、依頼を受けてみるのもいいかもしれない。魔力核コアを制御できるようになればだが。


遠目に最寄りの村が見える。

もらった地図によるとタナリ村という名前らしい。

遠目に見るだけでもアキ村よりは規模の大きそうな村に見えた。


「日暮れまでには辿り着けそうだな。」

何事もなく村まで行けそうなことに安堵した。


歩くことに夢中になって気がつかなかったが、昼時を過ぎていたらしい。少しお腹が空いてきた。


「グラム、腹は減ってないか?」

村まで我慢してもいいが、着く頃には夕食の時間になっているだろう。


「わたしは大丈夫だよー、エリックはお腹空いたの?」


「いや、グラムが大丈夫ならいいんだ、

 村までもうひと歩きするか。」

朝にアキ村を出て歩き続けているがグラムは元気なままだ。ずいぶんとタフなんだなと素直に関心した。


「グラムは王国に行ったことがあるのか?」


「うん、パパと一緒に何回か行ったよ」


「どうして王国じゃなくて、アキ村に住んでいるんだ?」

純粋な疑問だった。はっきり言ってアキ村は人が住むのに向いている土地とは思えなかった。


「んーとね、パパは住んでいる人たちを見捨てることはできないって、それにまだやりたいことがあるって。」


確かに、村唯一の医者が居なくなると死活問題だしな。

「村にはいつからいるんだ?」


「あんまり覚えていないけど、2年前くらいからかな」


「意外と長いんだな。」

話をしているうちに湧いてきた疑問を聞いてもいいのか考えているうちに、村の目と鼻の先まで来ていた。


その疑問とはグラムの母親についてだった。

村にいなかったあたり、王国にいるのか、家庭の事情があるのか、あるいは...。


どちらにしろ無神経な疑問としか思えなかったが、一度気になり出すと気になって仕方がなかった。


「あの、グラム?嫌だったら答えなくてもいいんだけど、グラムの母親って王国にいるの?」

聞いてしまった。聞かない方がいいとは分かっていても、知的好奇心は止められなかった。


「エリック気づいてないの?わたし」

「きゃーー」

グラムが喋っている声を遮って村の方から悲鳴が聞こえてきた。グラムと目を合わせ、悲鳴の方へ走り出した。


村の入り口付近で女の人が腰を抜かしていた。

「何があった?」

ひどく怯えているようだった。


「ヘルハウンドがでたの!」


「ヘルハウンド!?村に!?」

珍しくグラムが驚いているようだった。

異常事態なことが反応から察することができた。


「エリック、急ご」

そう言ってグラムが走り出す、後を追いながら右手に

魔力核コアを握りしめる。


村の中で制御できない魔力核コアを使うことは躊躇われる、この前のような広範囲の力ではダメだ。

村がめちゃくちゃになってしまう。

できるだけ範囲を絞って村に被害がでないように調整する必要がある。できるかどうかではない、やるしかない。人に被害が出る前に速やかに対処しなくてはいけない。


考えているうちに、視界に口から火の粉を吐いている大型犬の魔物が見えた。ヘルハウンドだ。

マズい、男の人がヘルハウンドに襲われて倒れている。


「エリック気をつけて、ヘルハウンドは火を吐くよ」

「わたしが男の人を助けるから、ヘルハウンドは任せたよ」


小さく頷き、魔力核コアに力を込める。

自分に言い聞かせる。イメージしろ、魔力を放つのではなく右手に纏わせる。

さらに、纏わせた魔力を鋭く尖らせる、鋭利な刃物、剣のように。


魔力の光は変化していく、期待していた通りの形に。


「できた。」

思いつきで試したにしては上出来だ。

ただ、事態は一刻を争う。すぐさま、ヘルハウンドに向かって走り出す。


距離が縮まる、まだこちらに気づいていない。

このままいける、右手を振り上げる、ヘルハウンドもこちらに気がついたようだ。


ヘルハウンドの口から火の粉が見える。

だが、もう遅い、火を吐くよりも早く攻撃できる。


「うぉー!」

そのまま右手を振り下ろし、ヘルハウンドを切りつける。

ヘルハウンドがうめき声を上げながら倒れた。


グラムが倒れている男の人に近づく。

「ケガはしてるけど大丈夫みたい。どこか安静にできる場所に連れて行かなきゃ」


「良かった。」

間に合ってよかったと胸を撫で下ろす。


「エリック、後ろ!」

すぐさま後ろを振り返る。

怒り狂ったヘルハウンドが火を吐こうとしている。

しまった、油断した。ここからでは、間に合わない。


「逃げろ」

と言い終わる前に真横を何かが通り過ぎた。

グラムだった。

グラムは単身でヘルハウンドに向かって走り続ける、

ヘルハウンドはお構いなしに口から火を吐いた。


「グラム!」

どう見ても間に合わない、直撃だ。

次の瞬間、火が辺り一面に広がることはなかった。


正確にはヘルハウンドは火を吐いているが、火はグラムの元に集められ消えていた。


何が起こっている?それは、火を吐き終わったヘルハウンドも理解できていないようだった。


グラムはそのままヘルハウンドの元まで近寄り、おもいっきり殴りつけた。

ヘルハウンドは吹き飛び、力尽きたのか霧散した。


「危なかったね、油断しちゃダメだよ」

開いた口が塞がらなかった。こんな幼い見た目の女の子が振るえる力の強さではなかった。


驚いてる表情を見てグラムは続けた

「まだ、気づいてないの?わたし、ゴーレムだよ」

「エリックより全然強いんだからねー」

ニコッと笑いながら言った。


予想だにしていなかった。が、思い返せば何も不自然なことはなかった。

ジルが何も言わずに王国に向かわせること。

一日中歩き続けて疲れている素ぶりを見せないこと。

何よりジルの娘であること。


「火はどうした?」

ゴーレムなだけなら火が消えた説明がつかない。


「それはね、わたしも魔力核コアを持ってるからだよー」

「吸収のコアっていってね、魔力を吸収できるんだ」


そんなのありかよ、納得すると同時に男の人のことを思い出す。急いで診療所に運ばなければ。


周囲にいた人に場所を聞き、村の診療所に運んだ。

命に別状はないらしい、助かってよかった。


診療所を後にし、宿を探そうとしていたところに老人が声をかけてきた。

「すみません、あなた方が村に入ってきた魔物を退治して下さった方ですか?」


「そうだよー」

とグラムが答える。


「おお、私はこの村の長をしております、エドガルと申します。この度は、この村の危機を救っていただきありがとうございました。」


「そんなに気にしないでくれ。被害が無くてよかったよ。」


「そういうわけにはいきません。是非ともお礼をさせていただきたい。」

まいったな、そんなつもりではなかったんだが。


「じゃあ、泊まる場所ってある?」

グラムは遠慮せずに聞いた。


「宿ですか、でしたらこちらです。もちろん料金はいりません。」

ありがたいことに宿を手配してもらった。


宿に向かいながらグラムは村長に質問した。

「村に駐在の騎士はいなかったの?」


「それがいつもは居てくださるのですが、今日に限って王国に召集がかけられたと言っておりました。

 あなた方がいなかったら村は無くなっていたかもしれません。」


「そう」

納得しているが、なにか気になることがあるようだ。


「着きました。ここが、宿です。店主には、話を通しておきますので。本当にありがとうございました。」

その後、村長とは別れ夜ご飯を食べることにした。

一日中歩いたこともあってお腹はぺこぺこだった。


料理が届く。

「遠慮せず言ってくれよな、なんでも作るからよ」

店主も村長から話を聞いているらしく、よくしてくれる。


「それにしてもグラムがゴーレムだったなんて思いもしなかったよ。」


「ヘヘっ、言ってなかったからねー」

嬉しそうに笑っている。


「ところで村長と話していた時、何が気になったんだ?」


「あー、あれね、王国には王国騎士団があってね。

 町や村には1人以上が駐在して、魔物が入ってきた時とかに対応するようになってるんだけど、現れなかったのが気になったから。」

さらに、小声で続けた。

「それにね、あんまり大きな声じゃ言えないけど、ヘルハウンドはこの辺にはいない魔物なの。

王国騎士がいない時に珍しい魔物が村を襲うなんて不自然だったから。」


「つまりグラムは誰かが意図的にやったと?」


「そうかもしれないってだけだけどねー、

 こないだ地震もあったから変なこと起きてもおかしくないし」


確かに、怪しさはあるものの絶対にそうだと言い切れるだけの証拠はなかった。


「そんなことより、魔力核コア使えたじゃん!

 あんな使い方も出来るんだねー」


「あれは無我夢中でやったらできただけで、もっとやりようがあった気がする。」


「そんなこと言ってー、気絶しなかったんだから成長してるよ」


グラムに褒められて少し嬉しかった。

使い方の幅も広がったし、出力を抑えることができたその点成長はできた気がする。

使い方に慣れる為にも少しずつ練習しよう、そんなことを考えながら夜ご飯をお腹いっぱい食べた。


今日は宿で休んで明日の朝から次の町に向かおう、そうグラムと話して宿に戻った。



タナリ村から少し離れた丘に一人の影があった。

「誰もいないって聞いてたんだけどなぁ、強い魔物を送っとけばよかったぜ。とりあえず、報告しねぇとなぁ。」

そう言い残しその影は夜の闇に消えた。

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想起回顧譚 @nayashi

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