第4話
翌日、定時で上がりいつもの各駅停車で帰る。今日も空いているので座ることができた。母校の最寄り駅で高校生がたくさん乗り込んでくる。その中で一回り小さい背丈の、赤い猫のキーホルダーを鞄につけた子が私の前に立った。高校時代の私だ。昨日と同じく俯いて、鞄の持ち手をグッと握っている。
なんで今の私の前にこの子が現れたんだろう。落ち込み具合からして、おそらく沙那恵と話さなくなった時期の私だ。沙那恵との問題は時間が経たないと解決できなかった。この子は高校で初めてできた友人からの無視にしばらく耐えなければならない。私にできることはなんだろうか。
思春期の子供というのは非常に気難しい生き物だ。色んなことに興味があるくせに変なプライドで関心がないふりをする。大人がかけてくれる声に耳を貸さないくせに、誰も助けてくれないと思う。だから、傷ついてもなんともないふりをする。今、ありふれた慰めの言葉をかけるだけでは救われないだろう。知らない大人が話しかけてきたと高校に報告するかもしれないな。けれどこのまま放っておくと電車に乗るたびに見かけることになる。この時の私は何をして欲しかったんだろう。
考えをまとめるために鞄からスマホを出そうとする。鞄に入れっぱなしの小袋のミルクキャンディーがあった。仕事のストレスをリセットする用に入れていたのを忘れていた。私は非常に単純で、甘いものを食べると気持ちが少し軽くなるのだ。もしかしたら、これか?
「すみません、疲れているようだからよかったら座りますか?」
過去の自分に声をかける。ビクッと怯えられたが、小さく頷いたので席を譲った。
「ついでにこれもどうぞ。辛いことがあった時は少し忘れるのも大事だよ」
ミルクキャンデーを袋ごと渡した。というより、膝の上に無理やり置いた。更に驚怯えられたが、その子は私を見上げると消え入りそうな声でありがとうございますと言った。
ーまもなく分倍河原駅です。
いつの間にか、実家の最寄り駅はすぎていて私が降りなければいけない駅になっていた。高校の自分は緊張が解けた顔でミルクキャンディーを舐めている。多分、もう目の前に現れないような気がした。下車し、自宅に帰る。
「ただいまー」
一人暮らしだけど、玄関に飾ってある赤い猫に挨拶をする。あの頃の私は慰めて欲しかったわけでも、早く和解したかったわけでもない。ただ悲しみの感情を落ち着かせる時間が欲しかったけどやり方が分からなかったんだ。赤い猫を一瞥する。しばらく掃除していないから埃をかぶっていた。明日は洗濯してあげよう。
邂逅電車 満月 ぽこ @antares08
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます