真夏の夜の悪夢

新巻へもん

ブルブルッと

 いや、俺もね、昔は真面目にリーマンやってたのよ。

 全然そんなふうには見えないって?

 まあ、俺も自分で信じられないから無理もねえやな。

 これから話すのは、リーマンやってたときにあったことだ。

 あれは、今日みたいにやっぱりクソ暑い日だったなあ。 


 当時俺が勤めていた会社は事前に申請しておかないと20時にエアコンが止まったんだ。

 毎日が猛暑日だとか熱中症に注意とかニュースで流れていても知らん顔。

 その日、エアコンが切れて3時間経った。

 マジで暑い。

 まあ、申請していなかった俺も悪いっちゃ悪いんだが。

 でも、残業って俺が自由に決められるわけじゃないだろ?


 シャツの襟を広げて団扇で仰ぎながらモニターと睨めっこしてたんだが限界が来る。

 冷たい飲み物が欲しくなってエレベータで地下1階に下りることにした。

 自販機は地下1階にしかなかったんだ。

 スマホと財布を持って部屋を出る。

 もちろん、省エネだかなんだかでエレベータホールに照明なんかついちゃいない。

 スマホの明かりを頼りに呼び出しボタンを押す。

 チーン。

 ガタゴトと俺のいる階に到着して開いたエレベータの中はさすがに白い明かりがついていた。

 B1と閉ボタンを押すと、扉が閉まりガタゴトと動き出す。


 結構古いビルでな、当然のことながらエレベータも古い。

 ジジっと音がして一瞬エレベータの蛍光灯が切れたんだ。

 そこだけはパネルの中から光るので見える階数表示の数字は4。

 マジ、勘弁して。

 と思ったら明滅して明かりが点く。

 この感じは安定器がいかれてるんだろうな、総務課もちゃんと仕事しようぜ、と思ったね。


 思うだけじゃなくてぶつくさ言っていると地下1階につく。

 チーン。

 扉が開くがエレベータホールの明かりはやっぱり消えているんだ。

 まあ、当然だな。

 エレベータの中が明るいだけに、その光が届かない先の闇が深い。

 そこになんかの機械の低い音が響く。

 ブーン。

 

 もう雰囲気満点で嫌になるんだけど、こんなところでうだうだしていてもドリンクはやってこない。

 まあ、やってきても嫌だけど。

 意を決してエレベータの箱から出た。

 背後ですうっと扉が閉まり始めて光の帯が狭まっていく。

 扉が閉まり切ると闇の中に閉ざされた。

 左手に輝く緑色の非常口の案内を頼りに歩き出す。

 

 廊下を曲がると前方に薄ぼんやりとした明かりが見えたんだ。

 自動販売機の明かりだ。

 ホッとしながら近づいていくといきなりぬっと闇の中から顔が出てくる。

 いい大人が悲鳴を上げそうになったね。

 よく見たら昨年まで同じ職場にいたやつだった。

「脅かすなよ」

 文句を言ってやったが反応が薄い。

 死んだような目をしてぼーっとしてやがる。


 とりあえず喉が渇いていたので自販機でジュースを買うのを優先した。

 ガコガコンと落ちてきたペットボトルを開栓して液体を喉に放り込む。

 シュワシュワッと冷たい液体が喉を滑り落ちていくので生き返ったぜ。

 すると急に自販機脇のベンチに座り込んで項垂れている元同僚のことが気になってくる。

「どしたん? 話でも聞こうか?」

 

 元同僚は俺の呼びかけにぼそぼそと話をし始めた。

「3か月ほど海外出張に行っていたんですよ」

「へー。凄いじゃないか」

「凄くないです。円安だし物価高いし大変でした」

「あれか。自分の持ち出しが結構出たのか?」

「それもあるんですけどねえ。今年はずっと暑かったじゃないですか。出発前も気温が高くって」


「そうだな。海外も暑かったのか?」

「いえ。日本の方がずっと暑いです。で、一昨日成田に帰ってきてターミナルの外に出たらこの暑さでしょ。夜なのにぬるっと生暖かくて」

「残業帰りのときもムカつくぐらい暑いもんな」

「電車乗り継いで帰ってきて自宅のアパートにたどり着きました。面倒ですけど、郵便受けのもの引っ張り出して階段上って自宅の扉の前に立ったんです。そしたら、冷気を感じてぞくぞくっとするんですよ」


「なんだよ。まさか不在の間に……?」

「恐る恐る鍵を開けて扉を開いたら……」

 元同僚はガタガタと震え始める。

 俺は思わず喉を鳴らしちまったね。

「家の中が明るいんですよ。しかも、外とは比べものにならない涼しい空気が流れてくるんです。うち、南向き最上階でめっちゃ日当たりが良いのに」

「まさか」

「出張に出かけるときに慌てていたんで電灯もエアコンもつけっぱなしだったんです。3か月ですよ。電気代いくらになったと思います?」

 涙声を出す元同僚の話に俺は心底肝が冷えたね。

 

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