紙人形
杉野みくや
紙人形
僕がまだ幼い頃から、祖母の家にはいろいろな物が置いてありました。CDラジカセにグランドピアノ、絵本によく分からない謎のおもちゃ。普段目にすることのないものも多く、訪れる度に興味津々になっていたのを覚えています。
その中でもひときわ印象に残っているものがありました。それは寝室のクローゼットに掛かっていたひとつの紙人形です。花柄のかわいらしい和服に身を包んだ日本人形の姿をしており、とてもおしとやかに微笑んでいました。
日本人形というと怪談の定番というイメージがついていますが、その紙人形はそうした与太話とは無縁の可愛らしさがあったのを覚えています。祖母の家に行った時、暇ができた際や寝る前なんかにその紙人形をよく触っていたものです。
物心ついた時からそこにありましたから、特段思うところもありませんでした。むしろ、祖母の家といったらこれが思い浮かぶほどには愛着を持っていました。
しかし、ある年の夏。例の紙人形に対する印象が一変する出来事が起きたのです。
祖母特製の夜ご飯を食べ、お風呂と歯磨きを済ませた僕は一足先に2階の寝室に入っていました。家族が上がってくるまでにはまだ時間があるように見えたので、手持ち無沙汰な僕はいつものようにその紙人形を触ろうと思いました。
明かりをつけても少しだけ薄暗い、いつもの寝室。紙人形はいつもの白いクローゼットにぶら下がっていました。
その日は裏返しになっていましたが、何の気にもとめずにひっくり返したんです。そこには、いつもと変わらないおしとやかな笑顔がありました。
僕は人形遊びのごとく、ひとしきり触って時間を潰していました。それに飽きると、次に絵本を引っ張り出しました。祖母の家に来る度に読んでいましたから、内容も結末も知っています。それでも、決して退屈はしませんでした。
絵本を読み終えても、まだ家族が来る気配はありません。僕の興味は再び紙人形へと向きました。またも裏返しになっていた紙人形をひっくり返したそのとき——。
細く黒い目が、かっと見開きました。
そこに可愛らしさは微塵もなく、何もかも吸い込んで閉じ込めてしまいそうな瞳でした。
僕はすぐに紙人形を放り出し、お布団の中へと駆け込みました。ですが、あの虚ろな表情が脳裏にまとわりついて離れません。
恐怖に駆られた僕は泣き出していました。すると、異変を察した家族がすぐに駆けつけてくれました。「どうしたの?」と尋ねる母親に対し、僕は泣きじゃくりながら指を指します。
「なんにもないよ?」と不思議そうに言っていた気がしますが、もう怖くて怖くて言葉すらまともに出てきませんでした。
恐怖を紛らわせるように泣きまくっているなか、紙人形の姿がちらりと目に入りました。そのときにはもう元の可憐な笑顔に戻っていました。
あれから、紙人形は顔が見えないよう常にひっくり返してもらうことにしました。それでも、またあの顔が現れたらどうしようという思いは拭えぬまま。紙人形が処分されるまでの間、その背中が視界に入る度にあの丸い黒目が脳裏をよぎるのでした。
紙人形 杉野みくや @yakumi_maru
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