九月七日に失う前に

星多みん

九月七日に生まれた君へ

 夕焼けの濃いオレンジ色が取り残された校舎。吹奏楽の演奏が聞きながら忘れ物を取りに生徒会室に向かう。すると誰もいない教室から物音がすると、万が一の為に忍び足で頭を少し出して覗き見をすることにした。


 教室内はこれまた夕焼けの暖かい光が差し込んでいて、最後尾の窓際の席に制服を着た変な髪型の二年生が立っていた。


「何をしているの?」


 僕がそう問い掛けると、彼女は体をビクつかせたが振り向かずにいた。


「少し忘れ物をね……」


 僕は彼女の歯切れの悪い答え方に少し不信感を抱く。


「そうなのか、実は僕も忘れ物をしてね。普段は通られない下級生の廊下を通っていたら物音が聞えて来た感じだよ」


 僕はそう言いながら彼女の教室に踏み込むが、彼女は見えているのか。どんどん近づこうとするたびに身が縮こまっているように感じ、丁度教室の中心辺りで立ち止まる。


「そう言えばそこは君の席かい?」

「……ですね」

「その席いいよねぇ。春夏秋冬、日当たりが良くてさ。国語の時間に転寝するには丁度いい玉座だよ」


 僕は優しく恋人に話しかける様に話しかけると、彼女の少しこぼれた微笑みが室内に響き渡るが、直ぐに吹奏楽の演奏に飲み込まれ僕は中々途切れない話題を思案した。


「そうそ……」

「あのね。こっちも一つ聞きたいんだけど、なんでアナタはまだここに居るの?」


 彼女は張り詰めた声で強引に被せると、僕は少し躊躇いながら重い口を開く。


「本当なら生徒が来ないはず。だってココは学年閉鎖で……」

「うん。多分イジメ問題で閉鎖されたんでしょ?」


 今度は明らかに食い気味に言う彼女の声を聞いて、僕はそこで一旦口を閉じて、生徒会室にある忘れたモノを思い浮かべて何となく彼女の立場を察すると、近くに合った席に腰を据えて確信に迫る質問をする為に大きく深呼吸をした。


「君がイジメの被害にあった子だね?」


 僕は間違えていたらどうしようと思いながら、固唾を飲み込み彼女の回答を待っていた。


「ごめんね。もう一つだけ聞かせて欲しいの。なんで一生徒がイジメに関して調べているの?」


「それはぁ、教師から生徒目線で他生徒に探りとか入れて欲しいって言われてね。最初は断ったけど生徒会だし断れなくて、それに何より学校側が真剣に対応しようとしてたから」


 僕はたどたどしくも彼女の事を考えてなるべく傷つかない言い方で答える。


「そうなのね。ならよかったわ」


 彼女は少しの間を置いてから綺麗な髪を舞わせながら振り返る。


 彼女の顔はきっと美しい顔だったのだろう。白い百合に近い美肌は、左側の酷い火傷で爛れて黒百合のような色に変色していて、正直に言って僕は一瞬だけ目を背けたくなる程に酷いものだと感じた。


「醜いでしょ、この顔。私は何も悪い事してないのに逆恨みでさ。なんでも人の彼氏を誘惑したからとかだっけ。ヘンテコな理由って思わない? そんな事で大切な髪も顔の半分も奪われて、だから復讐するの。この教室で死んで遺書に『嫌な女の生臭い臭いです』って残して、あいつ等が普通に生きていけない様に呪ってやるの」


 彼女は一見は淡々と口にしていたが、これから起こる惨劇を説明するにあたって、やるせない気持ちが爆発したのか大声になり、後ろで組んでいた両手のうち握られたカッターを片手に前に出てきていた。でも、その声も結局は吹奏楽の音楽にかき消されて、僕以外は聞こえていないと思うと頭を抱えたくなった。


「でもね……」


 数回深呼吸して彼女がそう口にした時だった。今度は僕が遮る為に口を開く。


「確かに君が言うように醜いかもしれない。実際、僕も一瞬とは言え目を逸らしてしまった。けどそれは僕が君の心に深く同調したせいだと言わせてもらいたい。そしてもう一つ、僕は君の顔を気にしない。だって夕焼けを背景に映る君はとても綺麗でずっと見て居たいと感じたから」


 僕は彼女が反論できないように、言葉を絶やさないように息継ぎも忘れながら、でも目を合わせるのは忘れずに口走り終えると、彼女にカッターを貰うために慎重に手を近づける。


 ――けど彼女にそんな事はしなくても良さそうだった。


「ちょっと、最後までちゃんと聞いてくださいよ」


 と、彼女はさっきまでの怒気などが抜けた柔らかな声でそう言うと、カッターを床に落とすので僕は緊張の糸が驚愕でかき消されて体が固まる。


「なんで?」


 ようやく出た言葉はきっとヘンテコ声だったのだろう。彼女は大きく笑いながら一滴の涙を手で払いのけた。


「いや、アナタが来なかったら死ぬ気だったよ。けど学校側も真剣に対応してくれているって言ってくれたから変な事しなくてもいいかなって、それにあんな小っ恥ずかしい事を真剣に見つめながら言うからさ、それも可笑しくてやる気が削がれたの」


 彼女は甘い匂いがしそうな笑顔をしっかり僕に見せ終わると、続けてやるせなさを振るい落とすように喉を震わせる。


「そしたら帰りましょう。可愛らしいベリーショートの生徒会長ちゃん」

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九月七日に失う前に 星多みん @hositamin

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