魔女の宿願13
セルマは振り返らず、変貌したカナンキの地に足を踏み入れた。ところどころ崩れた石階段を登ると、先ほどまで対峙していた女神と同じ姿をした像の前で立ち止まる。
「魔眼は今度こそ見つけらそうかい?」
「見つからないなら見つかるまで探すまでだよ」
像の周辺を見渡してみるも、魔眼石らしきものはない。視線をさらに奥へと向ける。枯木の奥に道が続いていることに気付いた。セルマは止めていた足を進める。
丘陵を越えると鮮やかな色が目についた。ノルタニアに来てから何度も目にした色だ。ゆっくりと坂を下ると側まで進むと花畑に眠る一人の女性を見つけた。
まるで眠るようにして横たわるのはエレナだ。胸元で組まれた手にはセルマが探していた魔眼の石が三つも添えられている。
「愛していたのです」
突然の告白に視線を後へと向けると、いつの間にか市長であるヴィクターが立っていた。彼は視線をエレナに向けたまま独白を漏らす。
『ヴィクターおじ様……。いえ、ヴィクター様。若輩者ではありますが、精一杯母上の後任を務めます。どうぞ力添えをよろしくお願いします』
幼いエレナは大人びた顔でそっとヴィクターの手を握った。周囲には幼いながらも、立派な次期当主の姿に見えただろう。しかし、ヴィクターは知ってしまった。
握られた小さな手が震えていることに。彼女は守らなければならない者がいる。無理矢理大人にならなければない彼女は誰が守ってあげるのだろう。
彼は無性にエレナを力いっぱい抱きしめてやりたいと思った。しかし、公然の前でできるはずもなく。彼は優しく手を握り返すことが精一杯だった。それでもヴィクターが込めた思いを受け取ったのか、エレナは金色の眸を大きく見開く。こちらを見上げると花が綻ぶように笑った。その時からだ。彼女を愛おしいと思ったのは。守ってやらねばと思ったのは。
エレナは若くして当主となった。しかし、生まれつき病弱で自身が長く生きられないことを悟っていた。もとよりカナンキに大地の女神が眠るとされた伝承も嘘だった。グランヴィル家の魔女は代々短命で、生命の輝きをもって、ノルタニアを守護する一族。
カナンキは礎として消えていった彼女のたちの墓場でもあった。事実を秘密にしているグランヴィル家の秘密は、資産家たちの身勝手な行動により暴かれてしまった。
秘密を明かされたくなければ、要求を飲むよう脅された彼のもとに一人の魔女が訪れる。彼女は石がエレナの身代わりになると渡し、それをカナンキに埋めるようにと告げたのだった。
エレナの死因は未だに判明しない。石の効果などなかったのか。彼女の死後、石を埋めた場所と同じ場所にエレナを埋葬した。結果、ノルタニアが滅びる未来につながると知らずに。
「わたしのわがままが大地の魔女を殺してしまったのでしょう。すべてはわたしの罪。業火に焼かれ続けてもなお、償えきれない罪を犯してしまった。それでも願ってしまったのです。彼女の幸せなどない世界など壊れてしまえばいいと」
「あなたは自分の命をすらも捧げて、魔眼に願った。グランヴィル家が蔑ろにされない世界を。そこに“彼女”らの妄執を巻き込んで」
ヴィクターは答える代わりに笑う。身はすぐに崩れ去ってしまった。彼は彼女を守りたかったのだろう。しかし本当に守られていたのは、彼自身だったのかもしれない。やがて姿が跡形となく消えてしまう。残ったのは白骨となった眠るエレナと魔石だけであった。
「身勝手で、どうしようもなく、愚かでかわいそうな人」
セルマはぽつりとつぶやく。そして、仲良く寄り添った石を拾い上げると踵を返した。
「今回の件では迷惑をかけただけにとどまらず、たいへん世話になったわね」
数日後。セルマたちは別の街にいた。一連の騒動で衰弱していたアーシュラは数日塞ぎ込んでいたが、やっと自分の中で折り合いがついたらしい。今は顔晴れ晴れとしている。
「大丈夫だよ。何度も言っているどおり目的のために協力しただけだから。アーシュラはこれからどうするつもりなの?」
「そうね。せっかくだから世界を見て回ろうかと思っているの。でも、不思議ね。あんなにノルタニアから出たくないと思っていたのに。今は逆の気持ちなのだから」
旅立つにはそれなりの準備が必要である。しばらくはどこかで路金集めをしないと彼女は困ったように笑った。
「そう。それじゃ、旅土産にひとつ面白くない話をしてあげるよ。聞きたいでしょう?」
「面白くない話なんて聞きたくないのだけど?」
アーシュラの断りの言葉も虚しくセルマは語りはじめる。
「むかしむかし、一人の少女は一人の魔女のために命を捧げた。すべては魔女のため。少女は正しい選択だと信じて疑わなかった。けれど、そう思っていたのは彼女だけだった」
少女を失い世界に絶望した魔女は一夜にして、少女の生まれ故郷を滅ぼした。そして、彼女は失った者を甦らせるようと魔眼へと願うことにする。しかし、仮初の世界でしか会えないことに魔女は考えた。魔眼の力をもって、世界の理を歪めてしまおうと。混沌の世界で生と死の境界を無くそうと考えたのだ。彼女はけだものが収集していた魔眼を持ち出すと、それを各地ばら撒いた。数多の願いによって世界は少しずつ変質をもたらされる。魔女は全世界を敵に回すことにしたのだ。
「魔女の罪は弟子の罪。だからわたしは、先生の野望を挫くためにレイヴンの片目を借りて、まがいもの魔女として魔眼収集を行っているところなんだ。とはいえ、そろそろ二人旅もなにかと限界を感じていて、そろそろ手伝ってくれる魔女を募集しようと思うんだ」
「……まさか、はじめからそれが目的だったの。どこまでも性格が悪いわね」
片頬を引きつらせるアーシュラに不敵に笑う。
「無理にとは言わないよ。君は生きている。そして、歩き出す足を持っている。気が変わったなら、その時は歩みだせばいい。死者はね、置いていくことはできても追いかける足は持たないんだよ」
にっこりとセルマは笑う。アーシュラはやっぱり性悪だと呟いた。
花庭に魔女は笑う 緋倉 渚紗 @harusui_u
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