神話
三人は奥の席に着いていた。
暖色の灯りの下、艶のある皿に盛られた料理は美味しそうに輝く。
頼んだのは、アリスが角ウサギのハーブ焼き・ユウマが白身魚の蒸し焼き・術師が卵ガレットだ。
「アリスさん魔法が使えるんですよね。なんか凄いです」
「魔法なんて使えても変な目で見られるだけです。あなたこそ皆に尊敬されていて、いいなと思います。魔女だからではなく召喚士だから、でしょうか」
「えへへ、すごく紛らわしい呼ばれ方してますよね。私たちはあくまで神官なのに」
術師ははにかみながらコップから口を外す。
「召喚といっても祈りを捧げてるだけなんです。頑張れば想いが通じて、召喚石が勝手に召喚してくれるみたいですよ。おまけに複製技術で石を庭石みたいに量産しているものだから、燃費もいいんです」
彼女が喜々として説明するところを、へーと聞き流す青年。
召喚石と聞くとガチャが引けそうなアイテム名だと感じる。
現実に戻る時は何百個か貰っていきたい。いや、千でも足りないか。
妄想したところで回す台はないのだが。
「でも王様、気に入らないとすぐに殺しちゃうんですよね」
ひえっ。
恐ろしげな発言を聞いて、冷や汗が出る。
「ああ、レオ様はそういうお方ですか。彼なら殺しますよね」
納得したようにうなずく横で、青年は硬直していた。
以降も話は続く。
いつの間にか皿の中は空っぽ。
デザートのブティングやチーズも食べて、会計へ。
コインを払ってから外へ出る。
また、広場に戻ってきた。
今度は日差しがまぶしい。
夏が過ぎ去っても気候はまだまだ、暖かかった。
額に手をかざしつつ、顔を上げる。
宮殿の周りよりも控えめな空間。くすんだ色で統一された建物の群れ。
落ち着いた雰囲気の中で、尖ったオベリスクがやけに目立つ。
異国風の石柱のためか浮いているようにすら感じた。
「なんかいろんな街にありますよね。戦勝記念に奪ってきたものみたいですけど」
術師は明るい顔で穏やかではないことを口走る。
「私たちの国、意外と強いんですよ。神様の加護のおかげです」
「強さは認識していますよ。だからレーゲンライヒは同盟を結んだのです」
ふーん。
オーランドとかいう島国には新大陸でボコボコにされたらしいけど。
「私、神話を繰り返し読んだんですよ」
神官は目を輝かせて話す。
「世界を闇が覆って人々が神に救いを求めたとき、灼熱の光と共に降臨したんだって。素敵でしょう? まるでヒーローみたい。いいなー、私も救われてみたいなー」
頬をピンク色をにじませ声を弾ませる女の姿は、聖職者というより夢見る乙女のようだった。
「残念だけど神は恋をしてはならないみたいよ」
甘い空気を切り裂くように、クールな声が割り込む。
びくっとしつつ、そちらを見ると、知的な顔の女性が立っていた。
髪や目と同色の紺を基調とした格好。
どこかの国の民族衣装のようなデザインをした、長袖のツーピース。
ぴっちりと身に着けたベストにはエスニックな刺繍を施されている。
頭はヘアバンドで押さえつけ、背にはゆるく編んだ一本三つ編みが揺れ、その根本では伝統文様が刻まれたスカーフが映えていた。
「きゃー、シンシアさん、なんでここにいるんですか? ああ、恥ずかしい。無知
術士は眉を寄せながら、身をすくめる。
本気で嫌がっているというより、ノリで恥ずかしがったような感じだ。
悩ましげな目つきをしながらも瞳は艶っぽくきらめき、期待感をにじませている。
「全くだわ。仮にも神官であろうにお里が知れるわね」
「言い訳もできません。私の本性がバレちゃいましたね」
顔を赤くしつつ、縮こまる。まさしく穴があったら入りたいといった様子だ。
茶番じみたリアクションを取る術士を眺めながら、
この、突然現れた女は誰だ。
「シンシア? 有名人か?」
「考古学者です。各地を転々としているとのこと」
なんの気なしに口にした疑問に律義に答える令嬢。
彼女の声にシンシアが反応する。
よく見ると前髪が長く、左目が隠れている。
こちらを向いた右目だけが神秘的な光を放っていた。
「シュヴァンブルク家のペンダントね。帝国の女がなにの用なの?」
令嬢の胸元に視線を落としてから彼女の顔を見据え、眉をひそめる。
「帝国、レーゲンライヒか。そういえば、君の口からは聞いてなかったな」
敵意を剥き出しにする女性の前で、のんきに構える青年。
横には気まずいそうにうつむき、小さくなった令嬢。
「フルネームは?」
少女は一瞬瞳を揺らし、虚空を見つめたまま停まった。
アリスは唇を湿らしてから言いづらそうに小さく、口を開く。
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異世界に召喚されて最強の力を手に入れたラッキーマン。なぜか美しい令嬢までついてきた 白雪花房 @snowhite
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