まだ遊んでいられる時期
結論から言えば
まだ大丈夫。今は遊んでいても許される。
自分に言い聞かせながら景勝地で時間を潰し、暇を満喫。日が沈めば貴族が集まる宿で体を休める。
次の日も彼の意識は変わらない。
ギモーヴに乗って一旦は王都に戻ってはきたはいいもののやることもなく、遊び人のように大通りをぶらぶらと歩いていた。
そばにはアリスも静かについてきている。
彼女の装いが整っているため、引き連れて歩いていると、自分も貴族になったような気がしてきた。
一方、広場にたむろする女性たちは絹のドレスをまとい、宝飾品を身を飾っていて、目にまぶしい。
近くを通るだけで香水の甘ったるい匂いが鼻に刺さり、肌に沁みる。
やはり本物は違うな。少し恥ずかしくなってきた。
だけど、厚化粧をしたおばさんよりも清楚なアリスのほうが魅力的なので、やはり自分は彼女が好きなのだろう。
今更ながら自覚して、嬉しくなった。
「そういえばこの人たち、前も同じところにいなかったか?」
「あら? 覚えておられるとは珍しい」
アリスは素直に驚き目を大きくする。
「貴族はみんな同じ顔に見えるだけだよ」
正確には貴族どころかほぼ全員、なのだが。
「言われてみるとそうですね。あちらにもきらびやかな明かりが。昼間から舞踏会なのですね。皆さん華麗な踊りです。いつ見られてもよいように、気を引き締めておられるなんて、感心しちゃいます」
「ホントだ。テーブルに並んでる料理なんだろう。旨そうだな」
目立つ位置に建つ邸宅には大きな窓が贅沢に取られ、パーティの様子を見せつけている。
シャンデリアの輝きも相まって、大変華やかだ。
「あの人たち、いつ仕事してるんだろう」
「遊びも仕事の内ですよ。社交場という言葉もあります」
「貴族って遊びが仕事なんだ。羨ましいよ」
ナチュラルにブーメランをかます。
「貴族も大変なのですよ。土地を管理したり、時には戦場に赴かねばなりません」
「え? 戦うのか? そういうって真っ先に守られてるものと思っていたけど」
「従軍する方には貴族も多いのです。彼らは時に威儀を正さねばなりませんから」
それは凄い。素直に尊敬する。
見直したと流されかけて、冷静に考えると女性たちは遊びほうけたままだと気づいた。
彼女らは戦いには駆り出されないし、家を守っているのだろう。
それはそれで素晴らしいが、褒め称える気にはなれない。
「あら、ユウマさん」
人気のない場所に着た途端に、声を掛けられる。
若々しく明るい声だ。
誰だろうかと思いつつ振り向くと、視界の端でローブの裾がひらりと揺れる。
神官だ。澄んだ目をした女性がご主人を見つけた犬のような勢いで近寄ってくる。尻尾があればフリフリと振ってそうだった。
「お久しぶりです。私ですよ。」
女性がぱっちりとした目で青年を見上げる。
いちおう知り合いだ。逆召喚を断ってからも、何度か顔を合わせている。
仲良くはないが顔は覚えていた。
ただ名前はなにだったろうかと、眉を曲げつつ曇り空を見上げる。
「あなたが召喚士さん? お会いできてよかった。あなたたちが召喚なさったおかげで、ユウマと出会えました」
「そんな、私だけの功績じゃないですよ。でも、褒めてくれるのは嬉しいな。私たち、召喚士という立場には誇りを持ってるんです」
アリスがニコニコと話し掛けると、相手も照れながら笑う。
「アッシュ王国が独占している、特別な技術ですものね」
快さげにウンウンとうなずく。
「せっかくなんで、お食事でもご一緒しませんか?」
「まあ、あなたからお誘いいただけるなんて、光栄です」
傍観している間に勝手に話が進んでいく。
「ユウマはいかがです?」
「僕はなんでもいいよ」
虚無顔で答える。
「では、参りましょう」
アリスがきらりと笑った。
路地を抜けて、一度表通りに出る。
また別の道へ進んで、開けた空間へ。
こちらは歴史的な建造物や記念品が建つエリアだ。
人気が少なく、現状は単独でポツポツと立ちすくんでいるだけ。
薄暗い曇り空も相まって落ち着いた雰囲気に染まっていた。
しばらく観光したかったが、二人はどんどん行ってしまう。
ユウマは渋い顔をしつつ、追いかけた。
店へと足を向け、扉へ吸い込まれていく三人。
彼らをオベリスクのそばから、こっそりと見つめる影があった。
「相変わらずの貴族の国ね。少しは平民にも権限が配られたと聞くけれど、実態はどうなのやら」
どうでもよさそうにつぶやきながらも、意識は別のほうを向いている。
シャープな形をした目の片方で、異邦人をとらえ、視線で追った。
張り詰めた空気が漂う中、涼しげな風が吹く。
女は眉をしかめながら目を細めた。
身をすくめ、動いた肩に髪の毛先が跳ねる。
ピンと伸ばした背の上でゆるく編んだ三つ編みがふんわりと揺れた。
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