第4話 走るなら良いプロットの上を

「よし、そうと決まればプロットを作成するぞ」

 俺は机に開きっぱなしだったスケッチブックに手を添えた。2ヶ月もの間張り付いてきた白紙だが、今は手触りが違う。まるでホワイトの中に奥行きを感じられるようだった。


「ぷろっと……って、マンガとか作るやつだよね。本当にVtuber作るのに必要なのか?」


 こがれはふにゃふにゃと芯のない姿勢で疑問を呈した。ピンと来ないのも無理はない。プロットはこがれの言う通り“あらすじ”みたいなもので、漫画や映画なんかの物語を組み立てるために用いられる。


「そう思うだろうが、俺の見立てではこれが大切なんだ。こがれは、Vtuberに最も必要なものと言ったら何と答える」


 腕を組んでこがれに言い放つ。この目線、心なしか少し気分がいい。

「やけに背筋が伸びたな……持論をクイズ形式にするの禁止にしない?」

「……分かった、お互い武器を収めよう」


 こがれの冷ややかな視線が注がれ正気に戻った。危うく中身のない講釈野郎になるところだった。意識的にだらしなくなるため、胡座をかいて話を続ける。


「俺はだが、フォーマットが最重要だと思っている」

「ふぉーまっとぉ……?」

 こがれは、これまた平仮名言葉で首をかしげる。女子戦士たるものもう少し専門的な言葉に躓いてほしいのだが。


「そうだ、マルマル系Vtuberっているだろ。属性や活動内容を決めるそう言った概念を、仮にフォーマットと呼ぼう」

 いつだったか、Vtuberの総数は一万人を突破したなんて話も聞いた。まあ今後は引退する人も増え、総人口もじわじわと減っていくことは想像に容易い……が、ここはとっくに一万人が競うレッドオーシャン。そんな中で供給するエンタメを明確化するのが、◯◯系Vtuberというやつだ。ビジュアルや設定等の計画をしていく上でも、この筋は一本通しておいた方がいいだろう。……と、熱心なこがれが挙手をしているではないか。


「……にいやその、マルマル系Vtuberって何だ……?全然聞いたことないけど」

「何だとっ!?」


 驚きの余り仰け反り、ガツンと音を立て背後のPCデスクに肘をぶつけた。四天王のポストカードが飾られた写真立てがぐらぐらと揺れる。

 マジか、今どきの視聴者にはもう通じない話なのか……と頭をよぎる最近のデビュー動画の数々は、確かにそんな自己紹介をしていなかった。完全に頭が栄光の時代に取り残されている。


「なるべく最初から話してもらえると助かるんだけど……」

「ま、まあそうだな……兎に角こいつらを見てもらえれば理解できる筈だ」

 そう言ってスマホを横向きにし、机に置いた。こがれはぴょんと覆いかぶさるように、スマホに影を作った。

 スマホが映すのは世界最大のプラットフォームことToTube……ではなく、国産動画サイトのワクワク動画だ。今見ているのは無編集切り抜きという名の転載動画なのだが、そういう風土だったということで一旦許しておいてほしい。


「これって……ゲームの実況動画なのか」


 白や赤の文字が流れる画面のその向こうで、よくあるゲーム実況の画面が映し出されていた。素人っぽいテロップが載せられ、これが編集された動画だと強く主張している。


「ネットに張り付いてたこがれなら流石に知ってるな。3年くらい前に流行った、声で操作するアクションゲームだ」


 こがれは無言でうんと頷いたので、少し安心する。できれば身体を労りたいので、これ以上ジェネギャは感じたくないところだ。


『お足元の悪い中ありがとうございます―――』


と、スマホの中でゆらゆらしていた人物が喋り始める。深い藍色のおさげ髪をしたレトロチックな少女だ。


『名は天宿そなたと言います―――。本日は、里の方で流行っているゲームで遊ぼうと思います―――』

 そう言って決定ボタンを押したらしく、画面はピロンと電子音を鳴らした。暗転が明け、“Volumy”とポップなロゴが降りてくる。


「なんて言うか……音質悪くない?」

「そうだな。黎明期特有の低予算クオリティってヤツだ」


 こがれの指摘の通り、この子の動画は何故だかハチャメチャに音質が悪い。ボイスレコーダーで撮ったのかと疑うレベルだが、真相は謎に消えた。そのうえマイクの拾う彼女の声もなかなかに小さく、文字に起こすならダッシュ線が量産されるような意味深な発声をしている。


「天宿そなたは、霧雨の降り止まない里に暮らしている普通の女の子、ってキャラクターだ。視聴者は小さな納屋で雨宿りをしていて、彼女とひとときを過ごす……みたいな設定だった。登録者数はおよそ1万2000人、知る人ぞ知るバーチャルシンガーだ」


 ひと息でそこまで喋ると、こがれは無言でスマホの音量をカチカチと上げた。

「……嫌だと思ったことは言ってくれないか、1番傷付くから」

「思ってないってば……」


 そうしてノイズ音が一層大きくなった動画で、実況プレイは進行する。


『このゲーム、マイクの声に反応して歩いてくれるんですよね―――。こうやって、あ〜……あ〜………』

 天宿そなたは声を発するが、中央に鎮座するプレイキャラ、ボリューミーは全く動かない。山の如しだ。


◯声ちっっっっさ

◯うっそだろ

◯ノイズの方が音でかくないか

◯かわいい

◯これで本気ってマジ?


 コメントも反応し、大量に流れていく。そう、このVtuberの持ち味はこの吹けば消えてしまうような儚いボイスだ。チャンネルではウィスパーな“歌ってみた”がメインコンテンツなのだが、普段の動画はこの独特の雰囲気が売りで知られていた。


ボンッ

「……あ、マイクぶつけてる」


 天宿そなたはマイクに手でもぶつけたらしく、くぐもった音が反響した。その音でボリューミーは大きく跳躍し、画面上部で足をばたつかせる。


「ああ〜〜……!」


 こがれは思わず声を漏らす。

 ボリューミーの大ジャンプした先には、用意されたような小さな落とし穴。綺麗な放物線を描き、吸い込まれるように落とし穴へ消えていった。


『あ、あぁ〜……飛んで―――ボリューミーちゃん…―――あぁ〜〜………』

 彼女の声に全く反応することもなく、ボリューミーはあえなく撃沈。画面が暗転して“RECORD : 4m”と印字された。


「……さてこがれ、どうだった」

 広告の流れ出したスマホを取り上げ、こがれに問う。どうだこがれ、これが黎明期のVtuberの姿だ。

 こがれは困ったようにう〜んと唸り、解答を出した。


「……くせ強くないか?」

「強いよな」


 まあそれには同意する。初期の頃でかつ個人勢と言えば、出落ちの一発芸で勝負するような混沌の……今とは違った混沌を醸していた時代だった。インディーズ特有の強いパンチと“くさみ”が人を選ぶが、それ故にこの時代を根強く愛するファンも少なくない。


「ただ……“この人の動画はこの人しかあり得ない”って思った。当たり前のことなんだけどっ……なんかこう―――」

「“必要性”か?」

「そう……かも。この動画を作るために、この人とこのゲームが両方必要だった……みたいな」


 頑張って言葉を捻りだしたこがれに、まずは大きく頷いた。伝わるか不安だったが、こがれは概ね俺の言いたかった事を受け取ってくれたらしい。


「そう、この動画の核は、“声の小さい天宿そなた”というキャラクターと“声で操作するゲーム”というキャラクターの衝突だ」

 そう言いながら、目の前のスケッチブックに『◯×□』と書いた。それを見たこがれは、早速納得したように口を開く。


「そっか……このマルが“誰が”で、こっちのシカクが“何をする”になるのか。ここで言う“誰が”に“◯◯系Vtuber”が当てはまる、みたいなことか……?」


「……その通りだ」

 説明しておいて何だが、こがれの物分かりの良さはやはり凄まじい。このまま放って置くと俺の出る幕が無くなってしまいそうだ。


「―――だが、その“誰が何を”したところで、面白くなるかは結局はコンテンツの相性が要になる」

 当然の話で、この動画で天宿そなたのキャラクターが生きたのは、プレイしたのは“声を活かすゲーム”だったからだ。恐らく彼女にとって大半のゲームの実況では、個性が活かされないどころかマイナスに作用することだろう。


「だからこそ、なるべく色んな物とシナジーが起こせるフォーマットを持つことが大切だ。そしてキャラクターを活かせる“領域”を守ることで、安定したエンタメを供給できるようになる」


 手に持ったペンで先ほど描いた“◯”を指し示す。

 これを探すんだ。言葉に形容できるほどわかりやすく、キャッチーで、それでいて今までに掘り出されていないフォーマットを。


「……“にいやは”、そう思ってるんだな」

「そう、あくまで個人の見解だ」


 コンプラの方も出来た妹で助かる限りだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

りありてぃふらっぐ! いろは @irohas0168

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ