第3話
「俺の持ってる力を全部、お前にやるよ」
俺がそう言うと、こがれは呆気にとられて硬直した。
「……なんだ、そう言ってほしかったんじゃないのか」
そう反応がないと、何だかこっちまで戸惑ってしまう。不安になって、思わず問い尋ねた。
「い、いやっ……にいやを攻め落とすまで2か月は掛かると思ってたから……」
布石かよ。俺は今ので結構食らったんだが。
だが確かに、俺も折れるのに2ヶ月くらい掛かる気がするし、こがれの人を読む目に狂いはない。しかし俺がこがれにとって予想外の行動を取るなんて、何年ぶりだ?
「それで、俺はこれから何をすればいいんだ」
「えと、何でもいい……!やることとか全然分かんないから、にいやが教えてくれっ」
何でもいい、か。そう言われると少し困ってしまう。頭を掻きながらこがれを見ていると、一つ思い出した。そう言えばこいつは一応、年頃の女の子だった。
年頃とは、“ペンを持たせると危うい”という意味だ。14歳にして、ホルモンバランスやら自己顕示欲やらが不安定になる時期。家族に知られたくない漆黒の翼の一本や二本、隠し持っていてもおかしくない。
が、俺にも嫌いなものはある。妥協と、非効率だ。俺はこがれのプライバシーなど構わず、懐に入り込むことに決めた。
「いいか。目的を持っているなら、まずはそれを明確化させることだ。スキルの習得には、年単位の時間を費やすことになる。闇雲に時間を掛けていると、こがれなんてあっという間にお嫁行きだ」
「……わたしは構わないが?」
「効率的にやれってことだ。さあ、お前がなりたいのはどんなVTuberだ」
「っそんなこと言われてもなぁ……」
こがれがもじつく姿を見て、俺の思い違いに気付いた。
こがれは恥ずかしがっているのではなく、自分の目的なんて持っていないんだ。
思い返せばそうだ。本当になりたい理想があるなら、まずは一つの技術に執着するはずだろう。それに、こがれとの記憶にも合点がいく。
俺が高校生でこがれが7歳のとき、一緒にクレヨンを握って画用紙に絵を描いたことがあった。
俺は大きな城を描こうと言われて精を振るったが、こがれとはあまりにも息が合わなかった覚えがある。俺は骨組みを作って立派な装飾をあしらった宮殿を組み上げた。一方でこがれは、その時々の気分に任せて違法増築を繰り返していた。俺が立派な屋根を書き終わったら、今度は背景に“お城の夢”(?)を描かされたのを覚えている。
今の状況と照らし合わせると、あれはこがれが「描き続ける」ことが目的で、絵の完成はむしろ避けられてすらいたのだと考えられる。……しかし子供相手に城の骨組みを書き始めるヤツも、相当変わり者なのは置いておくとしてだ。
「―――しかし、本当に理想が無いのか?断片的な将来像でもいいんだ」
「……いや、どんだけ考えても無い」
こがれはそう言って項垂れた。確かに、これは筋金入りのもののようだ。ゼロイチを創る脈がないとも言っていい。
「っあのさ、にいやは会社で広告作ってたんでしょ?」
こがれは突拍子もなく、俺の前職のことを聞いてきた。何度も会話にしてきたことだし、普通にうんと返す。
「ならさ、私がやるべきことを考えてっ、ほしい……!」
「はあ……」
「……ん?」
少し時間を使ったが、俺にはちょっと前後関係が分かりそうになかった。諦めてこがれに疑問符を返した。
こがれは“そうだろうな”と見限ったような目で、一息挟んでまた喋り始めた。
「あのね、にいやは広告をいっぱい作ってきたでしょ?だから、“何をどうしたいか”って考えるのが人よりうまいんだと思う」
「まあ、そうだな」
言われてみれば、そうなのか。思い返せばそうだったのかもしれないが、自分の感情に法則性を見付けられるのは、なんだか少しこそばゆい。
「あと、広告をずっと作ってたにいやには、作りたいものを作る計画性があると思う」
「……ふむ」
これには同意できる。作品作りってのは、形があろうがなかろうが“施工”するものだ。初志貫徹で同じものを目指し続けることが最も重要だ、と俺は信じている。
「……だがそれでも、俺がこがれに指示する必要はない」
これも、俺の本心だ。
ノウハウを持った俺なら、少なくともこがれより良いものを作らせることができる。だが、正直に言えばわざわざこがれにやらせる意味もないし、そんな気持ちでこがれに任せたいとも思わない。
こがれだって、俺の腕になりたい訳じゃないはずだ。今は拙くても、こがれには自分の想いを込めたものを作って欲しい。
こがれは少しのあいだ迷いを見せたが、ひとつ深呼吸をしてから口を開いた。
「……わたしには、目的なんてない」
「それはもうさっき……」
「でも、にいやにはいま“気持ち”がない……でしょ?」
「お前何を…… ――っ!」
そう言いかけてようやく気付いた。こがれには目的がないが、やりたいという燃料が満ち溢れている。対して俺には、その燃料がない。そして…………
「お前、そんなところまで考えてたのか……」
こがれは、決意をした表情で、うんと頷いた。
「たぶんにいやには、あると思う……。大好きなものが無くなって、そのかわりに生まれた、やりたいこと……」
思わず息を呑んだ。
確かにある。あの時吐き出したいほど想い願ったことが。
思わず手のひらを見下ろした。
確かにあったんだ。あまりにも無謀だったから、握りつぶした大きな願いが。
このVTuberの世界を、もう一度幸せなものにできたなら、と。
「わたしは、それが欲しいっ……!」
「俺は、お前のそのエネルギーが欲しい……」
俺が復唱するように言うと、こがれがこちらを見て、目配せをする形になった。
ちぐはぐな筈なのに少し呼吸が合ったようで、すこし可笑しくなった。
この計画は妥協でも、施しでもない。
俺達の力を捧げ合って、利用し合って、一人では辿り着けなかった世界を作り出すんだ。
「……悪くないな」
にやけがちにそう言うと、こがれもぎこちなく笑った。
「へへ、良かったっ……!」
りありてぃふらっぐ! いろは @irohas0168
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