家族会議

氷柱木マキ

家族会議

 日曜日の朝。娘に頼まれて、今日は休みにもかかわらずしっかりとした格好で、家族揃ってダイニングテーブルを囲んでいる。何か話があるらしい。私は嫌な予感に満ちていた。

「実はみんなにタカシさんのことで話があるの」

「タカシさんって、姉ちゃんの彼氏のことだよね」

 切り出した娘の言葉に息子が訊ねた。ほら来た。年頃の娘が家族に話があるなんて言うのだから、そんなことではないかと思った。

「ええ。そのタカシさんとのことでみんなに相談したいの」

 妻はのん気に、あらあらなにかしらなんて言っている。

「お父さんもそんな恐い顔しないでちゃんと聞いてよ」

 娘に言われ、必要以上に顔に力が入っていたことに気づき、私は咳払いをして居住まいを正した。

「ああ分かったよ。聞くから早くしなさい」

 私は観念して娘の言葉を待った。まるで死刑執行を待つ囚人の気分だ。

「実は私……彼と結婚しようと思ってるの」

 あまりに予想どおりだったので、なんとか崩れ落ちずに済んだ。こんな言葉、なんの覚悟もせずに聞いていたら膝から崩れるところだ。

 へぇ~、あらあら、と息子も妻もずいぶんと薄い反応だ。

「ふざけるな。私は認めないぞ」

 怒りに震えていたが、なんとかそれだけは絞り出すことができた。

「あなた、どうしてそんなこと言うの。ユミコが選んだ人なのよ」

「そうだよ父さん。僕もいいと思うよ」

「認めてお父さん」

 どいつもこいつもふざけたことを。私は元々あんな男と交際していることだって認めていないんだ。私自身、最近ようやく自分の仕事が安定してきたというのに、不安材料は欲しくない。

「お前たち、私は何もホームドラマの頑固親父のように、娘の結婚自体を反対しているわけじゃないぞ。あの男はやめなさいと言っているんだ」

「どうしてよ。タカシさんは立派な方じゃない。確か宇宙の研究をなさってるのよね」

「あの人いつも面白いもの持って来てくれるから、僕は好きだよ」

「認めてお父さん」

 これだから「宇宙」という言葉に弱い庶民どもは。

「宇宙の研究なんていえるか。確か交流を求めて宇宙人を呼ぼうとしている怪しい団体にいるんだろう」

「ロマンがあっていいじゃない」

「そうだよ。ちなみにマロンはフランス語だよ」

「認めてお父さん」

「お前はそれしか言えんのか! 」

 カッとなって叫んでしまった。ダメだ。みんなおかしい。みんなあの男に毒されてしまっているんだ。


 その時、来客を告げる能天気な音が部屋に響いた。こんな時に誰が。妻が玄関へ向かっている時、娘が言った言葉に耳を疑った。

「実は今日、彼を呼んでいるの」

 私はとてつもない疲労感に襲われたが、この事態をなんとかするために、役者が揃ったことはむしろ好都合なのではないかと思い直した。玄関からパタパタとスリッパの音が近付いてくる。

「どうもみなさんこんばんは。あぁ、まだ朝でしたね。宇宙時間と間違えました。こんにちは」

 いきなり何を言ってるんだコイツは。あぁ頭が痛くなってきた。

「タカシさん、こんにちは。今日は何か持って来てくれたの」

「やぁノボルくん。それじゃあ今日は月の石で作ったお手玉をあげよう」

「わぁすごいや。岡本太郎もびっくりだ」

 私は、息子のどう見てもただの石ころで喜ぶ単純さよりも、万博のことを知っていることに驚いた。

「タカシさん、実はお父さんが結婚を認めてくれないの」

「本当かい。どうしてですかお父さん」

「君にお父さんと呼ばれる筋合はないな」

「じゃあダディ」

「なお悪いわ! なんだその距離の縮め方は」

 まずい。私までコイツのペースに巻き込まれている。

「なんと言われようと君のようなヤツに娘はやれんよ」

「そこをなんとか。洗剤に映画のチケットもつけますから」

「新聞の契約か! 娘は長期契約どころか短期契約もするものか」

 やばい。仕事の癖でついつっこんでしまう。このままでは私の正体がバレかねない。

「そのつっこみ……まさかあなたはミスターKBでは? 」

 なんてことだ、こんなあっさりとバレてしまうなんて。

「えぇ~、父さんが最近話題の一人ボケツッコミを操る紙袋を被った正体不明のお笑い芸人ミスターKBだって? 」

 ちなみにKBは紙袋のKBだ。

「そんな……お父さんがお笑い芸人だったなんて。今までずっとルービックキューブを六面塗り分ける仕事だと思ってたのに」

 何だその仕事は。

「あなたがお笑い芸人だったなんて」

「いやお前は知ってるだろ」

 みんなが驚いてるからつい、と妻は笑った。

「みんな、隠していてすまない。実はみんなの言うとおり、私がミスターKBなんだ」

 すると、意外な声があがった。

「僕、KBさんのコント『デパート』が好きなんですよ。特に、客が栓抜き売り場に行くところなんて、最高ですよ」

 なんと、私の初期の作品を知っているなんて。当然テレビではやったことのないネタだ。私は彼に対して大きな誤解をしていたのかもしれない。

「娘をよろしく頼む」

 気付けば、彼の手を握っている私がいた。


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