(夜の部)

「疲れただろ、今から帰るには遅い時間だしちょっと休憩して帰るか」

マイヒメはリカルドをラブホテルに連れてくると、少女の見た目にそぐわないひび割れた皮の財布を差し出した。そうして、無人のカウンターで背の届かない自分の代わりにチェックインをするように言った。リカルドは頷き、そのようにしたが、続く廊下で声を潜めてマイヒメへ異議を申立てた。

「……あの、何でラブホテルなんですか? 気まずいんですが。誰かに見られたらなんて言うんです? 私と、あなたで」

「誰も見ねえって。子供連れが性交渉をするなんて誰が考える? もし誰何されたらうんとかわいこぶって『おくつが壊れちゃったの』って言ってやるよ」

そしたらおまえは、お城に憧れたワガママなお姫様を連れた可哀想な保護者だ。マイヒメは静かな声で言い、リカルドの手を引いた。そうして割り当ての部屋へ入る。

「なんだかどっと疲れました。シャワー浴びますね」

「おー、先入れ。俺は……どうすっかな、着替えるとするか」

リカルドが風呂から上がったとき、マイヒメはずるずるのバスローブに身を包み、一言、慣れねえことはするもんじゃないな、と言った。

「マイヒメも疲れたでしょう。髪を解きますか?」

「いい、別に使わねえだろ」

一瞬リカルドの手が止まる。使わないだろ。言外にカットされた部分へ『性的プレイの一環に』という枕詞がつくことに気がついて、リカルドは心底嫌そうな顔をした。

「私を……休ませてくれるんじゃなかったんですか?」

「七時間半は眠らせてやる。お望みならルームサービスだって取ってやる。俺のおごりで。それでいいだろ?」

リカルドは不服そうな顔をしたが、僅かな沈黙の後、マイヒメへ返されたのは肯定だった。

「……あなたが、そういうのなら」



カチコチと夜の部屋に時計の音が響いている。マイヒメはポシェットの奥底から紐と緩やかなカーブを描くシリコンの棒を取り出した。リカルドはゆっくりと足をつき、しわひとつないシーツに身体を横たえる。マイヒメは唇を形式的になめ、沈黙を破るように口を開いた。

「おれさま、セクサロイドだろ。本当は使ってほしいんだ。最高級モデルの機体だからな。うちの店にある商品がいかに高品質かってことを、店員かつおれの秘書であるおまえにもわかってほしいって思ってるんだ」

マイヒメは服の全てを取り払った細い腰へ、固定用のベルトを回す。白いシリコンの肌に、陽気なピンク色が増設された。リカルドはそれを見て、気まずそうに顔を伏せる。うっすらと濡れた裸の背中をくせのない黒髪が滑っていく。

「……何度もその台詞は聞きました。御託はいいので、進めてはもらえませんか?」

マイヒメは服従するように腹ばいになったリカルドの足を抱えて、身体全体と体重を使ってごろんと仰向けに転がした。リカルドの目は視線から逃がれるように伏せられた。身体は反応を兆している。マイヒメは気を遣って電気を消してやった。そうして、せめてリカルドの緊張が解れるようにと声をかけてやる。

「おまえがこの時間を『やり過ごしたい』と思っていることを知ってる」

「……黙ってはもらえませんか」

「別に、それだけじゃないって事もわかっている」

「皆まで言わないでください」

「……なんだ、悪かったよ、軽口が過ぎた」

マイヒメはゆっくりと肌に触れ、リカルドの震えもしない唇へ口づけをした。それから、シリコンの腕で慈しむように腰を撫でた。



性交渉というのは本来とても難しいことだ。肉体の相性もあるし、タイミングというのもあるし、本人同士の相性もある。うまく行かない快楽のやりとりを補佐するために、あらゆる人工物(性玩具)は作られた。マイヒメの持つ身体。最高級モデルのセクサロイドは、行為のありとあらゆることがスムーズに進むよう誂えられた、滑らかなモデルだった。だから、本来、まじわりを持つことにバリアは何もない。なにひとつだってないはずだった。機能的には。だが、性交渉というのは難しいものだ。リカルドは『本来の使い方である』やり方を選択することを強く拒んだ。それを言われるたび、リカルドからは絶えず拒否の言葉が飛んだ。マイヒメ自身が望むこととは裏腹に。

「やめてください。わた、私は、ムードを大事にする方なんです。抱けなんて言わないでください。お願いだ。あなたと何度関係を持っても、あなたに、あなたの身勝手に流されてやることはできない」

「バカだな、一日デートした仲だろ。そうじゃない楽しいことだってこうして何度もしている。そろそろ俺を抱いてもいいって気にならないか?」

「無理です。ダメです。私に小児性愛の趣味はありません」

空気が僅かだけ冷える。まあわかってたけどよ、とマイヒメは言った。店に置いてある一番大きい機体はこれだ。マイヒメの側にできる譲歩はこれが限界だ。金のツインテールが間接照明の僅かな光にきらめく。マイヒメは指先を伸ばし、リカルドの長い髪を小さな手で梳いた。普段は一本に結われた髪は、プライベートルームの中でだけ解かれる。

「おれさまがこうして『する』みたいに、『おまえが俺にしてくれたら』この機体は事故品にできる。俺の着てるこれな、売り物としての名前はヴァージニアって言うんだ。因果な感じだろ? 処女を喪失すれば。商品価値がなくなれば。そうなれば晴れて俺は『店の備品』じゃなくなるんだ」

マイヒメ・ドールラブは店主だが、その体は店に陳列されたセクサロイドの一体に過ぎない。店に一人しかいない秘書兼、執事兼、店員の付き添いがなければ店の外に出ることも叶わない。それを壊せる唯一の男は今、舞姫の腕の中でなきごえを上げていた。マイヒメは少し困ったような顔でぐいとリカルドを抱きしめた。

「本当は今すぐ、無理にでも、そうしたいところだが、おれさま鬼じゃないからな。めいっぱい時間をかけてやる。俺とすることに、俺が腕の中にいるってことに慣らしてやる。おまえが唯一の光明なんだよ、わかるか? な、わかってくれよ、大人だろ」

マイヒメは言った。リカルドは答えない。答えられない。こんな夜のやりとりがあと何度あるのか。終着点はあるのだろうか。マイヒメはリカルドに無理を強いていることを知っている。リカルドがいま以上を望んでいないこともわかっている。こんなことになってしまって可哀想になあと思う。身体喪失者である男、マイヒメは泣き笑いをするも、作り物の目から涙は出なかった。


(おわり)

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『マイヒメ・ドールラブ』のデートプラン 佳原雪 @setsu_yosihara

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