『マイヒメ・ドールラブ』のデートプラン

佳原雪

(昼の部)

空は晴天。場所は祝日の遊園地。寂れたいくつかのアトラクションを背景に、二桁に届かない年頃の容姿を持つ少女が空を睨んでいる。『彼』は名前をマイヒメ・ドールラブという。公営セクサロイド取扱店『imprinting♡PRINCESS』の店主、成人男性にして、『身体喪失者』であり、今はアンドロイドと相違ない少女の体に間借りする一般人。きらめく金色の編み込みを輝かしいツインテールにして、彼は小さなポシェットを握る。そうしてマイヒメ・ドールラブは、待ち合わせに現れた店員の男、リカルドを短い足でポコポコと蹴った。



「おまえが来たいっていうから休みを合わせてきてやったのに、遅れてくるとはいい『どきょう』じゃねーか! まさか約束のことを忘れていたなんて言うんじゃねーだろーな!」

マイヒメは質の良いレースのドレスワンピースから突き出た足で、なおもリカルドの長い足を蹴り続ける。リカルドの履く赤いエナメルのシューズは擦れて僅かに汚れたが、リカルドに気にした様子はない。

「すみません、マイヒメ。ですが、人間には出発のための身支度というものがありまして……」

「俺が人間じゃねーって言いたいのか? そのくろくて無駄に長い髪にくしを通したり、寝間着から服を着替えるのにそんなに時間がかかったって? 集合時間はきまっているんだから、早起きしたらいいだけの話だろ! 俺の格好を見ろ、手の込んだ髪型だと思うだろ? 昨日の夜じゃない。これは朝、自分でセットしたんだ!」

「申し訳ありません、マイヒメ」

リカルドはそれだけいった。マイヒメはシリコンでできた表情筋を歪め、器用に片眉を上げててみせる。

「……おまえ、言い訳しないのか?」

「遅れてきたのは事実ですので……」

やれやれと首を振り、マイヒメは小さな手を差し伸べた。その手首には子供らしい、小さな石のついたアクセサリーがついている。

「デートで遅れるなんて『さいあく』も良いとこだぜ。おれさま、心が広いから許してやるんだ。ほら、さっさと行くぞ。一日は短いんだからな」



手を引いてぐいぐいと歩いて行くマイヒメはいつもの服だった。薄桃色のドレスはエプロンつきで、スカートはレースを間に挟んだシフォン。小さな足は丸いトゥのエナメルシューズに包まれていて、平坦なお尻はリボンを縫い込んだドロワーズの裾で彩られている。見慣れた格好のマイヒメへ、普段の執事服とは違う襟付きのカジュアルシャツを纏ったリカルドは僅かに不服そうな顔をしてみせる。

「私は今日という日に寄せて特別な格好をしてきましたが、あなたはいつもの服なんですね?」

「なんだよ、さっき蹴られたことへの意趣返しか? しょうがねーだろ、服をこれしか持ってねえんだ。まさか元の姿で使ってた服を着てくるわけにもいかねえだろ。髪を編んできたのはそのためもあるんだぜ」

ばつの悪そうな顔をして、俺の店にある服でこの体に合うやつなんざ全部売りもんだからよ、とマイヒメはいった。マイヒメの身長ではリカルドの顔は見えない。赤い靴を見ていると、長い足がピタリと止まる。そして声が降ってくる。

「買ってあげましょうか」

「ん? なんだ?」

ほら、といってリカルドが指さした先には、土産の売っているようなショップがある。確かに、そこには小さい子供が着るようなドレスも売っていた。

「金がかかるぜ?」

「……あなたを連れ出したいっていったのは私の方なので」

「あー、まあそういうことになる? のか? そうかもな。おまえが良いって言うんなら、俺はそれで全然いい。選ぶのはリカルドがやれよ」

「私の名前はリチャード……いえ、今更何も言いません。あなたのリカルドが選ばせて頂きますよ」

「おう、任せた。店員に何を言われてもサイズはジャストで頼むぜ、俺は成長しないからな」



チャームのついた空色のヒラヒラしたドレスは元の服よりも若干安い作りだったが、リカルドが満足そうに頷いたのでマイヒメはそれを良しとした。

「リカルド、ありがとな」

「礼には及びませんよ。それで、次はどこに行きます? どこか、行きたい場所がおありですか?」

「風船をもらいにいく」

即答したマイヒメに、リカルドは少し不思議そうな声を出した。

「……それこそ結構値段がしますよ。あなた、意外とそういう『いかにも』なものが好きなんですか?」

「ちげーよ。あーなんだ。おれさま、このなりだろ? リカルドは俺が足下にいるって知ってるからそうでもないけどな、普通に歩いていると視界に入らないからポコンポコン蹴飛ばされんだよ。普通の大人ってのは顔のあたりを見て人間を人と識別するんだ。この場合の風船っていうのは簡易的な存在識別用の頭部アタッチメントなんだよ、子供がおうだんほどうをわたるときに手を上げるだろ、そういう感じだな。必要経費だよこれは」

そういって、マイヒメは吟味の末、風船の中にラメとピンクのハートが入っているものを選んだ。ポシェットから千円札を渡して風船と交換するのを眺めていたリカルドは戻ってきたマイヒメへ声をかける。

「良い色ですね。マイヒメはそれが気に入ったんですか?」

「おん? ああ、トータルコーディネートだ。いいだろ!」

そのまま、手を繋いで屋台を後にする。まがりなりにもデートなんだから楽しめよといって、マイヒメは遊園地の中をガシガシと大股開きで歩き回った。途中、バスケットに入ったポップコーンを買う。それから、アトラクションに乗りましょうと提案するリカルドの言葉に頷き、マイヒメはコーヒーカップを選んだ。一緒に乗れ、という台詞と共にカメラが投げ渡される。

「なに、なんです?」

「店のホームページに載せる。綺麗に撮れよ。三枚撮ったらあとはいいから、思い出用は好きなだけ取っとけよな」



「結構遊びましたね。じきにお昼ですが、食事はいかがですか?」

リカルドは建物の立ち並ぶエリアをさした。もうそんな時間か、と思い、マイヒメは頷いた。

「席、取っとくぜ。財布は渡すから好きなの買ってこい」

「え、いえ。自分の財布がありますので、そこから出しますよ。動かず待っていてくださいね」

そうか? といって、マイヒメは取り出しかけた厳つい皮財布をしまう。それから椅子の背に持っていた風船を結び、ちょこんと座ってリカルドが戻ってくるのを待った。暇を持て余し、目を滑らせて他の席を見る。あの席の子可愛いね、お姫様みたい、という女児の言葉は賛辞として受け取っておく。成人男性の自我は見目を褒められることをむずがゆく思うが、マイヒメの扱っている品(この身体)が一級品であるのは事実だ。子供の眼は良いものを知っている、と思う。言葉にはしない。

「戻りました。マイヒメ。あなたの喜びそうなものがわからなかったのですが、カレーライスで良かったですか?」

小さな島に旗の刺さった愉快なつくりのカレーとホットドック、アイスティーを持ってリカルドが戻ってきた。子供向けの甘口なのだろう、市販のカレールーと比べても色が薄い。マイヒメは眉を上げた。

「全然良くねーんだよな、作り物の歯じゃカレーは染色しちまう。っていうか俺は飯を食わない…… や、それも店の迷惑になるか。お前が食べるからいいけどよ」

「食べないんですか? ……そのポップコーンも?」

リカルドはマイヒメが肩から提げているバスケットを指さした。何を今更という顔でマイヒメは応える。

「俺が一度でも蓋を開けているところを見たか? 油汚れは大敵だ。店に帰ったら全部おまえにやるよ。これはアクセサリーとして持ってるだけだからな。写真写りが良いだろ?」

「ああ、そういう…… それじゃ、マイヒメ、私が食べている間手持ち無沙汰でしょう。お茶を飲みますか?」

「お茶って手前のそれか? おまえも気にしいだよな。染色があるのは紅茶も一緒だよ」

「……そうですか」

座っているとリカルドの顔が近い。闇のような黒髪が陽光に映える。釈然としないという表情で手に持ったホットドッグへかぶりつくのがよく見えた。そのまま、ゆっくりカレーへ手を付ける。マイヒメはそれを満足げに見ながら、今日ここへ来ることになった原因の会話を思い出す。

「なあ。覚えているか? おまえ、俺に『生身の体なんか諦めて、美しいアンドロイドのボディで暮らせば良いじゃないですか』っていっただろ? そんで、俺が生活をみしてやるって言って、おまえが今日、ここへ連れ出したんだ。今日の諸々を見てどう思った? 幸福そうに見えたか?」

リカルドは匙を口に運びながらちょっと、気まずそうな顔をした。普段は見えない位置にあるから気がつかないが、こうしてみると綺麗な顔をしている、とマイヒメは思った。

「……そうですね。外から見えない苦労があるんだろうなというのはわかりました。その割には楽しそうではありますけどね」

「当たり前だろ、おれさま大人だ。この年になれば多少は、人生のやり過ごし方ってのを心得ているってもんだ」

それはそれとして自分だけで外に出ることもできないのは堪えるがな、とマイヒメはいった。元の体でいたときは車が使えたが、子供の体ではハンドルを握ることができない。

「な、リカルド、食事を終えたらで良いが、あとでコースター乗ろうぜ」

「ジェットコースターですか? 良いですけど……」

「バカ、ちげーよ。俺の身長で乗せてもらえるわけないだろ! ゴーカートのほうだよ、付き合えよな」



ゴーカートに三回乗り、メリーゴーランドの馬車で写真を撮り、動物をもしたウエハース付きのアイスクリームをカメラに収め、夕暮れと共に観覧車に乗ったマイヒメは向かいに座るリカルドに向かっていった。

「今日のデートの採点をしてやる、デートってそういうもんだろ?」

「ええ? 急ですね……」

「なんだよ、おまえが高いところが怖いっていうから気を利かせてやってんだ。まあいい、始めるからな。いつもの服で来なかったのはプラス十点、服のセンスは……まあまあだな、ゼロ点」

「ぜ、ゼロ点」

リカルドが絶句する。ああ! といってマイヒメは小さな口を押さえた。

「今のはおれさまが悪かった。『差し引きゼロ』だ。差し引きゼロ点! マイナスもあるぜ。そこんとこよろしくな」

「あ、ああ、差し引きですか、なるほど……つまり、ええと中庸だと」

マイヒメはこくこくと頷き、続きを口にした。

「あとは……遅刻してきたのはマイナス五点だ。俺に服を買ってくれたのはプラス十五点。代わりにアイスクリームを食べてくれたのは……他のやつだったらマイナスがつくところだが、今回は俺が相手なので十点加算だ。合計三十点だな」

「満点はどこなんですか?」

リカルドの問いにマイヒメは肩をすくめてみせた。その仕草の意味をリカルドは計りかねたが、少し考えてから『悪くない』の意味に取った。窓の外をじっと見ていたマイヒメは、足をぶらつかせながら、ああ、という。

「……ひとつ忘れていた。靴をたくさん持ってるくせしていつもの悪趣味で派手な赤い靴を履いてきたのは正解だったな。おまえのセンス、悪くないぜ」

「マイヒメはこの靴が好きですよね。言葉を聞く限りあまり褒められている感じはしないのですが」

「褒めてないからな。背丈がこうだろ? 人混みなんかじゃ足先の方がよく見える」

だから判別がしやすいその靴を履いてくるおまえを俺は高く買ってるんだ、とマイヒメはいった。

「俺といるとき、その靴以外の靴を履くなよ、おまえの顔がどんなんでも俺の背丈じゃわかんねえんだからな!」

マイヒメは小さな肩を揺らして豪快に笑った。リカルドはギャッと声を上げ、カゴを揺らさないでください、と鋭く叫んだ。


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