私たちってどう見える?(後編)

「あの2人、仲いいよな。息も合ってるし……って、それもしかして弁当? すげえな。おっきなバスケットが何個も……これ、お前が全部作ったの?」


「……うん。サンドイッチとか唐揚げとか。あんまり上手じゃ無いけど」


「そんな事無いだろ。お前の弁当、最近一番の楽しみだよ。部活でもしんどいときとか『明日の昼は根尾の弁当だ。そこまで生き延びる』って思ってるくらい」


「そ、そんな! ええっ……そこまで思うようなのじゃ……ないよ」


 いきなり特大級に褒められて、頭が混乱しちゃった。

 でも、4時に起きて頑張って良かった……


「謙遜は無し! 所で、ホントに今日、全く泳がないのか?」


「うん……ごめんなさい」


「そんなのいいよ。こういうのってそれぞれが好きに楽しむもんだろ? 泳ぎたい奴は泳げば良い。そうで無ければ、自分が楽しい事すれば良いじゃん。だから、問題ない」


「ありがと……神崎君も泳いできて。私に合わせなくたって良いよ」


「でもお前1人で退屈じゃないの?」


「それは……」


 1人で居るのは好き。

 でも、確かにこういう場に1人で居ると、何か居心地の悪さは感じる。

 でも……だけど……


「付き合うよ」


「でも、神崎君も泳ぎたいんじゃ無い?」


「余計な気を遣うなって。俺は今はここでノンビリしたい。それでいいじゃん」


 そう言ってビニールシートの上で足を伸ばす神崎君を見て、私はたまらなく申し訳なくなった。

 私だけならいい。

 でも、せっかくのプールを神崎君も楽しみにしてたんだろうな。

 だったら……私のワガママに巻き込んじゃ駄目だ!


「よ……よし!」


 私は両手で小さくガッツポーズを作ると、服を脱ぎ始めた。


「この下……水着着てるから……」


 そうして、私も水着姿になった。

 神崎君は呆然と見てるのが分かる。

 ああ……恥ずかしい。

 

 顔から火が出そうになりながら、神崎君から目を逸らして言った。


「じゃ……じゃあ泳ごっか!!」


 そう言って歩き出す私の横を神崎君が着いてくる。

 ずっと泳げなかったせいだよね……顔が赤くなってる。

 ホント、ごめんね。


「根尾……お前、すげえ似合ってんじゃん、その……水着」


「そ、そうかな……恥ずかしい」


 そう言うと、周囲からヒソヒソと声が聞こえてくる。


「え? なに、あの人。モデル?」


「めっちゃスタイルいいじゃん。ありえなくない?」


「女優さんかな? テレビのロケとかやってたっけ? ……ってか、何で浮き輪持ってんの?」


「お前、声かけろって! あの子、ヤバいだろ」


「隣の子って、弟かな?」


「いや、子供じゃ無い? あの子もカッコいいよね。やっぱ身内って似るよね」


 ああ……恥ずかしい。

 

 そう。私がかたくなに水着を嫌がってたのは、このせいだ。

 水着になると、どこに行っても好奇の目が集中してくる。

 いつもあるけど、そっちは慣れてきた。

 でも、なぜか水着になると周囲全ての色んな……変なのも含めて一気に視線が集まる。

 それが……しんどい。


 それに……


 私は隣の神崎君をチラッと見た。

 アチコチから「親子」とか「姉弟」とか……なんか、ご免なさい。

 私のせいで神崎君まで……


「よっし! そろそろ泳ごうぜ。ここの流れるプールって、国内最大級だっけ? めちゃ楽しみじゃん」


「う……うん。あの……ゴメンね、私の……せいで」


「あ、戻ったら罰金な。この前の約束覚えてる?」


「あ……ゴメンね、忘れてた」


「はい、これで200円。ジュースくらいおごれよ」


 そう言ってニッコリと笑うと、神崎君は先にプールに入った。


「早く! 気持ちいいぞ」


 その言葉に私も元気が出てきた。

 神崎君と話してると、何故か何とかなっちゃう気がする……

 私は浮き輪を被ると、そのままプールに入った。

 わ! 冷たい!

 でも……気持ちいい。


「どう? 入って良かっただろ」


 何故かどや顔の神崎君を見てたら、あそこにずっと居なくて良かった、と素直に思えた。


「うん、有り難う。泳いで良かった」


「やっぱホントは泳ぎたかったんじゃん。周りの目なんて気にするなって。前も言ったけど、お前は誰にも馬鹿にされてない。みんなお前を羨ましがってるんだ。実際さっきの水着も……その……すげえ、綺麗だった」


 神崎君は何故か目を逸らしてポツリと言った。

 え?

 私は今の神崎君の表情に心臓が高鳴るのを感じた。


 それをごまかす様に頭から浮き輪を通してバチャバチャと泳ぎ始めると、神崎君も横をのんびりと泳ぎ始める。

 その姿はとても……何と言うか力強くてカッコよかったので、それをもっと見ていたくなった私は泳ぐのを止めて浮き輪に掴まってプカプカ浮くことにした。

 目の前の神崎君とその姿。

 そして私と照りつける太陽。

 その内、自分と神崎君だけしか世界に居ないような気がして、たまらなく幸せに感じた。

 

 この人ともっと釣り合うような自分になれたら……

 そのためには何が必要なんだろう。

 何が足りないんだろう。

 って、一杯あるよね……

 埋められるのはいつになるんだろ?


 それからしばらく一緒に泳いで……まぁ私は浮いてたのが多かったけど、満足した私たちはプールから出て、何か軽く食べれそうなものを買おうと言う事になった。

 

「何食べたい? 俺はホットドッグとかいいな」


「あ……じゃあ私もそれ」


「別に俺に合わせなくてもいいだろ? 食べたいのにしろよ」


「ううん。私もそれ食べたいから。昔から大好きで」


 嘘だった。

 特にホットドッグに興味は無くて食わず嫌いだったけど、神崎君が食べたいと思うなら美味しいのかな、って気がする。


「そうなんだ。じゃあ丁度良かった。好きなものが一緒ってなんか嬉しいよな」


「うん。幸せ」


 そう思いながら私は上機嫌で歩いてた。

 これって、デートみたい。

 手とか……つないだり出来たらな……


 そんな事を思いながらホットドッグの売ってる屋台に着いた。

 するとそこの近くにある異国っぽい柱の間に立っていた鏡に私たちが映ったけど、私は泣きそうになった。


 そこに映ってたのは、どうしようもなく親子だった。

 姉弟ですらない。

 背が低めで童顔の神崎君。

 対して背が異常に高くて顔の彫りも深めの私。


 こんなの……どう見てもカップルじゃない。


「どうしたんだよ、根尾? 急にしょんぼりして」


 そう言うと神崎君はホットドッグを渡してくれた。


「美味しそうだな。向こうで食べようぜ」


「……うん。ちょっとゴメンね。お手洗いに」


 そう言うと、席を外してお手洗いに向かった。

 それ自体はほんとだったけど、1人になりたかったのも事実だ。

 ここまでカップルも沢山居た。

 でも、どの人たちも彼女は彼氏より背が低くて、甘えていた。

 春子やお兄ちゃんもカップルじゃないけど、そんな感じ。

 私たちって……いや、私ってどう頑張っても彼女になんて……

 

 お手洗いを出ても中々戻ろうと思えなくて、グスグスと近くで佇んで周りの人たちを見回す。

 何でこんななんだろう。

 私だって春子みたいに小柄で可愛らしかったらな……


 そう思っていると、突然背後から「ねえねえ、今ちょっといいかな?」と声をかけられて、驚いて振り返った。


 するとそこには大学生だろうか。

 黒髪のさわやかな感じの男性が2人立っていた。

 その視線を見て私はゾワっとした。

 大人の男の人は……苦手。


「あ、あの……私……ですか?」


「うん、そう。君凄い綺麗だね。大学生? 一人で来てるの? 良かったら一緒にまわらない? もし友だちと来てたら友だちも一緒に」


 ああ、やっぱり。

 プールで動き回るのがイヤなのはこれもある。

 毎回何故か大人の男の人に声をかけられるけど、みんな……うまく言えないけど変な目で見てくるので怖い。


「す、すいません……あの……失礼します」


 優しそうな人なのでスンナリ引いてくれるかな、と思ったら困ったことに着いてきている。

 

「え? ダメなのかな? 何で? 俺ら良くここ来てるからアチコチ案内できるよ。騙されたと思ってちょっとでいいから付き合ってよ」


 ああ……なんで。

 どうしよどうしよ……


「あの……そういうの……ダメなんです。お願いします」


 語尾が消え入りそうになりながらも頑張って言うけど、2人はニコニコとしながら目の前に来た。


「え? なんて言ったの? 君って見た目に寄らず恥ずかしがり屋? 結構イケイケな感じの見た目なのにね」


「でも、そのギャップもいい感じじゃね? そう言いながらその水着も、あきらかに誘ってる感あるし」


 え……そうなの?

 そんなつもり無くて……かわいいと思っています……


 男の人達の言葉が自分の何かを土足で踏んでいるように感じて、泣きそうになった。

 哀しくてその場で立ち止まって俯いていると、背中をポンと叩かれたのでびっくりして振り向くと、そこには神崎君が立っていた。

 その表情はムッとしていて明らかに怒っていた。


「何かあったの?」


 神崎くんの言葉にどう答えたらいいのか分からずモジモジしてたけど、状況を見て全部察したのか神崎君は男性2人を見て言った。


「すいません。コイツ困ってるみたいなんで……行こうか」


 私は頷いて神崎君のそばにくっついた。


「君、この子の子供? それか弟?」


 男性の言葉に神崎君が返した言葉に私は耳を疑った!


「いえ、俺の彼女です。だから声かけられるの困るんです。行くぞ」


 そう言って神崎君は呆然としてる私の手を握って早足で力強く歩き出した。


 え……彼……女?

 元の屋台の近くまでオロオロしながら歩いていると、神崎君が立ち止まって私を見ると、ペコリと頭を下げた。


「ゴメン。勢いとは言え彼女とか言っちゃって。イヤだったよな?」


「え……あ……」


 私はオロオロしながら必死に言葉を探した。

 違うよ……私、すっごく嬉しかったよ。

 だって……私も……神崎君の……彼女に……


 でも私の口から出たのは「そんな……事ない……あ、あり、有り難う」と言うものだけだった。

 神崎君はホッとしたように笑うと言った。


「そうか、なら良かった。お前も大変だな。大人っぽいのも……あんな変なのがチョコチョコ来るんだもんな」


「うん……ホント有り難う。嬉しかったよ」


「1人にして悪かった。もうあんな怖い目にあわせないから」


 神崎君の言葉に私は、何度も頷いた。

 いつも……有り難う。

 いつか……ちゃんと自分の気持ちを言葉に出来るようになりたい。

 そうすれば……心も身体もちゃんと大人になれ……神崎君の隣をちゃんと歩けるようになれるのかな。


「はい、ホットドッグ。冷めちゃったけど……」


「へへ……美味しそう。頂きます」


 私はホットドッグに口をつけた。

 それは冷めてたけど、今まで食べた中で1番美味しいように感じられた。

 きっと一生忘れないだろうな……と思うくらいに。

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ランドセルの女王様 京野 薫 @kkyono

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