第20話絶対に今度は死ねないわ。

 馬車に乗せられ、家路を急ぐ。


「スタンリー、帰ってきてしまって良かったの?」

 彼は貴族たちに囲まれていたから、仕事の話になって執務室に何かをとりに来たような気がする。


 それなのに会場にも戻らず、勝手に帰ってしまって良かったとは思えない。

 スタンリーは私の方を見ようともせず、ずっと真っ暗な窓の外を見ている。



「⋯⋯別に、問題はない。ルミエラはまだ帰りたくなかったのか? その⋯⋯体調が悪いと聞いたが⋯⋯」

「懐妊の話ね。それは、誤報だから⋯⋯私は、子供は欲しくないの」

「君が、そう思うのは当然だ。あのような過ちを犯した俺との子供なんて穢らわしくて欲しくないのだろう⋯⋯」


  彼は一体何を言っているのだろう。

 3ヶ月以上、仲睦まじく毎晩のように抱き合ってきた。

 (穢らわしいなんて思ってる訳ないじゃない、むしろ⋯⋯)


 私が子供が欲しくないのは、子供を持つことの大きな責任を知っているからだ。


 健太が生まれた時、私は輝かしい未来しか想像していなかった。


 結婚して、子供が産まれて、子供が反抗期になったら喧嘩するかもしれないけれど、大人になったら一緒にお酒を飲んだりして、孫が産まれて⋯⋯。


 そのような思い描いた将来は、健太が1歳になる前に消滅した。


 そして、私は今でも自分が死んだ後、彼が無事に生活しているか考えるだけで気が狂いそうになる。


 子を持つ事による発生する責任を私は恐れている。

 

「私は子供を持つのが怖いだけ⋯⋯スタンリーは関係ないわ」

「君はクラフトの事を怖がっていたからな。確かに子供は思うようにはならん。別に逃げて良いのだぞ。君はクリフトの親ではないのだから」


 私はスタンリーの言葉に流石に頭がきた。


「クリフトは私の子よ! それに、私がスタンリーを好きだから一緒にいたいって分からない? あなたのその目は節穴なの?」

「えっ? 君が俺のことが好き?」


「そうよ、ムカつくから、絶対言いたくなかったけどね!」

 私は振り向いたスタンリーの髪を引っ張りながら言った。

 好きだとか、言わなくても分かってくれていると思っていた。


 浮気をされたのに「あなたが好き」だなんて、まるでダメ男に引っかかっているようで認めたくもなかった。


「痛い! ハゲたらどうするのだ」

「知らないわよ。ハゲたら、変な女が寄ってこなくなって、ちょうど良いかもね」

 スタンリーは実年齢より10歳は若く見えるし、優雅で頭も良く仕事もできる。


 近くにいると好きになってしまう女が再び現れるだろう。


 この3ヶ月以上もの間、彼が優しく私に公爵夫人としての仕事を手取り足取り教えてくれた。分かりやすくて無駄なく、側にいて何と良い男だと日に日に好きになっていた。


「でも、ハゲたら、ますます君と釣り合わなくなってしまう⋯⋯」

「何言ってるの? 何で、私の前だとそんな自信のない男になっちゃうの? 自信満々のハゲになってよ」


 スタンリーは私の前だと、とても繊細で臆病な人になる。

 結婚して私に気持ちがないと知ると傷つくのが怖いのか、私を避けるようになった。

(今は、お互い好き合っているのだから一緒にいたいわ)



「俺といると、クリフトについての問題を抱えなければいけないだろう⋯⋯」


「なら、離婚する? 私と離れたくない癖に強がらないでよ。それに、クリフトの事はもう怖がらない事にしたの。もし、彼に殺される事があっても構わないというくらい、彼を愛する事にしたの!」


「殺されるような事はないと思うけれど⋯⋯君はすごいな⋯⋯」


 スタンリーはやっと私の目をしっかり見つめた。

 澄んだアクアマリンの瞳が私のことを愛おしくて仕方ないと言っている。

 そのような目をしながら、1人葛藤して心とは違う言動や行動をとる彼に気がつけて良かった。


 スタンリーにはクリフトに殺された記憶がない。


「何も凄くない⋯⋯母親なら、当然持つ感情だわ」

 私が前世の葛藤と共に吐き出した言葉に反応するように、スタンリーは私を抱きしめてきた。


 どのような辛い状況でも健太の事は愛していた。

 それなのに同じ私の息子であるクリフトからは逃げようとしていた。


 血が繋がってなかろうと関係ない。

 私はスタンリーと結婚し、クリフトの母親になった時点で覚悟を持つべきだった。

 

 私はクリフトも愛し抜くし、目の前にいるスタンリーの命も守りたい。


 スタンリーを非難するのは簡単だ。


 自宅不倫をしたクズ男⋯⋯妻が死んだのに歳の離れた若いメイドとすぐに結婚したエロオヤジ。

 でも、私は本当の彼がそうでない事に気づいてしまった。

 彼が私に向ける表情はいつも罪悪感と愛情に満ちている。


 私が欲しくて仕方がないのに、自分が我慢すれば十分だと自身を抑えつけている。

 今の私はスタンリーの葛藤に気付き、クリフトが見つけた初めての感情に気がついている。


「ルミエラ、君は悪魔のような聖母のような不思議な人だな⋯⋯」

 スタンリーの立場を考えれば、彼が私の不可解な変化に疑問を持つのは当たり前だ。


 口付けようとしながら、少し迷う彼がもどかしい。

 私は自分からその微々たる距離を縮め彼にキスをした。

 自分の心の内が伝わって欲しいと思い込めた。


 私は彼に話せない事が多すぎる。

 もしかしたら、秘密を共有できるレイフォード王子といるのが正解かもしれない。 

 それでも、今、私が好きなのはスタンリーだ。


 恥ずかしい程、私を好きな彼が愛おしい。


 前世の記憶が蘇った事で私は目の前にいる私を愛してくれる男こそが手放せなくなった。

 だけど、悔しいという感情が決して消えないのも事実。

 

 まともな男は浮気などしないと思っていた前世。

 障害のある健太と、病的になってたかもしれない私を捨てた元夫。

 そのような薄情な彼だって浮気をしなかった。


 浮気なんてされたら、即別れる。

 

 そう思っていたのに、目の前にいるスタンリーは態度で告げてくる。


 私だけが好きだった。

 他の女など抱きたくなかった。

 おそらく、彼自身が1番自分の浮気で傷ついていた。


 邸宅に入ると玄関ホールにクリフトと聖女マリナが仲睦まじげに立っていた。


 私とスタンリーに近づいてくるなり、聖女マリナが小走りで近づいてくる。

 ほんのり顔が高揚していて、王宮にいた時より体調が良さそうだ。



「ス、スタンリー・モリレード公爵閣下、ルミエラ夫人。き、今日からお世話になります!」

 一瞬、私とスタンリーは顔を見合わせた。


 聖女マリナを愛おしそうに眺めるクリフトは、もう彼女に一切聖女の力を使わせるつもりがない気がする。

 (彼女を公爵邸で囲い込んで守るつもり? 一体どうやって⋯⋯)


 レイフォード王子は聖女マリナに求婚した途端、死亡ルートに入りそうだ。


「父上、母上、僕はマリナと結婚します」


 クリフトが真っ直ぐに見つめてくる。

 いつになく彼のアクアマリンの瞳が澄んで見えた。

(守るべきものを見つけた男の目だわ⋯⋯)

 

 レイフォード王国では16歳で成人して結婚できるようになる。


 まだ、13歳のクリフトは当然あと3年は結婚できない。

 (そのような事、賢いクリフトなら分かっているはず⋯⋯)


 息子の成長を喜べば良いのに、クリフトの次の一手が分からない。

 (目的達成のために殺されたらどうしよう⋯⋯)


 不安で先の見えない未来に一瞬吐き気がして、口元を手で覆った。

 でも、何度殺されても、私はクリフトを愛し続けたい。


「ク、クリフト! お母様のお腹の中に本当に赤ちゃんいるよ。わ、私には分かるの!」

 聖女マリナが私のお腹に手をかざすと、お腹の辺りが光った。

 どうやら彼女は聖女の力を使って治癒以外のこともできるようだ。


 聖女マリナがクリフトの前ではくだけた感じになっていて可愛らしい。

 2人の仲良くなるスピードの速さに運命を感じた。


「マリナ、そのような事で力を使うな。自分を1番大事にしろ」


 不機嫌そうなクリフトの言葉を聞いて、聖女マリナは嬉しそうにしている。

 2人が本当に想い合っていて、見ているこちらの方がくすぐったい。


「えっ? 赤ちゃん?」

「ルミエラ? 本当に?」


 私は突然のことに再びスタンリーと顔を見合わせた。

 避妊薬を使って気をつけていたが、絶対ではないとは認識していた。


 スタンリーは明らかに喜びを隠しきれていない。

 本当は私との子が欲しかったのだろう。


(何度殺されても? 絶対に今度は死ねないわ) 

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何度殺されても愛してる 専業プウタ @RIHIRO2023

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