救いになること

何度も何度も壁に頭がぶつかる。

脳が揺れる。何も考えられない。俺は結局何がしたかったんだろうか。俺の人生って一体なんの意味があったんだろうか。最後に女の子を救ってやろうって息巻いていた俺は今何やってんだ。


でも、俺はこんな何も無い人生のまま終わりたくない。過去の自分(女の子)を否定したい。このまま命を奪ったクズのまま、死にたくない!


俺は残った力を全て振り絞り俺の頭を押え、壁に何度もうちつけている相手の右腕を振り払った。


何回も俺は何度も何度も自分から逃げて、他の人から差し伸べられてきた暖かい手も振り払ってきた。自分の目標も家族の死の意味も人の命の価値も分からないままの俺はどうやって生きていけばいいんだ。


女の子は体制を崩し、右足が地面から離れ右上半身から今にも倒れそうだ。


もうどうでもいい。最後にこの子に勝ちたい、勝って二度と俺みたいなやつが現れないように俺の意思がこの子に託せるように俺の人生に意味があったんだって誇りに思ってから死にたい。


「うおおおおおおお!」


俺は叫んだ。叫びながら壁を蹴り、相手の顔に拳を伸ばした。近距離、俺の拳が当たったら勝ち。俺の苦労も痛みも今、この瞬間にあったのかもしれない。


相手は左足を軸に180度回転して、俺に背を向ける。そのまま右足で後ろ蹴りを俺の顔に向かって食らわせた。勢いだけはある俺の攻撃はまたしても完全に打ち砕かてしまった。


後頭部が壁に当たる。もう、意識が飛ぶのが分かる。俺が突き飛ばしたのを分かっていて既にこの策を考えていたのかもしれない、それとも直感で攻撃を繰り出したのか分からないが、戦友として素直に天晴れだ。


ーー彪月視点ーー

びっくりした。壁に何回も叩きつけているのにまだ諦めず抗ってくるなんて、我ながら相手の心理を直感で読み取り、襲いかかってくるスピードを殺す後ろ蹴りを選択したことは褒めてやりたい。なんか、相手必死だったもんな。


相手は意識を失ってぐったりしている。壁にヒビが入っているから、相当痛めつけたのが分かる。勝ったから私はまだ喧嘩ができるって事だ。今後の課題としては力が弱いから筋トレを主な特訓内容としよう。若い頃から力をつけておけば将来も安泰だ。


でも、恐怖の原因は結局最後まで分からなかった。というか戦闘中に恐怖に支配されるのは論外だ。それに、感情的になって無策で突っ込むやつはもっと論外だな。


あー、えっとこれから何しよう。帰ろっかな。


その前にこいつ起こしてから帰るか。


私はコンビニで水を買いにいき、男が倒れている路地裏に戻ってくる。戻ったら男は目を覚ましていた。なんだ、頭から水かけて起こしてやろうと思ったのに。私はペットボトルの水を少し含み、男の目の前に駆け寄った。


男は私を見つけてから、大きく息を吐いて、またぐったりした。


「はぁ、何も意味ねぇなぁ。どうしよ」


男は頭を地面に着け、仰向けの状態でだらんとしている。


「誰も救えねぇんだなぁ、俺って。最後の最後まで俺ってとことん気持ち悪いやつだったな」


なんだこいつ、死ぬ気か?


「ちょっとお話しませんか?死ぬ気なら止めるし、私いつかまたあなたと喧嘩したい」


男は笑って、壁にもたりかかりながら座った。


「うん、俺も話したくなってる。君と」


話す内容とか考えておかないとな、殺しの内容とか、どうやって身体能力を伸ばすのとか。


「君、何年生?」

「私中2です」

「えーまじか!俺中2の女の子に負けたのかぁ。悔しいー」


男は頭を抱えて悔しがる。というか、一人称が俺になってる。


「俺、男子校で高校中退19歳。社会不適合者の殺し屋でーす!」


男はテンション高めだ。


「なんか、楽しそうな方ですね。普通に喋ってる分には何かこっちも楽しい気分になってきます」

「え!?そう!いやぁ、俺も可愛い女の子と喋れて超嬉しくなっちゃって。ああ、負けたのは悔しいけどそれとこれとは別の話ね」


そういえば殺しのことについてなにか聞かないと、本業の人に聞くのは大事だからな、もっと強くなるのに必要になるかもしれない。


「あの、殺しの...」


私が話そうとすると、男は口に手を当て、『静かに』のポーズをした。


「そういう暗い話は後にしよ」


私のテンションが下がったのを察したのか男は明るい声で言う。


「なんで高校中退したんですか?」

「暗い話はNGって言ったよね!?」

「私にとっては全く暗くないです」


男が明るくツッコミをいれるも私は静かにそれを交わす。


「まあ、そうだね」


納得してくれたようで何よりだ。


「じゃあお返しだけど、なんでだと思う?」


うーん、明るい人だから多分人間関係の問題ではないでしょ。じゃあ...


「勉強出来なかった」

「んー、それもちょっとあるけど」


男はニヤッとしながら言う。


「勉強のし過ぎで熱出したことあるんだよ、俺。まあ、今となってはそれもいい記憶だけど当時はまーじで勉強好きじゃなかったなぁ。好きじゃないものを必死で頑張っても、本当に頭良い奴には追いつけなくて...あー、俺って勉強向いてねぇなぁって、すぐ気がついた。まあ、親も勉強しろって言わないし、俺もそこそこいい点取ってたから別にそこまで嫌な思い出じゃないな」


男はハッとして何かを思い出したような素振りをする。


「そういや、名前聞き忘れちゃったな。

俺は保科歩、君の名前は?」

「私は玉河彪月です。よろしく、保科さん」


保科さんは上を向き唸る。


「んー、本当は女の子に下の名前で呼ばれたいけど、我慢しよう」


なんか本当に普通の人だ。なんでこの人が人を殺すような人になってしまったのだろう?


「君は、勉強得意?」

「あんまり人と比べないんですけど、まあ平均点より下ってことは私頭良くないんですね」

「小さい内に勉強好きになった方がいいよ。絶対その方が苦労しない」

「頭良くなれじゃなくて、勉強好きになれ...ってなんでですか?」

「上手く言葉に出来ないけど...」


保科さんは首を傾け悩む。


「好きな物増やした方が楽しい」


きっぱり言うが返ってそれが逆に胡散臭い。


「今好きな物とかある?」

「うーん、喧嘩と...強いて言うなら日記?」

「へぇ、日記ってどんなこと書くの?」


興味深そうに日記に食いついてくる。


「喧嘩の強くなり方、なんで今日は喧嘩に勝てたのか、とか。なんで今日は負けたのか、どうしたらもっといい動きができるのかってことを考えて、それを書くと自然の相手の動きも読めるんですよね」

「日記っていうよりもう部活ノートみたいだね 」


保科さんは少しビビる。


「保科さんの好きなことってなんですか?」

「殺しは別に好きって程じゃないから省くとして...」


なんで好きじゃないのに殺しをやってるのかますます気になってしまうじゃないか。本当になんで殺し屋になんかなってしまったんだ?


「筋トレと読書」


それ、私がやりたかったやつ。


「その趣味...パクリます!」


保科さんは笑って答える。


「ああ!俺いつか君と好きな本について語り合いたい」


そして、暗い話はダメと言われたのにやっぱり気になってしまい私は口を開いてしまう。


「なんで、殺しなんてやってるんですか?」


保科さんはびっくりした様子で立ち上がり、上を見る。


「そうだなぁ、詳しく話したくないなぁ...君の目を見て真剣に話す内容でもないんだけど」


保科さんは息を大きく吸って吐く。


「俺、誰かを助けたかったんだよね」

「誰かって?」


私が聞くと、腕を組んでまた悩む。


「誰でもいい。自分自身も...俺以外の誰かも」

「でも...命を奪うってことはその真反対の行為ですよ」


そんな理由で殺しなんかやるはずが無い。


「そうだな...でも悪いやつを殺せば自分も赤の他人も救われるんじゃないかって思った」

「でも、誰かの味方をするってことは誰かの敵になります。誰かを殺すってことはその人の友達が嫌がります」


男はさっきと打って変わって苦い表情をする。


「ああ、そうだな。だから争いなんて本当に意味が無いんだって気がついたんだ。友達が嫌がる...か。本当に君の言う通りだよ」


そう言った後、沈黙が数秒流れる。


「君には友達はいる?」

「いません。でも、クラスで浮いてるからいじめてる奴はいます」


保科さんは私の方を見たあと、また上を見て笑う。


「そうだな、その子はきっと...」


なんか言いたそうだ。


「きっと...なんですか?」

「側にいてやれ、その子はきっと君が必要なんだ」


私の心を見透かしたように保科さんは優しい声で語りかける。


「いじめてるのに...ですか?」

「殴ったことはないんだろ?」

「でもその子のことをよく否定します」

「いじめっ子ってさ、いじめている対象には本当に興味が無いんだよ。暇だから...そいつをいじめていたら人気が出るから...ストレス発散。色んな理由があるけど...結局いじめている奴には全く興味が無いんだよ。だから君は良いいじめっ子だ」


本当かな...私は西羅紗季にとって、必要な存在なのかな。











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【タイトル募集】(仮タイトル)弱メンタル女子の全力魂強化日記 えあむ@帰宅部彼氏 @eamu

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