過去を否定したかった
戦いは基本的に無意味だ。完全に無意味という訳では無い。ただ現実的に考えて、戦うより話し合いの方が合理的である。もしお互いに満足は出来なくとも血は流れないし、戦いの準備の時間や、メンタルの問題とかを考えたら話し合いで論破されてムカつくことはあれど、話し合いの結果を10年、20年と引きづることなんてないだろう。ただ、争いは傷が残る。プライドが傷つく。勝った相手のことを恨み、負けた相手に興味が無くなり、勝った自分はまた新たな争いに身を投じていく。
そう、基本的に争いなんて無意味だ。誰を殺しても、どこで誰が死のうとも...自分とは関係ないし、嫌いのやつを殺してもまた新しい嫌いな奴が出てくる。結局、争いなんて基本的に無意味だ。
じゃあ、争いに意味を見出すとしたら...。
相手のことを思いやる喧嘩、俺はそんな喧嘩がしたかったのかもしれない。現に俺は今戦っている女の子を敵として見ていない、まるで過去の自分、間違った昔の自分を正すために戦うのだ。
この戦いで女の子に一生消えない心の傷をつけてやる。その傷は俺からどうしても伝えたい、言葉よりも鮮明に、そして一生消えない傷になるだろうが俺はそれでも救いの傷を相手につけてやりたい。
この喧嘩の意味、俺は女の子に一生の傷を負わせるため、
そして
『過去を乗り越えるために』
俺は戦う。もう俺は迷わない。
『もう喧嘩なんてやめよう』
俺との戦いで人生最後の喧嘩にしてやる...言葉よりももっと分かりやすい俺の全て(拳)をぶつける。
「難しい質問だから答えなくてもいいけど、君が喧嘩する理由って何?」
俺がそう聞くと、女の子は力を抜き、まるで普通の女の子みたいに話す。
「私って結構強いんだけど、ずっと何かに脅えているの。私は恐怖が嫌い、でも自分より強い敵は好き。喧嘩が好き、負けてボコボコにされて帰っても私は喧嘩が好き。だから私の恐怖は一体何なんだろう?」
女の子は顎に手を当て、自分の世界に入るように、俺の事をすっかり頭から排除したかのように考え込む。
「お父さんのことを知ってからずっとそうだ。お父さんのパソコンから殺人鬼の気持ち、強い人の気持ち、これから死にに行く弱い人の気持ち。そのどれもが私とは違う感情だった。だったら私の喧嘩でしか、私が殺し合いをして初めて、私だけの気持ち、私だけの楽しい気持ち、私だけが感じている恐怖をきっと探していける」
まるで心の声がそのまま出てきたかのように、女の子はすらすらと、でも楽しそうに、でもちょっと苦しそうに話す。
「私は喧嘩で、私だけの価値を見つけたい」
急に力強く、でも俺に向かって話してるみたいじゃないみたいに決意表明をする。
「でも、君が見つけようとしている答えは喧嘩には無い。だって争いに価値なんて無い、だから争いから価値を見出そうとしている君にも今は価値が無い。」
俺は小さな女の子の価値を否定してしまった。こんな殺人鬼の俺の方が生きてる価値なんてないはずなのに、真っ当に頑張っている全ての人間の冒涜とも言えるような俺のような存在が、これから未来のある若者の価値を否定してしまった。
でも、ここで否定しないときっと女の子は俺みたいになってしまう。こんな価値の無い俺みたいなやつに。
「ねぇ、ここでやめる?結局何も生まれないんだよ、争いなんて。君は負ける、だから何年経っても、これからの将来ここから先の出来事はまったく楽しくない、無駄で、でも一生苦しむ1ページになるかもしれない。それでも、僕と戦う?」
俺の本当に言いたかったこと、伝えたいことを言葉で伝えた。もし、この言葉が意味をなさなかったら、俺は...かなりショックだなぁ。
「もう頭を冷やす時間も惜しいくらい私の脳みそは狂ってしまったんです」
そう言って女の子は魂に火がついたように、目に力を込め、全身に力を込め、俺の方を敵として認識してくる。
「あなたの伝えたいこと...分かりました。その気持ちも背負いながら、私は後5分だけでも...頭が...この熱気が冷めないような時間を過ごしたいんです」
俺の気持ち...受け取ってくれたんだな。だから後は俺が勝って...諦めさせてやる。お前の空虚な人生(誰かと争う日々なんて)終わらせて、これからの楽しい人生(普通の生活)を送らせてやる。
「もう言葉は...要らない。ここからは気持ちの問題じゃない」
俺は改めて力を込め、女の子と同じように、相手をしっかり見て...目の前の敵を倒すだけ...。
いや、どうしても女の子を敵とは思えない。
俺の黒歴史も俺の人生だ、過去の俺は敵じゃなくて味方だと自分を甘やかしてしまう。じゃあどうやって過去と向き合えばいいのだろう。俺の無意味な人生をどうやって無意味と割り切ればいいんだろう。
「いくぞ、泣いても笑っても...これで最後だ」
俺はそう言ってすぐ駆け出し、相手との距離を詰める。相手は俺の顔目掛けて右足で後ろ回し蹴りをする。
その足は風を切る。今にもブォンという音が聞こえて来そうだ。撃った後の隙なんて考えてない本気の蹴りはまだ過去の自分と向き合えてない俺を叱るようだ。
ただ、まだ右足が上がった状態、足を下ろして地面を蹴る前に、1発叩いてやる。
相手の顔を殴ろうとする俺の力は今までの俺よりも数段上の威力で自分でも小さい女の子にここまでするかとツッコミを入れたくなるくらい力を入れていた。
相手は左足もあげてジャンプして体を横に捻る。そのまま、左足に右足を揃えて、腹に向かってドロップキックを食らわせてくる。
ただ、本当に痛みも忘れているくらい集中している俺の体にその攻撃は聞かなかった。
相手は足が両方上がっている状態でバランスが取れず、地面に背中からダイブしてしまう。
相手は急いで立ちあがるが俺は張り手で左側の壁の近くまで追い込む。
壁際まで追い詰められたらすることは一か八か屈んで前に抜けることと、右か左かどっちかに移動すること。
俺は迷わず右手で相手から見て左側に向かって軽くジャブを放つ。相手は右に向かって移動したのですぐに拳を引っ込めて相手に追いつき、頭に前蹴りを食らわせるが両手でブロックされてしまった。
相手は蹴りを食らった衝撃で吹っ飛んで、結果的に俺と距離が離れてしまった。
「はぁ、壁を蹴って...大ジャンプでも出来たらなぁ」
女の子は愚痴をこぼし頭を庇う。
相手と反対側の壁に背中をつける。
路地裏なので壁と壁の隙間はそんなに遠くない。つまり両方とも後ろに下がれないいわゆる背水の陣と言うやつだが俺は正直相手の攻撃を食らっても痛くないので別に俺にとって後ろに下がれない状況でもそこまでリスクのあるわけでもないのだ。
「もう次で終わりにするよ」
相手の攻撃が痛くないと分かれば相手の攻撃なんて全部受けてでも全速力で近づいて相手をぶっ飛ばせば良いだけだ。俺はバカになった。
でもバカになった俺でも勝ちは決まったも同然だ。
女の子は息をゆっくり吸って、吐く。気持ちを落ち着かせて思考を巡らせようとしているのだろう。ただもうバカになった俺には関係ない。
「うん」
女の子は俺に向かって走り出した。壁際に追い込んで有利を取ろうって言ったって無駄だ、俺の方が速いし壁際に追い込んだって、別に攻撃が痛くないなら耐えてでもぶっ飛ばすだけだ。
俺は挑発に乗るように相手に向かって今まで以上の全速力で走り出した。さぁどんな戦術でもかかってこい。俺が全部ぶっ飛ばしてやる。
相手は後ろを振り返った。思考がバカな俺でも分かる、相手の弱点は俺を見失うこと、だから俺が相手の弱点をついて後ろに回り込む作戦を未然に防いだつもりでいるのだろう、ただバカな俺はそんなこと考えてない、ただ正面から本気の力でぶっ飛ばすだけだ。
女の子は体ごと後ろに向かって捻った。
油断...俺は自分をバカだと言ったが、無意識に相手の弱点を考えてしまった。相手が喧嘩のプロで、俺より知識があるから、俺は相手が必ず弱点をカバーする人間だと錯覚してしまった。
ただ違った、相手も何も考えていなかった。
いや、何も考えてないようで俺を誘っていたのかもしれない。俺が全速力で距離を詰める瞬間を待っていたのかもしれない。
相手は俺の背を向け右足を前に突き出しながら左足で飛ぶ。まずい、ジャンプして後ろ蹴りをされる。いや、食らうだけならいい。ただこの状況は俺のスピードにドンピシャにハマっていて俺の速度を殺すカウンターのような形で後ろ蹴りを食らってしまう。
でも、バカな俺は速度を落とせなかった。
「うらぁ!」
相手の叫び声と一緒に俺は相手の右足を顔に受ける。
俺は無様にも吹っ飛ばされて壁際に追い詰められる。頭が回らない、舐めていた敵が急に俺を追いつめるだなんて信じられない、食らった一撃が痛いだなんて俺のハイになった脳みそは受け入れられなかった。
俺は壁に思いっきり頭を打った。何も考えられない、早く体制を立て直さないと。
相手は俺のすぐ目の前に来て、俺の頭を掴んで、何度も何度も壁に思い切り頭をぶつける。俺が今まで殺した人間が一回頭をぶつける度に脳みそから蘇ってくるようにフラッシュバックしてくる。
ああ...こんなんで俺の人生終わるのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます