戦いに意味なんて無い

「もう、殺し屋辞めようかな」


そう言って、俺は家に引きこもり、通じていた裏社会のお偉いさんとは全員縁を切った。


やめようと思った理由は2つ。1つ目は

死ぬのが怖い。2つ目は人を辞める覚悟が自分には無いこと。どうしても俺の中には殺した敵の顔が夢に出てくるし、あの時、俺を殺そうとした敵の顔が何度もちらつく。本当に致命的なのは自分のことが大嫌いな事だ。自分のことが嫌いなら死ぬために戦場に行けばいいんじゃないかと思うだろう。でも、殺人鬼ぶって、結局自分の感情を殺しきれていない自分が嫌いなのだ。家族が死んだ時、何も感じなかった自分は、やっと人の心を失ったかと期待したが、まだ殺したあとのことが怖いし、殺されるのもやっぱ怖い。

それに、俺を殺そうとしたやつを殺したやつの言葉、友達を殺して自信を得たいとか、そこまでしないとやっていけない世界なんだなと思うと余計気が滅入る。


「散々殺した挙句、自分に都合のいいことばかり考えやがって」


外に出るのが怖い。もう異常者に片足突っ込んでいる俺が人とやっていけるのかが分からない、でもこれから何をすればいいのかも分からない


「やっぱなんか成し遂げてから死にたいよなぁ」


気持ち悪い期待を背負いながら俺はなんの生産性もない日々を淡々と過ごしていく。

酷い考えだが、このまま何もしないまま死んでいくなら人を殺していた生活に戻っていた方が俺は楽しい。


俺は殺し屋依頼の掲示板を開いた。依頼を受けようとか考えてるんじゃない、ちょっと普通の人とは違うことでもやって気分を紛らわせたいだけだ。

でも、こんな3年目の下っ端の俺が開けるサイトなんて小さな依頼で小さな報酬だ。しかもお偉いさんとは全員縁を切ってしまったから宛も無い。俺の今開いてるサイトは偽物の殺し屋が8割の誰も殺す度胸もない癖に依頼の金だけむしり取って逃げる連中ばかりだ。今このサイトを見てる本物の殺し屋なんて俺一人だろう。多分。


【依頼】私の事、殺して欲しいです。


なんだ?自殺願望か?どうせこんなサイトに書くんだ。本気じゃないだろ。


コンタクトを取ってみると淡々と集合場所を書いていた。本物の危ないサイトだったら、こんな限定的な集合場所なんて指定しちゃダメだぞ。もうそこの近くに住んでいるのが分かっちゃったし、住所もなんか凄い殺し屋なら特定されちゃうぞ。でもそれと同時にこれは本気だ。しかもこいつは相当こういうダークな界隈の初心者らしい。


「はぁ、こんなやつ、どうやって接していいか分かんねぇよ」


喧嘩とか言ってるが、本物の殺し屋となんのルールもなしに戦ったら確実に負けるのが目に見えているだろう。それとも舐められたくないから喧嘩という表現にしたのかもう何も分からない。


俺が守らなきゃという使命感なんか1ミリもないけど、こんな奴がこの世界にいてはいけないという思いで、そいつとの喧嘩を受けた。一刻も早く殺し屋の世界から抜け出させてやる。


「いいよ、でももっといい場所があるんだ

その場所は...」


そうしたら集合場所には女の子が一人。しかもかなり喧嘩に慣れてる。でも、この子は知らない。この子はきっと家族や友達が死んだらきっと悲しむ。俺は怖がらせないように慣れない「僕」という一人称を使い、殺さないように喧嘩を装いながら戦った。


しばらくしたら女の子が口を開いた。1回でも女の子に恐怖を教えたら勝ちなんだってよ。

恐怖の価値なんてなんにも分かってない子供のくせによく言う。


「でもあなたは今、私と戦ってなんの恐怖も抱いてない、それは色んな経験をしてきたからで、もっと怖いことを経験したからでしょう。それに私はずっと何かに怯えているんです、それがなんなのか知りたいし、もし分からなくてもあなたとの戦いの恐怖で上書きされるなら本望です」


そうか...君には俺が怖がってないように見えるのか。


「今俺はなんの恐怖も抱いていない...か」


今の俺の恐怖が言葉としてはっきり分かる。この女の子が俺みたいに染まるのが怖いんだ。

この女の子には俺の世界なんて知って欲しくない。


「本当にそう見えるか?」


伝わってくれ、俺の恐怖。


「結局、言葉にしないと分からないですよ。人の気持ちなんて」


まあ、だよな。結局、この女の子を助けたいって言うのは気持ち悪い俺のわがままだ。


「じゃあ、お互いの気持ちを学んでいこうよ。君も...そして俺自身も」


俺はこの喧嘩で教えてやる。お前の恐怖も、そして俺の恐怖も。


俺は走り出し初めて拳を握り、女の子に向かって振る。やっぱり反射神経がいいのか、俺の拳のスピードにもしっかり反応して避けてくる。ただ、もう俺は手加減なんかしない。


俺は本気で足を振り上げた。顎を狙った本気の蹴りだ。これも避けられてしまったが女の子の表情は本気を出す前とは違いかなり驚いた表情になっていた。


格闘センスも反射神経も相手の方が上。だとすれば、真正面から戦って、俺が攻撃を当てられないのは明らか。はぁ、まったくこんなチビの女に手こずらされるなんて初めてだ。


俺は意識して相手の目に向かって、攻撃を浴びせようとする。恐怖を相手の体に刻み込むように、本気の俺の攻撃を目でしっかり分からせるために。


俺の右手のパンチを屈んで交わし、屈んだ状態から縦に一回転して、蹴りを俺の顎に食らわせてくる。ただ、痛くない。


俺はすぐに体勢を立て直し、拳を女の子の目を目掛けて放った。しかし、ギリギリで避けられる。ただ、そのギリギリが命取りになる。間一髪のところで拳を避けるも、やっぱり焦った分体制は少し崩れる。その隙を見逃さず、俺は女の子の後ろに回る。


後ろを向く瞬間、俺は裏拳を女の子の顔に浴びせた。初めての本気の攻撃、俺は躊躇いも無く、攻撃を浴びせられた自分の凶暴性に内心怯えつつも、ここまでさせた女の子にちゃんと敬意をはらった。


「でも、これでいっただろ」


女の子は吹っ飛んで壁に当たった。ここは壁に挟まれている狭い路地、ちょっとでも吹っ飛ばされたら、壁に激突してしまう危険なリングだ。


「...頭セーフ」


頭をさすりながら女の子は立ち上がる。目が鋭い、新しい攻撃でも考えているのか、それとも俺の致命的な隙でも見つけたのか、どっちにしろ相手に勝ち目は無い。だって、痛くないから。


女の子は俺の真正面に立つ。もう俺は何も考えず拳を振る。女の子は避けて近づいたと思ったら手で俺の事を押し出して遠ざける、これを何回も繰り返してるだけ。俺は3年も殺し屋をやっているから全然平気だが、一発まともに当たったら終わりのパンチをギリギリで避けながら、攻撃の隙を伺う。常人じゃメンタルも体もあと少しでボロボロになるだろう。それに攻撃を諦めたのか、俺の手と俺の体を押し出すだけでまともに蹴りもパンチも撃ってこない。

本当に相手にとってジリ貧の戦いってやつか。


相手が慌てて距離を取る。拳を振る、と同時に一気に距離を詰めて、相手の足に向かってローキックを食らわせる。その後すぐに距離を取る。相手は焦っているから俺が距離を取って油断しているだろう。


だから一気に距離を詰めて顔に向かってジャブと見せかけてまた相手の後ろに抜ける。

手で俺との距離を遠ざけたり、距離を取ったりする所を見るに、後ろに抜けられるのが相当嫌らしい。


後ろに抜けると、後ろを見るためにワンテンポ遅れる、どうやら自分では無く相手に集中が向くタイプだから相手が視界から外れると、どうすればいいのか分からず、フリーズしてしまうらしい。これも知識で相手のことを見ているから感覚で相手のことを見れない故の弱点だろう。


振り返った顔に肘打ちをする。しかも頭に刺さった。間髪入れず、よろめいた相手の腹に蹴りを食らわせようとするも、ギリギリで体を捻って威力を抑えられた。


目に肘打ち刺さってたら、蹴りが思いっきり入ってただろうに、ちょっと残念。


女の子は俺の方を見ながら倒れる。頭が少し切れて血が出ている。


「はぁ、はぁ、まさかこんなに食らうなんて...」


息切れしている様子。ただ、俺を相手によく頑張った。俺は疲れてもなんともない、だから少し話しかけてみる。


「どう?恐怖とやら、分かった?」


殴っておいて、軽く話しかけるなんて俺はサイコパスかもしれない。


「うん、でも、喧嘩は...まだ楽しい」


その目は何かの決意に満ちている。喧嘩の狂気に当てられたか、まだ自分の天下を信じているか分からないけど、まだ喧嘩が楽しいみたい。

俺は...殺しなんて、喧嘩なんて嫌いだから逃げてきたのに、この子はまだ、良くも悪くも純粋なのかな。


「恐怖が分かったんなら、喧嘩はもう終わりじゃない?」


俺は手をだらんとさせ、力を抜く。


「嫌だ、もうちょっと...喧嘩したい。まだ、戦いたい」


女の子はこちらをじっと睨み、立ち上がる。


俺は認めたくない、喧嘩の楽しさなんて。

俺は相手を心の中で称え、手に力を込める。


「戦いに意味なんてないってこと...絶対におしえてやる」



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