よもつへぐい(微ホラー)
目の前に野菜や魚が煮立った土鍋がある。
私と、幾人かが畳の上で、ちゃぶ台を囲んでいる。
「はい、これ」
自分の分が取り分けられたお椀を隣の人から渡される。
どこか寒い冬の空気の中、部屋を見渡すが、特に暖房のようなものはないようだ。
どうも、明かりがついているわけでもないらしい。
どこか薄暗く感じるが、全てのものがちゃんと見えている。
「じゃあ」
他の人たちが手を合わせる。
続いて、いただきます、と声を発する前の呼吸音。
「あの」
それを遮った方が良いような気がして、声を出す。
だが、特に二の次は出てこない。
「・・・すみません」
気まずい沈黙が流れる。 その空気を紛らわせようと、口の端を上げるが、ぎこちなく引き攣る。苦笑いだ。
申し訳なさから、よくよく同席した人たちの表情を見やる。
細身の年老いたお爺さんとお婆さんは干からびた木片のような手で握った箸を宙に浮かせ、丸々と太ったおばさんの額から脂ぎった汗が流れ落ちる。
隣には、人の良さそうな小ぶりの丸眼鏡をかけた学者風のおじさんが、柔和な笑みを浮かべている。
ふと思い至る。
いや、そもそも、お前らは誰だ。
なんだかものすごく馴染みのある人のような空気を出しているが、よくよく考えると、私はまったく見覚えがない。
「ちょっとお手洗いに」
言い訳の常套句を述べて、立ち上がる。
すると、隣のおじさんが立ち上がった私の腕を掴む。なかなか力強い。
「まずは食べ始めましょうよ。この間際で皆さんを待たせるのも、ねえ?」
「そうだ(そうよ)、そうだ(そうよ)」
各々が個性豊かな話し方なのに、いやに揃っている斉唱。
まるで私が、私一人が、完全に間違っているかのような調和の取れた圧。
突然、既視感に襲われる。脳裏に、叱責する上司の顔が浮かぶ。
そうだ、私は、また同僚のミスの濡れ衣を被せられて、そしてーー
そして、なんだっけ?
「皆さんには申し訳ないんですが、どうしても我慢できなさそうです」
だが、今はゆっくりと記憶を振り返っている場合ではなさそうだ。
違和感を抱いたことを、気づかれてはいけないような気がする。
ゆっくりと腕を掴むおじさんの指を、掴まれていない方の手でひとつひとつ取り外す。
静止した人々の丸々とした目から逃げるように、襖へ小走りに駆け出す。
目線が追いかけてくる。
蔦がからみつかのように足がもつれる。
スパン!
襖を開けると、真っ暗な闇が広がっている。
闇の底から、囂々と冷たい風が吹き上がってくる。
私はなぜ、こんなところにいるんだ。
ここは、どこだ。いったい、私は…………
「こっちに、いらっしゃい」
後ろから、気配がする。
肩を捕まえようと、ここの”住人”たちの手が伸びてくる。
「いらっしゃい、いらっしゃい」
いらっしゃい、と声が重なるたびにだんだんと増えていく。
背中にいくつもの手が、指が、今にも襟首を掴もうと伸びてくる。
「ーーーーーッ!」
それはもう、本能だった。
指先が届く寸前、風に向かって、飛び降りた。
暗転。
***
目を覚ますと、布団の上だった。
睡眠薬が散らばっている。
どうやら、私は生き延びたらしい。
すこし不思議な話(短編まとめ) No.37 @No37
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