すこし不思議な話(短編まとめ)
No.37
耳鳴り
頭痛がして、目を覚ます。
まだ眠気があり、寝返りを打って再度寝ようとする。
「いつまで寝てるの?」
女が声をかけてくる。
聞き馴染みのないその声に、驚いて起き上がる。
「・・・もう起きたよ」
胸が痛くなるくらい懐かしい感情が湧き起こる。
この子、誰だっけ。でも、すごく知っている気がする。
忘れているというのは、なんだかおかしい気がする。
この子にそんなことは伝えてはいけない気がする。
風鈴の涼やかな高音が響く。
風が、吹いている。
縁側の先に見える太陽に透けた緑が眩しい。
「寝ぼけてるんでしょ」
「そんなことないよ」
ここはどこだろう。どこだっけ。
ああ、忘れちゃいけないのに。なんでだろう。
涙が滲んでくる。
「大丈夫だよ」
握りしめられた手に、彼女の手が重なる。
「・・・ごめん」
「謝る言葉より、もっと明るい話題を聞きたいなあ。
ねえ、最近、何か良いことなかったの?」
「最近・・・」
彼女に聞かれると、嘘でも明るいことを伝えなきゃいけない気がする。
「うーん、なんだろう、内定もらったことかなあ」
「わあ!お仕事決まったんだ!おめでとう!」
あ、そうだ。ここ、昔たまに帰っていた曽おばあちゃんの家だ。
大人たちが酒を飲んで管を巻いている時に、同じく退屈を持て余していた君と出会ったんだ。
でも、あの家は、確か小学校に上がった頃にーー
「・・・もう時間だね。久しぶりにお話し聞けて嬉しかったなあ」
大きな耳鳴りが、頭に鳴り響く。
「あ」
そうか。君はーー
「いつも君のこと、応援してるから」
ゆっくりと、世界が崩れ落ちていく。
君は寂しそうに微笑む。母親のような眼差しで。
手を伸ばそうにも、もう、腕がない・・・
* * *
耳鳴りが、けたたましく脳を揺さぶる。
頭が痛い。
床で寝落ちしていた体を起こして、汗を拭く。
昨晩、お酒を飲みすぎた。
窓の外はうっすらと明るくなってきている。
薄寒い早朝の空気の中で、友達たちがめいめいに床に転がっている。
起き上がった気配で、一人が目を覚ます。
「もう起きる?まだ寝てていい?」
「まー、良いけど。あ、ちょっと待って」
「何?」
「あのさ、小さい頃に実際はいないけど、喋り相手っていうか、幽霊の友達みたいなやつ、なんていうっけ」
「イマジナリーフレンド?」
鮮やかな緑を背に、
遠く、遠く、もうどこにもない記憶の果ての故郷で、君が手を振っている。
外で、蝉が鳴き始める。
大学生最後の夏が始まる。
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