第20話 信じてすすめ【八咫烏編最終話】

 朝になってる。ここは、私の部屋……。

 そっか、ちゃんと戻ってこられたんだ。リリ先生、ツクモン、ありがとう。


 小雨が降る中を登校すると、校門の前で傘をさしたカオリンが待っていた。いつもは同じタイミングになるのに、今日はずっと待っていてくれたみたい。

「ミッちゃん……昨日の夜はどこにいたの。急に反応が消えるからびっくりしちゃった。世界中を探したんだよ。もし時間軸がつながらなかったらどうするつもりだったの。そんなことになっていたら私は、私は、私は、ワタシハワタシハワタシハ」


 よしよーし、どうしたのさカオリン。大丈夫?


「ふー。ごめんね、ミッちゃん。ミッちゃん成分を吸収できたからもう大丈夫だよ。それにもう決めたから」


 決めた? なにを?


「ミッちゃんを守るって。じゃあ今日も一日楽しく、だよ」

「え? う、うん、今日も一日楽しく、だね」


 パチン……。


 ◇


 授業が終わった。なんか、こうやって普通に授業を受けて、普通にお友達と楽しくお話ししてると、これが普通なのかなって思えちゃうよね。ヨウコ先生もこんな気持ちだったのかな。わたしが今からしようとしていることが本当に正しいのかはわからない。それでもわたしはわたしを信じて今からヨウコ先生に会いに行こうと思う。


「ヨウコ先生……」


 ヨウコ先生は図工室にいた。


「喜多さん、どうしたの? 忘れ物?」

「ううん。ねえヨウコ先生、わたしの名前を覚えてる?」

「当り前だよ。五年一組の喜多ミチカ……さん……あれ?」

「思い出してきた? まだバトルは終わっていないんだよ。だから今夜十時、図工室で待っていてね」

「バトル? 十時? なにを言ってるの!? そんなに遅い時間に小学生が出歩いちゃ……いけない……はずなのに……」


 ヨウコ先生、来てくれるよね?


 ◆


「おはようなのじゃ、ミッちゃん」

『おはようございます、ミチカ。なんともないですか?』

「ツクモン、リリ先生、おはよう。わたしは大丈夫だよ。それと昨日はありがとね」


 やっぱり、ツクモンはフェルト人形が似合うし、リリ先生の声もスマホから聞こえてくるほうが安心するよね。それじゃあ、二人とも、この鬼ごっこを終わらせにいこうか。

 今夜は一階に降りてから別棟に向かうことにした。ちっこいヨウコ先生が見せてくれた絵には十三階段もあったからね。


「十三階段さん、ヨウコ先生に会いに行ってくるね」


 目の前にぼんやりとした光が生まれた。そっとさわってみると、頭の中に昨日聞いたかわいらしい声が流れ込んできた。


 ――十三階段かぁ、あやかしの絵としてはインパクトが弱いけど、でもだからこそ私の腕の見せどころだね!


 本当に絵が好きなんだね。ヨウコ先生が描いた十三階段さんは、すっごくかっこよかったよ。


 図工室に向かう前に喫茶Rikaにも寄っていこう。人体模型さんが、ビーカーに入った紅茶を二つもたせてくれた。ヨウコ先生はテイクアウトが好きって言ってたもんね。今夜のピアノ演奏はもちろん、ヨウコ先生が好きだったあのアイドルさんの曲。やっぱりいい曲だね。


 図工室からは灯りがもれている。よかった。


「本当に来ちゃった……。なにしてるんだろう、私」


 ヨウコ先生が腕時計を見ながらつぶやいた。ヨウコ先生なら来てくれるって信じてたよ。

 

「こんなことをしている暇はないのにな。コンテスト用の絵も描かなきゃだし、依頼されてたデザインの納期も迫ってるし。なにより、もっと練習してうまくならなきゃ、誰も私の絵なんか見てくれないのに……」


 まずは電気を消そうか。こんなに明るくちゃ、大切なものが見えないよね。


「えっ? 電気が……。だ、誰かいるの? 喜多さん、なの?」


 そうだよ。それにわたしだけじゃない。あなたの肩には三本足のかっこいいカラスがのっているよ。


「いい夜だな、娘よ」


 そうだね。

 ヨウコ先生、まだ見えない? 聞こえない?


「……無駄だ。見えはしない。だが、それでいいのだ。それより喜多ミチカ、昨日は悪かったな。それとお前の勝ちだ。我の目的地は「中原ヨウコ」がいる図工室。この肩の上だ。もう一度、この場所で、この時間に、どうしてもヨウコに会いたくなった。ただそれだけのために、お前を利用した」


 そっか。


「さあ、好きなところをさわれ。もう逃げたりはせぬ」

「ミッちゃんよ、このアホガラスはミッちゃんのことをな~んもわかっとらんようじゃぞ?」


 あはは、そうだね。でもツクモン、わたしじゃなくて、わたし達だよ。

 二人とも準備はいい?


「おっけーじゃよ!」

『いつでもいけます』


 ヨウコ先生、まずはこの手紙を読んでね。暗くても読めるように蛍光ペンで書いた秘密の手紙だよ。


「えっ、この紙どこから落ちてきたの? これって手紙? えっと……これを声に出して読んでください? 《わたしはヨウコ先生の絵が大好きです》 なにこれ? 《わたしはヨウコ先生にほめられるのも好きです》 もー……こんな手の込んだイタズラするなんてひどいよ。《わたしはヨウコ先生のことが大好きです》 あはは、まったくもー。生徒に気をつかわすなんてサイテーな先生だね。一応宛名も読んだほうがいいのかな? 【喜多ミチカ】より、か。ありがと、喜多さ……」


「条件達成だね」

「な!? どういうことだ? キサマらヨウコに何を仕掛けた!?」

「なっはっはー! 名を媒介ばいかいにした術式、おぬしの真似じゃ」

「ありえん、今のヨウコにそんな力はないはずだ……」

「じゃから共鳴きょうめいさせたんじゃよ、二十年前にミッちゃんが仕掛けた特大の言霊にな。さあ存分に暴れよ、リリ!」

『術式解放【システムハック】』


 ――個体名、中原ヨウコのあやかし仮登録を行います。無効。想像拡張領域が不足しています。

 ――不足分を個体名、喜多ミチカの想像拡張領域から流用。無効。不正なアクセスです。

 ――無効。不正なアクセスです。

 ――無効。不正なアクセスです。

 ――通してもらいますよ。ワタシだってミチカの「先生」なのです!

 ――システムエラー。

 ――喜多ミチカの想像拡張領域へのアクセス、および中原ヨウコのあやかし仮登録を一時的に許可します。クリア。


『ミチカ! ツクモン殿! 完了しました。システムをごまかせるのは最長でも十分です!』


 おっけーリリ先生。本当にありがとう。


 ヨウコ先生と目が合った。いきなり現れたように見えたかな? ずっと目の前にいたんだよ。


「う、うそ……いきなり……どうして?」

「ヨウコ先生、もう見えるよね? 聞こえるよね?」


「なんということをしてくれたんだ、喜多ミチカよ……」

「……え? うそ、この声……」


 ヨウコ先生が左手をゆっくり動かして、右肩にのったそれを確かめるようにそっと撫でる。


「……あ、……あ、……私の……私の……大切な……」


 ヨウコ先生の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

 

「ようこそあやかしの世界へ。おかえりなさい、ヨウコ先生」

「……夢じゃ、ないの?」

「夢じゃないよ。そこのカラスさん、漆黒サマは「見えなくていい」なんてかっこつけてたけどね」

「あはは、本物だ。……ねえ、喜多さん、あと何分あるの?」

「……もう十分もないかも。ごめんねヨウコ先生」

「そっか。そうだよね。でもそれだけあればじゅうぶんだよ! 悪いけどRikaから紅茶持ってきて!」

「持ってきてる!」

「ナイス! それと、漆黒の翼、あんたはキャンバスの横! あのとき見せられなかった絵を、私がこの二十年信じてきたものをみせてあげる!」


 やっぱりこの人はかっこいい。


 十分たったけど、ヨウコ先生は手を止めない。


 三十分たった。ヨウコ先生はまだ描いている。


『もうとっくに、あやかし化は解けているはずです……信じられません』

「さすがはミッちゃんの先生じゃな」


 一時間たってもヨウコ先生は描いている。


 「さすがに、もう見えてはおらんだろう」と、漆黒サマがひとつ羽ばたきをした。「動かないで!」とヨウコ先生の鋭い声が図工室に響いた。


「やれやれ、中原ヨウコという人間のことを忘れていたのは我の方であったか。そうであったな。こやつはひどくあきらめが悪かったからな。……何度も描くのだ。見えておらんはずなのに、もう欠片も覚えていないはずなのに、何度も何度も何度も何度も……。真っ黒なカラスの絵なんかで、賞などとれるはずがないというのに」

「うっさい! 私はこの漆黒の翼とともに、世界の闇を統べるもの! 中原ヨウコ! てっぺんとるならあんたがモデルじゃなきゃダメなの! あんたを一番かっこよく描けるのは私だけなの! だから泣くなバカガラス!」

「泣いてなどおらぬ。これは闇の雫だ。お前こそ泣いておるではないか。そんなんで本当に我のことが見えておるのか?」

「見えてる! 見えてるから……だからお願い、まだ消えないで」


 ヨウコ先生……。まかせて!


「ヨウコ先生、わたしがここで漆黒サマをつかまえとく! 消えたりしないよ! ここにちゃんといるからね!」

「……ナイスだよ、喜多さん。いや、ミチカちゃん! しっかりおさえといてね! あとちょっとだから」


 一時間半を超えた。もうすぐ十二時になる。でも、大丈夫。


「できた」


 これがヨウコ先生の本気の作品……本当に、本当にすごい。


「ありがとう、ミチカちゃん。まだそこにいるんだよね?」


 いるよ。


「ぜんぶを思い出せたわけじゃないし、きっとまた忘れちゃうんだろうけど、でも、もう大丈夫。この絵があればまたここに戻ってこられる。私はまだ戦える」


 ヨウコ先生、さすがだよ。やっぱり「先生」ってすごいね。

 

「そういえば鬼ごっこなんだったよね? じゃあさ、私もあれをやりたい! ミチカちゃんと天上さんがよくやってるやつ。前に見かけていいなって思ってたんだよね」


 いいよ。じゃあ手を出して。いくよ?


「もう日付が変わっちゃうから、明日も元気に、でどう? ミチカちゃん」

「うん、明日も元気に! だよ、ヨウコ先生」


 パチン!


 ――勝利条件を満たしました。喜多ミチカ/ツクモンペアの勝利です。


「我の、我らの完敗だ。……いい夜だな、喜多ミチカ」


 本当に、そうだね。 

 

 

 ◆◆◆



 ヨウコ先生は出来上がった絵を大切そうに抱えて帰っていった。肩に三本足のカラスをのせて。

 よかったね。それにありがとう、漆黒サマ、ヨウコ先生。

 

 じゃあ、そろそろわたしもおうちに帰らなきゃだよね。


『……なぜ、まだミチカがここにいるのですか?』

「どういうことじゃ、リリ?」

『わ、わかりません。ですが、現在時刻は、0時3分……です』


 え?


「ランクA以上は十二時からしか参加できないなんて、ひどいルールだよね」


 ……なん、で?


「そう思わない? ねぇ、ミッちゃん」


 カオリン……。



――――――――――

ここまでお読みいただいたすべての皆様に心よりお礼申し上げます。公募の規定に従いここで一旦完結とさせていただきます。続きはゆっくり書いておりますので、どこかでまたミチカのバトルを応援いただければ幸いです。


しぇもんご(2024年8月29日)

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あやかしバトル夜十時 しぇもんご @shemoshemo1118

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