第19話 鬼ごっこ

 もういろいろとわけがわからない。よし、こんなときは久しぶりのプログラミング的思考だ。

 漆黒サマがなんかやらかしました。そしたらツクモンとリリ先生とはぐれました。そのあとちっこい漆黒サマを肩にのせるちっこいヨウコ先生と出会いました。ちっこいヨウコ先生はすごくかわいかったです。

 おっけー。なんもわかんないことだけはわかった。


「ヨウコ先生も『あやかしバトル夜十時』をやってるの?」

「先生? なんかいいじゃんそれ! よし私はいまからヨウコ先生です。で、なにその変な名前? 『あやかし大戦』てのはやってたよ。まあ夢の話なんだけどね」


 夢?


「そう、すっごく楽しくて変な夢なの! せっかくだしあなたもおいでよ! いいとこに連れて行ってあげる」


 ヨウコ先生について理科室にきた。人体模型さんが席に案内してくれる。私が知っている人体模型さんよりもピカピカで動きがなめらかだ。


「ピアノさーん! 今日は気分があがるあの曲をかけてよ!」


 ヨウコ先生の声に応えるようにピアノが曲を奏でる。お母さんがたまに口ずさんでいる曲だ。むかし人気だったアイドルさんの曲だよね。


「すごくない? わたしの夢」


 夢じゃないよ、ヨウコ先生。


「そんで私の一番のお気に入りはこのビーカーに入った紅茶をテイクアウトして、おとなりの図工室で絵を描くことなんだよね。よかったらあなたも見ていってよ」


 ヨウコ先生はやっぱり絵を描くことが好きなんだね。


「ほら見て? 私がこれまで『あやかし大戦』で出会ったお化けたちを描いたんだ! いいやつや、こわいやつ、やさしいやつ、ホントにいろんな子がいたんだ。みーんな、この漆黒の翼と一緒にパチコーンと討伐してやって、友達になったんだから……て、ごめんね、ぜんぶ白紙じゃわかんないよね」


 白紙じゃないよ。ちゃんと見えてるよ。すごく上手で、優しくて、素敵な絵だね。


「あーあ、せめてこの絵だけは見てほしかったのになあ」


 かっこいいカラスの絵だね。ちゃんと描けてるよ。


「……最近ね、私の夢、調子悪くてさ。あなたの声もだんだん聞こえなくなってきちゃったし、姿もぼやけてきたよ。ねえ、へんなカラス……私の大切なパートナーはまだ私の肩にのってる?」


 のってるよ。その子はずっとそこにいる。ずっと手の届くところにいるって言ってたもん。


「そっか。あなたにはそのカラスの声が聞こえてる? 変なことばっかり言ってるんじゃない?」


 あはは。そうだね。ヘンテコでよくわからないことばっかり言ってるよ。


「本当はね、わかってるんだ。こんなの誰も信じないって。それがわかっちゃったから……私自身が信じられなくなっちゃったから、夢になっちゃったんだって。だけど……せめて……忘れたくないな」


 そうだよね。そんなのさみしいよね。こんなのあんまりだよね。


「こんな話を初めて会ったあなたにしても仕方がないのにね。あれ? 初めて会ったんだよね?」


 初めてじゃないよ。それに仕方がないなんて、そんなわけないじゃん。


 だから……。


 どうにかするよ! ツクモン、リリ先生!


『ミ……チカ……ミチカ! 聞こえますか!』


 リリ先生! 待ってたよ!


『よかった……。時間がありません。そちらでなにか、依り代になるものはありませんか? そこにツクモン殿を送ります。あなたとツクモン殿がいれば、その時間軸でも『あやかしバトル夜十時』を起動できるはず。そうすればアプリを通してその時間と今をつなぐことができるかもしれません……いえ絶対につなぎます!』


 さすがだよ、リリ先生!


「ヨウコ先生、スケッチブック一枚もらうよ! それとクレヨンも!」


「……え? うん。あれ? あなたの声が、さっきよりはっきり聞こえる……」


 よーし、今度はわたしの天才的な絵で依り代を描いちゃうからね。そうだよ天才なのだよ、わたしは。最近いろいろあってそんななことも忘れちゃってたよ。そういえば、わたしの絵を見て「犬の排泄物」と言ったデイタンはゆるすまじ。お、なんかこれ懐かしい。うん、筆がのってきたよ!


「できたっ!」

「す、すごい個性的……でもとっても優しい絵。ていうかなんであなたの絵はこんなにはっきり見えるの?」


 やっぱりちっこくてもヨウコ先生はヨウコ先生だ。初めてわたしの絵を見てくれた時もそうやってほめてくれたんだよ。

 さあ出ておいでツクモン!


「んぼほっ! ちょいと窮屈きゅうくつじゃが上出来じゃ! さすがミッちゃんなのじゃ! さあ覚悟せいよアホガラス!」


 絵のツクモンが紙の中でむにむにと動きだした。ちょこっとキモチワルいところがツクモンらしさ全開だね、さすがわたし!


「最後くらい静かな夜を過ごそうかと思っていたが、ずいぶんと騒がしい夜になったものだ。ヨウコよ、どうやら我らは最後にもう一戦やらねばならないらしい」


「な、なにが起こってるの? これは夢……なんだよね?」


 夢だけど夢じゃないよ。だから……。


「バトルだよ! ヨウコ先生!」


 ――バトルを申請。受諾。現在進行中のバトルとの統合を行います。クリア。

 ――ルールが一部更新されました。バトルの内容は「鬼ごっこ」。期限は二十年。喜多ミチカ・ツクモンペアが鬼です。期限までに中原ヨウコ・漆黒の翼の両名をタッチすれば喜多ミチカ・ツクモンペアの勝利。逃げ切れば中原ヨウコ・漆黒の翼ペアの勝利です。

 ――それではよきバトルを。



『つながった! 時空のゆがみを修正します!』

「リリ、しばし待て! ミッちゃん、ここのところアホガラスにやられっぱなしじゃったからな、ここらで一発ウチらもかっこいいところを見せておこうではないか。向こうにもどる前に宣戦布告じゃ!」


 あはは。ツクモンはけっこう負けず嫌いなんだね。いいよ、ヨウコ先生に覚えといてもらわなきゃだしね。


「ヨウコ先生、このバトルはわたし達が勝たせてもらうよ。あなたに追いついて必ずタッチする。あなたのこれからの二十年が間違っていなかったことを、そのことを知っているカッコいいカラスがあなたのそばにいたことを、ぜんぶわたしが思い出させてあげる! 覚えておいて、わたしの名前は【喜多ミチカ】」


 あなたのことが大好きなあなたの生徒だよ。

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