第18話 先導
今日の夜ご飯はスープパスタだった。チキンとほうれん草のクリームスープでこれは本当に何杯でも食べられちゃう最強メニューだ。今朝はわたしがいつもより元気がなかったからって、お母さんが予定を変更して作ってくれたみたい。ありがとう、お母さん。
「ねえ、お母さん、絵を描くプロの人ってやっぱり大変なのかな?」
「急にどうしたの?」
「なんか、図工のヨウコ先生がちょっと大変そうというか疲れてそうだったからさ」
「ああ、非常勤で来てくださってる先生ね。そっか……」
あごに手を当てて考えこんじゃった。これは真剣に考えてる時のお母さんの仕草だ。
「どんな仕事でも大変だけれど、絵を描くとか、そういう特殊な技能をお仕事に出来る人は限られている。だからその道で生きていくためにはいくつもの「特別」が必要になるのはわかる?」
「うん」
それはなんとなくわかる。まず絵がものすごく上手じゃないといけないもんね。デイタンやカオリンみたいな「特別」がきっと必要なんだと思う。
「もともとの才能にくわえて、努力もいっぱいしなくちゃいけない。それでもうまくいくかなんて誰にもわからない。だからお母さんはもうひとつ大事なことがあると思っているの」
なんだろう。
「お金とか?」
「あはは、それも大事かもね。でも本当に大事なのは、自分の才能や自分自身の力を信じることじゃないかなって思うの。特に芸術の世界は、真っ暗な闇の中を灯りもつけずにひとりで進むようなものだからね。この道で間違っていないっていう強い自信がないとすぐに迷子になっちゃうんじゃないかな。本当は誰かがこっちで合ってるよって先導してくれたらいいんだけどね……」
先導、か。その言葉はつい最近聞いたよ。
「ちょっと話がそれちゃったね。とにかくさ、ミチカはミチカらしくいけばいいと思うよ。もしその先生のことが心配で、力になってあげたいって思うんだったら、なおさらね。ミチカなら大丈夫! もちろん困ったことがあればいつでも相談にのるからね」
そっか。私にとってのヤタガラスはお母さんなのかも。ううん。お母さんだけじゃなくて、お父さんや、カオリン、それにリリ先生やツクモンもそうだ。一応デイタンもいれとこうかな。うん、わたしには「こっちで合ってるよ」って先導してくれる人がいっぱいいるんだ。
でもじゃあ、ヨウコ先生はどうなんだろう?
◆
ぬぼほいっと! やっとちょっと慣れてきたよこの感覚。
「おはようなのじゃ、ミッちゃん」
『おはようございます、ミチカ』
「闇への帰還をこの我自ら祝福してやろう、喜多ミチカよ」
おはようってことね。漆黒サマの言ってることがちょっとわかってきたかも。ていうか当然のように三人でいるのね。
「さて、今宵はいかなる闇へとキサマらを誘ってやろうか」
また楽しいとこに連れていってくれるのかな? でも、その前に確認しとかなきゃね。
「漆黒サマはヨウコ先生のことを知ってるの?」
昨日の漆黒サマの目的地と、ヨウコ先生のスケッチブック……偶然じゃないよね。
「ふむ。きちんとたどり着いたようだな。しかし「先生」、か。あの娘が本当にそう呼ばれるようになるとはな。喜多ミチカよ、あやかしにとって名とは重要な意味をもつ。その者の名をもう一度、正確に言ってみろ」
正確に? フルネームってこと?
「ヨウコ先生の名前は【中原ヨウコ】だよ」
「しまった!! リリ! ミッちゃんの言霊を解除するんじゃ!」
『やってます! ですが強すぎる!』
「え、なに? ことだま? どゆことツクモン? リリ先生!?」
「もう遅い。さすがだな、喜多ミチカよ。条件が整った。術式解放【三千世界】」
カチ……カチ……カチ……カチ……。
なに!? 時計の音? また視界が歪んできた!
カチ……カチ……カチ…カチ…カチカチカチ。
「なんちゅう術式をしかけとるんじゃこのアホガラス!」
『ミチカ、退避を!』
「むりじゃ、もうまきこまれとる! ミッちゃん、はぐれんようにリリをフレンド登録するがよいな!?」
『ツクモン殿、なにを!? ワタシは……』
「いろいろわかんないけど、もちろんオッケーだよツクモン!」
カチカチカチカチカカカカカカカ……。
こんなに焦ってるツクモンは初めてだよ。まったく状況についていけないけど、さっきから聞こえてくるこの時計の音もどんどん速くなってるし、すっごくやばそうだね。
「少々早いが今宵の先導はここまでだ。無事に帰って来られたならまた遊んでやる。ではな」
「漆黒サマ、よくわかんないけどやってくれたみたいだね。わたしの質問にも答えてもらってないしさ。ぜ~ったいにつかまえるからね!」
「ああ、期待してるぞ、喜多ミチカよ。これは鬼ごっこ。そして鬼はおまえだ。それをゆめゆめ忘れるな」
カカカカカカ……カチ。
……真っ暗になった。
何も見えない。
ツクモン? リリ先生?
二人ともどこに行ったの? 近くにいるの? ここはどこなの?
こわい。どっちに進めばいいのかわからない。
――中原さん、あなたはご自身の絵で最近何かの賞をもらったことがありますか?
なに? だれかの声? ちょっといやな感じの声だ。
――特別な賞もないのにうちで個展を開くなんて無理ですよ。あぁもちろん正規の金額をお支払いいただければ場所はお貸しできますよ。
なんの話だろう。あんまり聞きたくないな。
――こんな子供っぽいデザインが売れるわけないでしょ。なんかもっとこう売れそうな絵は描けないの? ていうかぶっちゃけ売れればパクリでもなんでもいいからさ。
やめて。その人のことを、その人がつくりあげたものをバカにしないで。
カチカチカチ……カチ。
少しだけ視界が明るくなった。でもまだぼんやりとしか見えない。
やっぱりどっちに行けばいいかわからない。
――中原さんの絵は下手じゃないけどちょっと子供っぽいんだよね。
下手じゃないってうまいってことじゃないの? なんでそんな言い方をするの? 子供っぽいことは悪いことなの?
――趣味で描くぶんにはいいけど、仕事にするのはどうだろね。先生はあんまりおすすめできないかな。大変な世界だしさ。
……先生? あなたは本当に先生なの? あなたはあの人のなにを知っているの?
カチカチカチ……カチ。
視界が戻ってきた。ここは教室かな?
よかった、戻ってきたんだ。
ツクモン、リリ先生、二人とも大丈夫?
「ツクモン? リリ先生? 誰それ? それよりあなたも『あやかし大戦』に参加してるの?」
後ろからかわいらしい女の子の声が聞こえてきた。慌てて振り返ると、そこには私より少しだけ背の高い女の子が立っていた。オーバーオールに白のTシャツ。肩には三本足のカラス。も、もしかしてあなた達は……。
「私? 私はこの漆黒の翼とともに、世界の闇を統べるもの! 中原ヨウコであーる!」
「この出会いが偶然か、それとも必然か、それは今宵の闇だけが知っている。娘よ、いい夜だな」
……知ってる子達だ。
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