第17話 ヨウコ先生

 昨日の夜も楽しかったな。それにいろいろとびっくりだった。ヨウコ先生のスケッチブックはどういうことなんだろ? もしかしてヨウコ先生も夜の理科室が喫茶Rikaになることを知っているのかな? だとしたら嬉しいし、あやかしのこととかお話ししたいな。

 

 でもさ、これってみんなの前で言ってもいいことなのかな?

 あやかしのことは、カオリンにも言ってないんだよね……。


 わたしにしてはめずらしいんだけど、ほんのちょ~っとだけこわくてさ。ツクモンやリリ先生のことを誰も信じてくれなかったら、さみしいなって。


 そういえば、いつからだったかな。


 不思議なことや、信じられないようなことを、まわりのみんなが信じなくなったのは。


 そのことに気づいて、少しだけはずかしくて、さみしくなったのは、いつだったかな。

 

 ◇


 今日は雨だ。天気予報は梅雨入りしたって言ってたし、しばらくは雨が続きそうだね。

 傘をさして歩いていると校門の前でお揃いの柄の傘を見つけた。カオリンだ! 約束してるわけじゃないのに、いっつも同じタイミングなんて、わたしたちはきっと以心伝心ってやつだよね。


「すごいよ、ミッちゃん! 以心伝心で合ってるよ! どうしちゃったの? 調子悪かったりする? 保健室よっていこうか?」


 カオリンはいつも優しいな。さてはわたしが今朝の焼きそばパンを三つしかおかわりしていないことに気付いているんだね? なんかしんみりしちゃって、ノドがごはんを通らなかったんだよね。


「ミッちゃんのかわいらしいノドを通さないなんて、イジワルなごはんさんだね」


 あはは、優しくてかわいくておもしろいなんて、カオリンはやっぱり無敵じゃないかな。

 ……カオリンなら、信じてくれるかな?


「ねえ、カオリン……」

「信じるよ。ミッちゃんの言うことはぜんぶ信じる」

「あれ? え? まだなんにも言ってないのにすごい信じてもらえたよ。さすがカオリン、ありがとう?」

「ふふ、どういたしまして。それにほら、ミッちゃんのお母さんが言ってたじゃん? 秘密の多い女はモテるってさ」


 わが母上よ、たぶん日本で一番モテる小学五年生になにをふきこんでおられるのだ。


「だから、ミッちゃん。迷っているのならムリに言わなくても大丈夫だよ」


 カオリンにはかなわないな。わたしが迷っていることまでお見通しか。

 いつかちゃんとカオリンにも話して、それでカオリンも一緒に夜の学校を探検したいな。学校だけじゃなくて街とかも行けるのかな? ツクモンみたいに空なんか飛べたらきっとすっごい楽しいだろうな。

 よし、そのためにも早く漆黒サマを捕まえないとね。それでリリ先生やツクモンにも相談してみよっと。

 あっ、今日は図工の授業があるから、それとな~くヨウコ先生にも探りをいれちゃおうかしら。名探偵ミチカの本気をみせてやりますよ。


 ◇

 

 最近の図工の授業はスケッチで、それぞれ校内の好きな場所で絵を描いていいことになっている。今日は雨だからクラスのみんなは屋根のある渡り廊下とか体育館とかに行ったみたい。ヨウコ先生はずっと図工室にいるから、わたしも今日は図工室で描こうと思ったんだけど、となりにはなぜかデイタンがいる。ていうか、デイタン、その絵はなに? すんごく上手だけど、そんなにキレイなまるい球、うちの学校にあったっけ?


「加藤くん、あいかわらず上手だね。お!? 今回の泥団子は前回のとモデルが違うみたいだね。うん、土に含まれるわずかな水の量の違いが表現できてるね!」


 いつのまにかヨウコ先生がうしろに来てた。ヨウコ先生はオーバーオールにシンプルなTシャツのラフな恰好で、あんまり先生って感じじゃないんだけど、すっごくカッコいいんだよね。

 そんでやっぱりデイタンが描いていたのは泥団子だったのね。たぶんこの子は泥団子しか描いてないんだろうね。うん、さすが泥団子マスター。


「さすが中原ヨウコ教諭きょうゆ慧眼けいがんだ。その道のプロはやはり違うな」


 デイタンはどの先生にもこんな喋り方なのに、わたしの方がよく怒られてるのはやっぱりおかしいと思うよ。

 

「ふふ、ありがとう。でも私なんか全然ダメ。もうプロとは呼べないしね……。みんなの方が上手だよ」


 えっ!?


「どこがダメなんですか!? ヨウコ先生の絵、すっごく素敵でしたよ!」


 ……あっ、しまった。


「喜多さん、さては私のスケッチブックをのぞいたな~。よーし、そんなお行儀の悪い喜多ミチカさんには、バツとしてセンセイの絵がどんな風に素敵だったか語ってもらおうじゃありませんか」


 うわー、わたしのバカ。でもこれはこれでチャンスなのでは?


「ヨウコ先生、ごめんなさい……でもでも、どれも本当に素敵な絵でした。それで、あの、理科室の人体模型さんがビーカーを運んでいる絵は、なんか喫茶店みたいに見えて面白いなーって思いました!」


 さあヨウコ先生、どう出ますか? 名探偵ミチカの目はごまかせませんよ?


「あはは、そうそう! 理科室が喫茶店で、人体模型が店長さんだったら面白いかなーって思って描いたんだよ。不思議なんだけど、あれと音楽室のピアノはなんかこう、すーっとイメージがわいたんだよね。この無人のピアノはね、喫茶店のバックミュージックをながしてくれるって設定なの。どう、オシャレじゃない?」


 えーっと、言ってることもびっくりなんだけど……。

 

「中原ヨウコ教諭、なぜ泣いているんだ?」

 

 うん、それ。


「え? ほんとだ!? あれ? なんで私、泣いてるの? ごめんごめん、意味わかんないよね。あはは、仕事しすぎで、おかしくなっちゃったのかも。ちょっとお手洗いに行ってくるね」


 行っちゃった……。

 これはどういうことなんだろう。ヨウコ先生が「設定」って言ったことはぜんぶ昨日知ったことと一緒だ。こんな偶然あるのかな? それにあの涙は……。


「非現実的な想像だな」


 うん、デイタンにとってはそうだよね。

 

「デイタンはやっぱり信じない?」


 およ? こんなこと聞くつもりじゃなかったんだけどな。

 

根拠こんきょがないからな。逆に聞くが、キタミは中原ヨウコ教諭が言ったことはただの想像ではないと、そう信じているのか?」


 わたしは知ってるからね。


「うん。人体模型さんは喫茶Rikaの店長さんで、音楽室のピアノはどんな曲でもリクエストしたら弾いてくれるんだよ。すっごいおしゃれなんだから」

「そうか……」

 

 あれ? もっと「バカバカしい」とかいって笑うと思ったんだけど、意外な反応だ。もしかしてデイタン調子悪い? ぽんぽん痛いなら保健室いくかい?


荒唐無稽こうとうむけいな話ではあるが、キタミが言うのなら一考の余地はある」


 ごめん、デイタン、日本語でお願い。


「でたらめな話だが少しだけ真剣に考えてやってもいい、と言っている。もう覚えていないようだが、最初に「泥団子は鉄よりかたい」と言い出したのは、キタミ、お前だ。そして俺はその言葉をまったく信じていなかったが、最近になってようやく不可能ではないという結論にいたった。つまりどれだけバカバカしい考えであっても、根拠さえあれば信じるにたる。そしてそれはときに自分の限界を超えるための原動力となる。わかったか?」


 うん。わからないけど、とりあえずそれはきっとたぶんわたしじゃないので、わたしのせいにしないでくださいおねがい。


「それはそうとキタミ、その絵はなんだ? 犬の排泄物か?」


 揚げパンだよバカヤロー!

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