第16話 別棟ツアー

 結局わたしたちは、ヤタガラスさんの目的もわからず、なので目の前にいるのにさわることもできず、ついていくしかなかった。ちょっと納得いかないので、ちょくちょくプッツンタッチを繰り出しているのだが、全然さわれない。最初こそヤタガラスさんはかわして(くれて)いたのだけれど、途中から相手もしてくれなくなった。

 相手にされなくても、ヤタガラスさんの一センチ手前くらいで見えない壁みたいなものにぶつかって進めなくなるのだ。でもこれがちょっとおもしろかったりする。


「ミチカ選手のスーパーミラクルプッツン……からのカチーン!」

「なっはっは! ミッちゃん顔までカチーンとなってて最高なのだ。じゃあ次はウチがいくぞ! ツクモン頭突きぃ……からのカチーン!」

「ぷー! ツクモン顔がつぶれてるよ! ひどい顔になってるよ!」


「おまえたち……我をなめておるだろ?」


 いや、なめてはないんだけど、どうせさわれないし、どこ行くか教えてくれないから遊ぶしかないじゃんね?

 ていうか、本当にどこに行くんだろう? なんか迷いなく本校舎の二階の渡り廊下から別棟に来たけど、ここって理科室とか図工室とか音楽室があってちょっと雰囲気が違うんだよね……。


『ミチカ、注意してください。ここから先は、いわゆる学校の怪談に分類されるあやかしが複数おります。ランクこそ十三階段とそれほど変わりありませんが、友好的であるとは限らないです。相手はあやかしであることをくれぐれも忘れないでください』


 お、おっけー、リリ先生。学校の怪談って聞くとちょっと怖いんだけど、ツクモンだってあやかしなんだから、そんなに怖くないよね。うん、怖くない怖くない……。それにうちの学校の怪談って言えばほら、なんだっけ? 音楽室の無人で音が鳴るピアノと、理科室の動く人体模型くらいだよね……ハハハ。


「って、めっちゃ怖いじゃん! え、めっちゃ怖いんですけど! ツクモン、リリ先生、どーしよ!?」

「大丈夫じゃ、ミッちゃん! 気合いじゃ!」

「うん! ツクモンがツクモンなのは知ってた!」

『……お伝えしておりませんでしたが、今のワタシはシステムから切り離されているため、あまりお役には立てないのです……。つい先ほども障壁を破られてしまいましたし』

「そんなことないよ! リリ先生はすっごく優しいし、それにいっぱいいろんなことを教えてくれるじゃん! 元気出して! 大丈夫、学校の怪談なんかわたしがパチコーンですよ! ってそれができないから困ってるんだったよわたし! バカなの? いいえ、わたしは天才です」


「……おまえたち、本当に騒がしいな。まったく仕方がない。我に任せておけ。知らぬから怖いのだということを教えてやる」


 あらやだ、かっこいいですわよ、このカラスさん。なんてイケカラスなんでしょう。よし、漆黒サマって呼ぼう。


「くっ、微妙にほめられている気がせんな。まあよい、ついてこい」


 えー漆黒サマ、待って! そこ理科室なんですけど? 動く人体模型さんがいらっしゃるんでしょ!?


 カツ……カツ……カツ……。


 これって足音? まさか……。


「ぎいやぁぁぁぁ! 人体模型でたあ!! 歩いてる! こっちきてる! 頭下げて脳みそ見せてくれてありがとおお! でも怖いです!」


「本当にやかましいやつだな……。悪いな、連れが騒がしくして。四名だ。窓側の席を頼む」


 え? え? ええー?

 どういうこと?

 人体模型さんもそのポーズはなに? こぼれ落ちそうな腸を抑えてるわけじゃないの? もしかして「どうぞこちらへ」ってこと?

 あらやだ、とっても紳士なんですけど。わわわ、椅子まで引いてもらっちゃって、なんかすみません、ありがとうございます。


「ここは喫茶Rika、そしてやつはここの店長だ」


 まじかー。夜の理科室が喫茶店で、人体模型さんが店長だなんて知らなかったよ。


 ――たん♪ たん♪ たたーん♪


 ひぃ! 今度はピアノの音!? 三階の音楽室から聞こえてくるんだけど!


「この店の音楽は生演奏だからな。リクエストすれば大抵の曲は奏でてくれるぞ」

 

 まじかー。夜の理科室の喫茶店はピアノの生演奏なのか。大人な雰囲気がおしゃれで素敵だよ。

 人体模型さんが案内してくれたのは窓際の実験机で、窓側にツクモンとわたしが隣同士で座って、わたしの正面に漆黒さんがちょこんと座ってる。背もたれのない理科室の椅子はツクモンと漆黒さんにはちょっと低いんだけど、人体模型さんが、実験で使う三脚を持ってきてくれて、二人は椅子の上に乗せたその三脚にむにゅっと座っている。ちょっとかわいい。今度来るときはリリ先生も一緒に座れるように、スマホが乗せられるような台座を作ろっと。やっぱ羊毛フェルトがいいよね。


 ◆


 ふー。完全にくつろいじゃったよ。ビーカーで飲む紅茶ってのもいいですね。授業でやったら絶対怒られるもんね。やっぱあやかし最高だよ。そんで次はどこ行くのさ、漆黒サマ? また楽しいところに連れて行ってくれるんでしょ?


「……当初の目的を完全に忘れておるだろ? しかし、おまえも我らを……あやかしを怖れたりはしないのだな」


 どうしたの漆黒サマ? そんなにしんみりした声出しちゃって。「おまえも」ってどういうこと?


「さて、今日の目的地はここだ」


 図工室? ここが目的地だったの?


「そう、そして我は八咫烏。目的地に着いたゆえ、闇へとかえるとしよう。明日こそ我にさわれるといいな、喜多ミチカ」


 あ、初めて名前を呼んでくれた! って消えちゃったよ。


「ヘンテコなあやかしじゃったな」

『そうですね……』


 うん。ツクモンはまだしも、リリ先生が言うくらいだから相当だね。それにしてもこの部屋に何があるんだろ? みんなの描きかけの絵があるくらいじゃないかな? あ、あとヨウコ先生のスケッチブックも置きっぱなしだ。図画工作だけみてくれる非常勤の先生なんだけど、すっごい自由に絵を描かせてくれるし、すごーくほめてくれるから大好きなんだよね。

 そういえばヨウコ先生も授業中になにか描いてるけど、見たことなかったな。こんなところに置きっぱなしにしているとワルイあやかしにのぞかれちゃいますよ〜っと。えへへ。


 わー素敵! 学校のいろんな風景を描いてるんだ。すっごい上手! そういえば、本業?は絵を描くお仕事だって言ってたよね。あとこの学校の卒業生なんだっけか?


 それにしてもこの音楽室の絵はなんか不思議。誰もいないのに鍵盤けんばんが下がっているように見える。 あはは、こっちはなに? 人体模型がビーカーをはこんでるじゃん……って、これじゃあまるで……。


『ミチカ、そろそろ時間です』


 うん、どーしよう。見ちゃダメなやつだったかも。

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