第15話 八咫烏

 渋い声でカッコ良さそうなことを言うカラスは、ヤタガラスさんというらしい。


「娘よ、いい夜だな」


 え、もう一回言ったよ。なんで?


「えっと……そうですね?」

「この出会いが偶然ぐうぜんか、それとも必然ひつぜんか、それは今宵こよいの闇だけが知っている」


 これはアレかな。うちのクラスの男子にもいるけど、ちょっと会話がかみ合わないタイプかもしれない。でも彼らは大抵カオリンが無言で笑いかけるとどこかに行ってしまうのである。なんでなんだろ? て、そんなことはどうでもいいよね。いっかい三人で作戦会議するので、ヤタガラスさんはそのままお待ちください。


「ミッちゃんよ、ウチはミッちゃんがせっかく作ってくれたこのボディがあのくちばしでつつかれたらイヤなのじゃ。どうにか帰ってもらえんかのう?」

「ツクモン、わたしもあのカラスさんとうまくお話しできる自信がないよ。リリ先生、どうにかできない?」

『お二人とももう少し危機感を持ってください。言っていることは意味不明ですが、アレでもランクCです』


「まる聞こえである……今宵こよいは我が漆黒の瞳から、闇の雫がこぼれ落ちるであろう」


 あ、泣いちゃったよ。ごめんって。なでてあげるから許して。よしよーし。おお、カラスの頭ってけっこうスベスベなんだね。


「うむ。いい夜……」

「ミッちゃんよ、チャンスじゃ! そのままパチコーンとランクCを討伐じゃ! 先手必勝なのじゃ!」


 うわー、ひどいよツクモン。相手がしゃべってる途中にそれはドン引きだよ。さすがのわたしでも、そんなことはしないって。


「……娘よ。その右手はなんだ? パチコーンのかまえではないのか? 心の声と行動がまったく合っておらんぞ」


 おっと、わたしとしたことが大変失礼いたしました。ついついクラスの男子を相手にしているような気分になってたよ。


『ダメですよ、ミチカ。バトルは宣言をしてからです。ルールの中でならまだやりようがあるのですから』


 そうだったね。それにしても今日のリリ先生はなんだかやる気だね? よーし、そういうことなら、ちゃちゃっと事前テストをクリアしちゃおっかな。せっかくむこうから来てくれたんだもんね。


「ヤタガラスさん! バトルしようか」

「この漆黒の翼に挑むとは、キサマもまた深淵しんえんよりいでし……」

『条件成立。バトル内容は「鬼ごっこ」。ミチカ/ツクモンチームが鬼です。制限時間は三日間。明後日の十二時までに漆黒の翼にふれればミチカ/ツクモンチームの勝利。逃げ切れば漆黒の翼の勝利です。なお「漆黒の翼」はこの八咫烏に登録された個体名であって、ワタシは決してふざけているわけではありません』


「わ、我もふざけてなどおらんのだ。くっ、また我が漆黒の瞳から闇の雫が……」

「ミッちゃん!」

「わかってる! 先手必勝ー! たっちぃ!」


 あ、あれ? 消えた? 絶対にさわれたと思ったのに!


「お前たち……さっきからまったく話をきかないな」


 う、うしろ? 目の前にいたはずなのに、一瞬で後ろに移動したの? と、とにかくもう一回! えいっ!


「あんまり話をきいてもらえないと、大きめの声で泣くからな? カラスだけに」


 まーた消えたと思ったら、うしろから声がするんだけど!? このヤタガラスさん、とんでもなくすばしっこいよ!


「ミッちゃん、チームプレーじゃ! はさみうちで逃げる場所をふさぐんじゃ!」


 おっけー。はじめてツクモンが頼もしく思えたよ。

 せーのっ……え?


「……なに、これ」

「……からだが動かんのじゃ」


 一歩も動けないどころか、指先ひとつ動かせない。向き合って彫刻ちょうこくみたいになっちゃったわたしとツクモンのあいだを、ヤタガラスさんがゆっくり歩いていく。目の前にいるのに、さわれない!


「まあ、よい。あらためて自己紹介をしてやろう。我は八咫烏ヤタガラス。名を漆黒の翼。意思あるものを導き、先をゆくものなり。ゆえに、なんびとたりとも我に追いつくことはできぬ」


『これがランクCの本来の力、ですか』


 く、くやしいけど、ちょっとかっこいい。ていうかさっきはなでさせてくれたじゃん!

 

「ついてこい、お前たち。久しぶりのバトルだ。ゆるりと楽しもうではないか。もちろん、さわれるものならやってみるがよい。我は常にお前たちの手の届くところにおるからな」


 漆黒さんトコトコ歩いていっちゃったよ。あ、もう動ける! よし、後ろからなら絶対にさわれるでしょ……えいっ!


 すかっ。


 ぬあー! あと一センチくらいだったのに! こうなったら羊毛フェルトできたえた喜多ミチカの本気モード、プッツン乱れ打ち! あたたたたたた!


「ぎゃー! ミッちゃん、ウチの依代よりしろたるボディがおびえておるのじゃ!」

「お、おい! 鬼ごっこだぞ? そんな物騒ぶっそうなさわり方があるか!」


 文句言うならさわらせてくれればいいのに! ひょいひょいかわされるし、たまにタイミングよく手が届きそうになると、体がカチンて動かなくなるの反則だってば! あとツクモンがおびえるのはどう考えてもおかしいでしょ!? わたしはあなたの産みの親!


「はあはあ……リリ先生! どうしたらいいの!?」

『……バトル中はワタシは中立です。助言はできません』


 がーん! やっぱりそうなのか。


「かまわぬ、全員で挑むがよい。それにリリとやら、お前もすでにシステムから独立しているのであろう?」


『ワタシは……』


「気にするな。人の想いでできた我らはたやすく変わるのだ。逆は起こらんがな……」


 まーたよくわかんないこと言ってカッコつけるんだから! ちょっとデイタンみたいだな。でも余裕こいていられるのも今のうちだよ!


「リリ先生! 相手がいいって言ってるんだし三人でやろうよ! ていうかヒントちょうだいお願い!」


『……仕方がないですね。ランクCが相手ならやむをえませんか。ではミチカ、ツクモン殿、まずはむやみに追いかけるのをやめてください』


 おっしゃー! これで勝つる……って追うのやめちゃうの?


『八咫烏とは先導者せんどうしゃです。目的地に向かって先をゆくことがこのあやかしの本質ほんしつであり、ルールです。つまり単純に追いかけるだけでは絶対に追いつかないのです』


 追いかけても絶対に追いつかないって、鬼ごっこにおいて無敵すぎない!?


『ですが、おそらく八咫烏の能力が有効なのは先導しているときのみ。どうですかミチカ、何か対策を思いつきますか?』


 目的地に向かって先導することがヤタガラスさんの仕事ってこと? 前に家族で行った旅行で、旗を振って先頭を歩いていたお姉さんみたいなことかな。えっと、どうしたらいいんだろう。あの時、私たちはお姉さんの後をついていっただけなんだよね。だってどこに行けばいいかわからないしさ……あ。

 

 そっか。どこに行くかわかっていればいいんだ。そうすればついていく必要がないし、先回りできる!

 

「ほう? 思ったより優秀ではないか。よいチームだな。だが肝心かんじんの目的地がわからなければ、同じことだぞ?」


 ぐぬぬ。くやしいけど、いちいち声が渋くてかっこいいぞい!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る