第15話

「ヒカリ!?」

 ヒカリの体を走った銀の光は、消えずにそのまま広がって、ヒカリを包んだ。

《ほうほう。ヒカリや、おぬしはそれを望むか》

「カミサマ? どういうこと!?」

 薄灰色の玉カミサマが、机の上から勇真ゆうまの方へねた。受け止めた勇真の手の中で、くるくると回る。


《勇真の気持ちが、ヒカリに伝わったようじゃ。最後の変化をして見せたいそうじゃよ》

「最後の変化?」

《そうじゃ。勇真が望んだ通り、カッコいい怪獣かいじゅうみたいな姿を見せたいのじゃと》

 強くてカッコいい怪獣かいじゅうみたいになって欲しいと、確かに勇真は最初に願いを口にした。ヒカリはそれをおぼえていて、そんな風になろうと変化し続けてきたのか。


《ただし、この変化を見せた後は、ヒカリはただのヤモリに戻る。尻尾しっぽの切れた、弱ったヤモリじゃ。それでもおぬしは、これからもヒカリを大切にしてくれるかの?》

 勇真は飼育ケースを見た。光に包まれたヒカリが、まっすぐにこちらを見ていた。

 勇真はグィと手のこうなみだく。

「もちろん! ヒカリはぼくのヤモリだ! どんな姿でも、これからもぼくだけの特別だよ!」


 ヒカリがククゥと鳴いた。体の光が、パアッと大きくなって部屋を照らす。

 まぶしくて一瞬いっしゅん目を閉じた勇真は、次に目を開けた時に目の前にいたものの姿におどろいて、何度もまたたいた。

 飼育ケースの中で、窮屈きゅうくつそうに体をばすのは、小さなドラゴンだ。

 青味がかった灰色の体は、頭から背中に美しくトゲトゲが二列に並んでいる。頭頂とうちょうには一本の角。切れていたはずの尻尾しっぽが長くび、ピシリと砂をたたくと、背中のコブに見えていたところから、うす皮膜ひまくの付いた大きな羽根が広がる。

 パサパサと軽い羽音はおとをさせて、ヒカリは飼育ケースから飛び出し、勇真の前に降りた。


「すごい……、ドラゴンだ。カッコいい! ヒカリ、超カッコいいよっ!」

 興奮こうふんして言った勇真を見て、ヒカリはうれしそうに尻尾しっぽをゆらす。くりくりとした目だけは、変わらずキラキラとかがやいていた。


 カカカ、とカミサマが笑って、勇真の手からポーンと玉がび上がる。

《すばらしいっ! これは久しぶりの最終変化じゃ! 何年ぶりかのぅ。ワシもうれしいわい!》

「カミサマ?」

《勇真よ、これはワシの最後のサポートじゃ、せっかくドラゴンになったのじゃから、一緒いっしょに飛ぼうぞ!》

「飛ぶ!?」

 玉が空中でくるくると回る。口を開けて見上げる勇真の前で、再びヒカリに銀の光が集まって、大きく大きく、大きくはじけた!



 目を開けると、勇真はドラゴンヒカリの背中に乗っていた。ヒカリの大きな羽根が、力強く羽ばたく。青くんだ空を、勇真は風を切って飛んでいる。


「ええーっ! どうなってるの!?」

《カカカ、勇真よ、今日まで楽しかったぞ。さよならの前に、おぬしの住むを見せてやろう》

“さよなら”と言われて、勇真は胸がキュッとなった。何か言おうと思ったけれど、ヒカリの飛ぶスピードがグンとして、高さを上げていくので、「わあぁ!」しか言えない。


 ものすごいはやさで過ぎていく景色の後、パッと開けた視界しかいに、海が見えた。

 深く青い海の中に、光をはじいて泳ぐ魚の群れ。その魚を、大きな魚が飲み込んでいく。

 ふと見れば、すぐ横をトンボが飛んでいる。それを、すごい勢いで前を横切ったツバメがらえた。ツバメは巣で待つヒナの口に、トンボをっ込む。

 一羽のヒナが、巣から落ちた。走ってきたノラねこが、ヒナをくわえて走り去る。

 夏の短い間、力いっぱい鳴くセミ達。力つきて落ちたセミを、アリ達が巣に運んでいく。


 ほかの生命いのち生きているのは、人間だけじゃないんだ。

《そうじゃよ、勇真。生きているものは皆、何かの生命いのちいただいて生きているのじゃ。そんなことはしていないと思っていても、だれだって歩けば草をみ、害があると思えば虫をはらう。例外なく、必ず何かの生命いのちかてにして、生き物は生きているのじゃ》

 それが、生きるということ?

 知らない内に、生命いのちをいただいているの?

《そうじゃな。だからこそ、自分の生命は自分だけのものではないと、忘れてはならんよ。何かの生命を受け取り、またいつか、何かの生命のためになる。そのために、生きている間は関わる生命いのちを大切にしながら、かてとなる生命いのちに感謝して、一生懸命いっしょうけんめい生きなければならんのじゃ》


 関わる生命いのち

 勇真は、ヒカリの背を優しくなでた。ヒカリは少しだけ首を後ろに回し、うれしそうにククゥと鳴いた。


 一生懸命いっしょうけんめい、生きる……。

 ねえ、カミサマ。ぼくができる一生懸命いっしょうけんめいな生き方って、どんなだろう。

 ホッホッ、とカミサマは笑う。

《おぬしはもう、それを始めておるよ、勇真》



 バサッとヒカリが羽ばたいて、世界はグルングルンと回転する。目が回って、ぎゅとまぶたを閉じた勇真の耳に、声が聞こえた。

『お〜い、おれが父さんだぞ、元気に生まれてこいよ〜。キミの名前は、“勇真”に決めたぞ〜』


 布団ふとんの中で聞くような、こもった声だけど、これは父さんの声?

『私がお母さんよ。勇真、早く生まれておいで』

 母さんの声も聞こえる。ぼくがおなかの中にいた時に、声をかけてくれたって言ってたのは、こんな風に?

 ヒカリの背中にいたはずなのに、いつの間にか風はなくて、温かくて、とてもホッとする。この暗くて温かい場所は、母さんのおなかの中なのかな……。


『勇真。勇真、私たちの大切な子。大好きよ』

 うん、ぼくも、父さんと母さんが大好きだよ……。




 ああ、そうか。

 ぼくは、こうやって生命いのちをもらって生まれたんだね。




「勇真っ!」


 母さんの声と共に、体をゆすられて、勇真はハッと目をました。目の前には、心配そうな母さんの顔。

「……母さん?」

「勇真、なんともないの!?」

「え?」

「こんなところで寝てたの? 母さん、勇真が倒れたのかと思って……」

 勇真は自分の部屋の真ん中で、ゆかに転がっていた。急いで起き上がると、母さんが頭の先から足の先まで、手の平でペタペタとさわる。

「本当に、大丈夫!?」

「大丈夫だよ、ごめん、ねむかったんだ」

「もう〜、びっくりさせないでよ」


 勇真のすぐ横には飼育ケースがあって、かくはちからヒカリが顔を出していた。その姿には、トゲトゲが一つもない。ツルンとした体は、尻尾しっぽがないままだったが、見上げる目は少し元気が出たようにキラキラとしていた。

 そして、飼育ケースの側には、割れた“ナゾタマゴ”のカラが転がっていた。カミサマは、消えてしまったのだ。


 それでも。

 夢じゃない。

 きっと、全部、夢じゃないよね。


「母さん」

 ようやく安心したように立ち上がった母さんに、勇真は言った。

「ぼくを生んでくれて、ありがとう」

 母さんは顔をくしゃっとさせて、勇真をギュウッときしめた。


 ○ ○ ○


 九月一日。今日から二学期が始まる。


 勇真は、登校前に学校に持って行く荷物を確認する。宿題を入れた手提てさぶくろの中には、画用紙八枚にまとめた、自由研究も入っている。

 自由研究には、“ナゾタマゴ”のことは書かなかった。代わりに、『ヤモリの生態せいたい』と題して、調べたことやヒカリを観察したことを書いた。最後のまとめのページに、勇真なにり生命いのちについて考えたことも、たくさん。


「ヒカリ、ぼくは今日から学校なんだ。部屋にいない時間が多いけど、ちゃんと帰ってくるから、心配するなよ」

 飼育ケースの中に声をかけると、かくはちの中から、ヒカリがねむそうにのそりと顔をのぞかせた。のヤモリは夜行性だから、ねむそうなのも当然だ。

 ツルンとした体のおしりには、尻尾しっぽび始めている。例え少し不格好ぶかっこう尻尾しっぽが生えても、きっとヒカリのチャームポイントになるだろう。



 勇真はランドセルを背負って、手提てさぶくろを持つと、学習机の上を見た。机のはしには、割れた“ナゾタマゴ”のからが置いてある。

 あの日カミサマは消えてしまったけど、からを捨てる気になれなかった。


「……行ってきます」

《おうおう、行ってくるがよいぞ》

 勇真はおどろいて手提てさぶくろを落とした。机のからがクルリと回って玉になる。

「カ、カ、カミサマッ!?」

《そうじゃ! ワシじゃ! カミサマじゃ!》

「なんで!? さよならじゃなかったの!?」

《ん〜? ほら、来年の夏休みまで、ヒマじゃな〜と思っての……》


 勇真は薄灰色うすはいいろの玉に顔を近付けて、じーっとにらんだ。

「もしかしてカミサマ、さみしくなったんじゃないの?」

《さっ、さみしいなんてあるはずなかろう!?》

「ぼくはさみしかったよ!」

《お……おおう……? そうだったのか……?》


 カミサマが弱く言うと、勇真は落とした手提てさげぶくろを持ち上げて、ベーと舌を出した。

冗談じょうだんに決まってるじゃん!」

《なぬーっ!?》

「あ、遅刻ちこくしちゃう。じゃあ行ってきます!」

 バタバタと部屋を出る勇真は、入口でふり返って言った。

「もうだまってどっか行かないでよね!」


 バタンと閉まったとびらを見て、ヒカリが首をかしげる。カミサマは《やれやれ》と言ってから、カカカと笑った。


 ○ ○ ○


 学校の校門を入ると、靴箱くつばこの所で望果みか大翔ヒロトが手をふった。

「おはよ〜っ!」

「おはよう、勇真!」

 勇真は手をふり返すと、け出した。

「おはよう! ねえ、二人とも聞いてよ!」


 ける勇真の心臓は、ドク、ドクと力強く動く。

 ぼくは、今日も生きている。だから、また新しい何かを知れるんだ。


 ワクワクする胸の内を感じて、自然と笑顔になった勇真を、明るい太陽の光が照らしていた。



《 おわり 》

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夏休みの自由研究は謎タマゴ 〜カミサマと“いのち”の学び三十日〜 幸まる @karamitu

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