ライジング

 1

 薄暗い空が、夜から朝へと徐々に色を変えていく。この時間が俺は結構好きで、人気ひとけのない公園のブランコでゆらりゆらりと揺れながら、世界がゆっくり起き上がるのを横目に、缶コーヒーをズビズビ啜る。パトロール後の缶コーヒーは五臓六腑に染み渡り、発光仮面を始めて以降、毎日の密かな楽しみとなっていた。でも、これで最後になるかもだなあ。

 風で若葉がそよぐ。風は強さを増し、砂埃を巻き上げる。その中に、薔薇の香りが僅かに混じるようになっていた。


 2

「やっぱり。僕を呼び出したのは君だったんだね、鬼頭くん。

 大人しく童貞と一緒に、ヒーロー気取りも卒業しておけば良かったものを」

 紫薔薇がやってきて、メール画面を見せつける。内容は、ダークライト批判と、日時・場所を指定した決闘の申込。いうまでもなく、俺がダークライト公式サイト宛に送りつけたものだ。

 俺は鬼の仮面を被り、紫薔薇の正面に立つ。


「あいにく俺は純愛でね。初めては愛する女性に捧げるって決めてんだわ。

 紫薔薇、お前の正義を俺は認めることができない」


「童貞臭いことを。ハハッ。

 そうだ。あそこのビルから全裸で吊って、配信してやるよ。

 世界中が見るぞ。望み通り、1人くらい君を愛する女性も現れるだろう。感謝したまえ」


「祖父ちゃんが言ってた。

『大いなるチンコには、大いなる責任が伴う』。お前にはそれがない。暴力を振るいたいだけの傲慢野郎だ」


「僕の"時は淫乱れてディック"に勝つつもりかい?

『僕の身体以外の時間を停止する』、無敵の能力スタンディングに?」


 俺の挑発に、紫薔薇から薄笑いが消える。

 正直言って、勝てる自信はなかったし、祖父ちゃんの言葉だってすっかり忘れていた。

 思い出させてくれたきっかけは、チンコ松の濁流の中の一レスだった。


『助けてくれてありがとう』


 誰かも分からないし、釣りかもしれない。だけど、その言葉はスマホの中で光り輝き、俺をもう一度立ち上がらせてくれた。

 誰かの役に立った。無駄じゃなかった。そう思わせてくれた。

 そして、その誰かを守るためにも、紫薔薇を止めないと。勝てるかどうかは関係ない。いつだって行動する意思ってのが大事なのだ。


 双方の股間が光を放ち、装甲を纏い始める。修行の成果か、先に完全勃起変身完了したのは、俺だった。

 思わぬ勝機に、緊張が緩む。その油断を、紫薔薇の放った言葉が鋭く刺した。


「鬼頭くんのご家族は今ごろ元気かな?」


 なん…だと…?

 俺の思考が0.2秒止まり、紫薔薇の高笑いが響く。世界が、紫の光に包まれた。


「"時は淫乱れてディック"」


 3

 時間停止された筈が、謎の水色空間にいて身体も動くもんだから、はてな?死んだ?とアーメンしていると、背後で誰かの声がする。


「安心してください。オデの"鏡の車のアリス"マジックミラー号 48時間耐久生ハメで無事っす。

 発光仮面、いや、さん」


 声の主は、"いつの間にやら出現する"でお馴染み緑魔くんであり、一体なに?Why Japanese People?と彼を見れば股間が緑に光っていて、医者の言葉を思い出す。


『緑は"結界系"、』


 困惑している俺に、今度は「エーロエロエロw」と独特な笑い声。


「拙者らも、能力スタンディング持ちにござるよ。鬼頭氏が発光仮面なことも、拙者の"感度100倍"ア〜ンパンマンで承知済み也」


「"エロ"の江口!?」と驚けば、「"エロ"の江口…。それは、教室でのAV観賞が原因で付けられた悪口…。真の名は、" Yellowイエロー"の江口にござるなあ」などと返してきて、確かに江口の股間が黄色く眩しい。


『黄色は"感覚系"、』


 4

「オデの"鏡の車のアリス"マジックミラー号 48時間耐久生ハメは、『こちらからは見えるが、あちらからは見えない空間を創出する』能力っす。

 見えるだけで干渉はできず、攻撃するには一度解除する必要があるっす」


 なるほど。たしかに紫薔薇の様子が見えるが、彼が俺たちに気づく様子はない。

 隙が一瞬あれば、勝てるかもしれない。策はある。


「ほう、隙とな。ならば今が絶好機やもしれませぬ」

 股間の光り具合を見るに何かを感知したらしい江口が、太鼓判を押す。


 出陣しようとする俺を、「一つだけ」と江口が引き留めた。


「拙者らは、能力スタンディングをエロに使っておった。どうせ一生童貞の陰側。許されると考えた。

 だが、鬼頭氏は違った。拙者らと同じ一生童貞なのに、毎日誰かを救っていた。戦っていた。

 格好良かったでござる。勇気を貰った。

 拙者らも、鬼頭氏みたいな光を与える存在になりたいのでござる」


「オデも」


 めてくれ。その言葉は俺に効く。一生童貞には引っかかったが、涙で勃起維持が厳しいってジョージ

 勃ち待ちしてから、緑魔くんが呟いた。


「"鏡の車のアリス"マジックミラー号 48時間耐久生ハメ解除」


 5

「仲間がいたか。

 しつこいが何度やっても無駄さ。

 全員まとめて捻り潰してやる」

 突然現れた俺達に、紫薔薇が中指を立てた。俺も負けじと反論する。


 「無駄じゃない。

 祖父ちゃんは言ってた。

 俺達はスタンディングマン何度でも立ち上がるものだ」


「黙れ!"時は淫乱れ…」


「ワン!!」


 どこかで犬が吠えた。それだけで紫薔薇は激しく狼狽うろたえる。俺達を無視し、一心不乱に犬を探していた。

 紫薔薇の異常な反応に、俺は時間停止ものAVを思い出す。


『時間停止中なのに動き回る犬の映像にツッコミを入れつつ、』


 そうか。時間停止を無視できる犬は、"時間系"能力者の紫薔薇にとって、最大の天敵。


 そして、俺にとって犬は──。


『なんなら、パブロフの犬を見ても勃起可能だぜ』


 俺にとって犬は、勃起を促進させる最強の援軍!!

 不意を突かれ、紫光がまばらに途切れる紫薔薇とは対照的に、俺の股間は金剛石の如く硬度を増し、神々しい赤に光り輝いていた。股間に太陽が顕現する。

 歯軋りする紫薔薇よりも一瞬早く、俺が天高く叫ぶ。

「"童貞夢イノセンツ"!!」「"時は淫乱れてディック"!!」


 時が止まる。


 6

 目を開くと、紫薔薇が尻を突き出し、地べたに這いつくばっていた。白眼を剥き、口から涎を垂らした表情からは、普段の超常的な輝きはまるで失われ、醜悪で無様そのものだった。

 "時は淫乱れてディック"が崩壊した。

 息も絶え絶えに、紫薔薇が怒声を飛ばす。声を出すだけで、身体がビクンと震えていた。


「なぜだ!!僕の"時は淫乱れてディック"は無敵。それがなぜ君如きに」


「紫薔薇!!お前が自分で言ったんだぜ?

の時間を停止する』ってなァ〜〜ッ!!

 だから俺は、最大出力の"童貞夢イノセンツ"で、に怒涛のシコシコラッシュをお見舞いしてやったんだ!!

 その後にお前が時を止めようが、勃起して発光してさえいれば俺の能力スタンディングは発動され、お前のチンコは震え続けるんだからよォ〜〜ッ!!」


 悔しさで、紫薔薇は地面を強く叩く。反動で紫薔薇の口から嬌声が漏れた。


 祖父ちゃん師匠の教えが、脳裏に浮かぶ。


能力スタンディングは、勃起時に発動される』

 つまり、裏を返せば──。

 俺は指で拳銃ピストルを作ると、白濁する水溜りに浮かぶ紫薔薇へ照準を合わせる。


 「能力スタンディングは勃起し、発光している間にのみ発動される。

 裏を返せば、俺の"童貞夢イノセンツ"で射精し尽くしたお前のチンコはふにゃふにゃ。能力スタンディングは一時的に焼き切れる。

 もう…時は淫乱みだれない」


 7

「クソォ!あん♡クソォ!あん♡くっ…ころ」と悪態をつく紫薔薇を祖父ちゃん軍団に引き渡し、ふぃ〜やれやれだったぜと一息つこうとする俺に、祖父ちゃんが頭を下げた。


「すまなかった。

 能力スタンディングが童貞だけと言わず、モテると騙してヒーローに仕立てた。

 辞めてもいいんだぞ?」


 俺は「うーん」と思案し、祖父ちゃんに缶コーヒーを差し出す。


「顔を上げてよ。そりゃ、始まりはモテるためだけどさ。

 今は好きなんだ、ヒーロー活動。朝の缶コーヒーも最高だしさ。

 だから、発光仮面は続けるよ。それにさ、俺から青春を取り上げるなんて許されていないんだよ。祖父ちゃん師匠でもね。」


 祖父ちゃんは無言で缶コーヒーを啜り、「たしかに最高だな」と白い歯を見せた。

 俺はフヘヘと笑って、あの犬はスターだったのかもなんて考える。また捜索を再開しよう。今の俺なら、何処だって高速で探せる。きっと見つけ出せる筈だ。


 差し込んだ朝日が眩しくて、顔が自然に綻んだ。暖かい陽光が、俺達を優しく包み込む。

 長い、長い夜が明けた。


 8

 「キャー」の悲鳴が上がり、俺は高速で街を駆ける。

 トレンチコートに身を包み、鬼の仮面がギョロリと睨む。ピカピカ輝く股間から真っ赤な閃光、悪・即・斬。

 人呼んで、"発光仮面はっこうかめん"。

 あゝ、発光仮面。あゝ発光仮面。発光仮面は今日も征く。街の平和を守るため。皆んなの笑顔を守るため。ってな感じでね。


 ──発光仮面 WILL RETURN.

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"発光仮面"参上!! 真狩海斗 @nejimaga

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