【あとがき――という名の簡単な解説】



 はじめましての方ははじめまして、そうではない方はいつもお世話になっております。

 吹井賢です。


 この『僕の第二宇宙速度』は、第七回こむら川小説大賞の為に書き下ろした短編です。テーマは「光」でした。というよりも、吹井賢的な、『バカが全裸でやってくる』(入間人間著)ですね。どうしてクライマックスシーンが交差点なのかも、途中で二人の立ち位置(柊木野の方を信号待ちをしている側にしました)を修正したんですが、その理由も、オマージュ元を読んでいれば分かるはずです。僕はあの作品のクライマックスが大好きなのです。そして、今回書いたこの作品は「全裸になれないバカ」が主人公の物語です。

 お約束のように性別誤認トリックを用いていますけれど、“僕”は女性です。“僕”は、柊木野とその夢に対し、かなり複雑な感情を抱いています。えーっと、まず「柊木野のことが好き」であり、それは「彼の眩しさ(≒夢を追う姿勢)を好きになった」のですが、同時に「その気持ちを受け入れられていない自分」がいて、更には、「彼のように夢を追い掛けたい」という思いが出てきて、それは同時に「自分という存在を承認してほしい(≒小説家になれば皆に認められるはず)」ということでもあり、でも、「彼の隣を目指したいという思いが羨望(≒ライバル心)なのか恋心なのか分からない」となっていて、更に「覚えていないし、分からないし、でもそれでいい」と結論付けています。……何言ってんだ、コイツ?と思うかもしれませんが、そういう話なんです。

 ですから、「“僕”は女子で、柊木野のことが好き」という前提で読み返してみると、また全然違った味わいの物語になると思います。特に、冒頭詩と最後の一人語り。“僕”の抱いた『夢』とは、実のところ、「柊木野の隣まで行って、想いを告げる」という、ただそれだけだったのかもしれませんね。

 なお、一応解説しておきますと、『第二宇宙速度』とは、「地球の重力を脱する為に必要な速度」です。当然、光はこんな速度は超えた速さです。だから、“光”である柊木野は、重力(≒現実)を振り切り、地球(≒日常)を飛び出して、夜空という夢の世界へ、あっという間に行けてしまう。光に目を焼かれた“僕”は、それを必死で追い掛けます。遅々とした歩みですが、確かに。彼女は第二宇宙速度まで到達することができるのでしょうか? それは僕にも分かりません。

 皆様の感想コメントでは、結構、肯定的に捉えられていますが、実のところ、作者としては少し、『叶わないかもしれない夢(叶わない恋)』として描いた部分もあって、それは「光に焼かれた目は現実を見ない」等の表現に出したつもりです。最後に柊木野とは違う方向に歩いていくのも象徴的ですよね。“僕”と柊木野の間には、絶対的な才能の差がある。告白したとしても、振られてしまうかもしれない。ただ、冷静に考えてみると、そもそも夢や恋って“叶うかどうか分からないもの”ですし、「夢を抱いて努力するってそういうことだよな」とも思います。この作品の着想元の一つは『君の知らない物語』なので、この話は「光に目を焼かれたあまりに、告白できなかった子の話」でもあります。しかし、だとしても、もう分からないし、覚えていないことです。だからやはりこれは、夢に憧れた少女の話なんだと思います。

 言うまでもなく、この作品に出てくる『柊木野創一』は、『金曜日には終わる恋』では主役を務め、『破滅の刑死者』や『犯罪社会学者・椥辻霖雨の憂鬱』『ソーシャルワーカー・二ノ瀬丞の報告書』等、あらゆる作品で触れられている、「高校生でデビューしたラノベ作家」である『柊木野創一』です。今回は天才である彼の、他人から憧れられる側面を描いてみました。楽しかったです、いえーい。

 ここから先はいつもの余談。テーマソングはユニゾンの『カナシミトレイン』。もっと切なく、悲しげな曲を設定しようとも思ったのですが、「雨降りのち未来 今誰かの声がそっと 聞こえた気がして 遠くを見てる」辺りに、“僕”っぽさを感じて、このナンバーにしました。“僕”が、悲しみやその他、様々な感情をいつか乗り越えて、前に行けることを、そしてできることならば、柊木野創一に想いを伝えられることを、作者ながら祈っています。

 最後に、闇の評議員の皆様、ありがとうございました。


 この作品が、皆様の一時の楽しみになれば、それが作者にとって最高の喜びです。

 それでは、吹井賢でした。


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僕の第二宇宙速度 吹井賢(ふくいけん) @sohe-1010

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