……未だ、彼の背中は見えない。

 最早、あの時抱いた感情が、今抱えるこの想いが、彼の夢に対する羨望だったのか、それとも、、僕には分からない。ずっと、ずっと、分からないままだ。

 もしかしたら僕は、僕の、女としての部分は、彼の夢を疎んでいたのかもしれない。夢を持つ彼に恋焦がれながらも、「そんな夢なんて捨てて、私の傍にいてよ」と言いたかったのかもしれない。

 だとしても、もう分からない。

 もう覚えていない。思い出せないんだ。



 多分、僕は、いっそ死んでしまいたいほどに彼のことを憎んでいて。


 同時に、いっそ殺してしまいたいほどに――彼のことが、好きなんだと思う。



 僕にとって、彼は光だった。

 当たり前みたいに宙を切り裂き空を駆け、

 あっという間に現実という重力を振り切って、

 僕のいる地球という日常を脱して、

 銀河の先の、そのまた向こうへ飛んでいく。

 そうして、遙か彼方で輝き続ける。


 真夏の空の下で、手を伸ばす。

 曇天の向こうには、きっと変わらずに、彼という光がある。

 ……僕は、追い付けないままだ。


 それでも僕は前に進む。

 彼と違って、光のような速さではない。

 電車より、自動車より、自転車より遅い、この両の脚で。

 一歩、また一歩と、歩いて行く。

 これが僕の精一杯。



 ねえ、聞こえてる?

 どれだけ重くとも、この憧れと恋心は捨てずに、抱えて進むから。

 それでもいつか、この日常を飛び出して、君の隣に行ってみせるから。

 いつか君に追い付いたなら、話をしたいと思うんだ。


 そう、君の、

 あるいは僕の、


 綺羅星のように光放つ、夢の話を―――。





『僕の第二宇宙速度』 了


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