人魚と内緒話

達見ゆう

懐かしい思い出からのいつもの二人

 僕ことリョウタはネットサーフィンをしていたら懐かしいサイトの話題のスレッドが出てきた。インターネット黎明期の頃は個人のホームページや、フリーゲームなどいろいろあった。


 中学生だった頃、お気に入りのサイトがあった。「人魚マーメイドと内緒話」というタイトルで、海を意識したデザインに管理人さんの描くマーメイドのイラストが可愛くて、そのマーメイドの新作イラストをあげたり、マーメイドになりきった日記をあげたり、時にはチャットのイベントもやっていた。


 それを毎日のように見たり、サイトの常連さん達とチャットに参加するのが大好きだった。

 中高一貫の男子校だったから、他にも見ているクラスメートはいて話をしているのが聞こえてくることがあったが、僕はハンドルネームがバレるのが恥ずかしくて彼らの話に聞き耳立てる程度だった。

 今考えるとあいつら、よく堂々と話していたな。男子校だからいろいろ遠慮はなかったから、あのマーメイドの絵でR18な話題をしていた。

 ぼ、僕は確かにマーメイドは可愛いと思ったし、男子校だから女の子との接点が無かった。だが、け、決してそんな妄想には


「また、小説講座の課題を書いてるの?」


 背後から妻のユウさんの声がして、飛び上がるのじゃないかと思うくらい僕はビクッとした。あ、あれ? 今日は飲み会で遅くなるとかではなかったのか?


「漫画みたく面白い勢いでピーンっと背筋伸びたな。それより、11時過ぎだぞ。寝ないと太るぞ」


 あ、エッセイ執筆に夢中になって時間が経ったパターンか。まあ、そんなにやましいことは書いてないし、中学生の思い出話だし。


「ふむふむ、『人魚マーメイドと内緒話』か」


 うわ、またユウさんは書きかけの僕のエッセイ読んでる。やましくなくても恥ずかしいから留守の隙を狙って書いてたのに。


「やはりボンッキュッボンなマーメイドが『いいこと教えてあ・げ・る』的なエロサイト?」


「違うよ! そんなの家族共用のパソコンで見る訳ないだろ! イラスト作家の個人サイトだよ。見るのが好きだったんだよ!」


「それにしては最後の部分は怪しいことを考えてたように見える。まあ、中学生男子ってそんなもんだよなあ」


 カラカラと笑うユウさんには敵わない。


「今はそのサイトも跡形もなくて、わずかに誰かのスクショが出てくるくらい。ネットは閉鎖すると何も残らないね。こんなことならせめてプリントすべきだったな。本当に素敵なイラストだったんだ」


「ふーん、画像検索でもかければ似たイラストが出るかも。今は投稿サイトも多いし、案外プロになってるかも。ちょっと借りるよ」


 そう言ってユウさんは僕のパソコンでネットサーフィンを始めた。


「いくつか似た雰囲気なイラスト出てきたな。元の影響受けたのかな? もうちょっと検索して、あれ?」


 ユウさんは素っ頓狂な声をあげた。


「ピクシーブルにそっくりな絵があるぞ。本人かもしれない」


「え?! 本当に?」


 画面を見ると確かに特徴的なタッチからして本人かもしれない。模写した別人かもしれない。しかし、懐かしい気持ちにはなった。活動はあれからも続けていたのか。それも嬉しい。


「はー、マーメイドって皆ナイスバディだよね。お子様向けには貝殻のブラ付けてるけど、リョウタもそういうのが好みだったのか」


 ちょっと拗ねたようにソファに腰掛けて彼女はぼやいた。こんなユウさんは珍しい。確かに彼女は貧乳というより鍛え抜いた筋肉だからいわゆる巨乳ともちょっと違う。


「まー、二次元にはかなわんもんなー」


「ユウさん? まだ酔ってる?」


「プロテインでは胸は大きくならないし」


「まあ、あれは筋肉付けるものだから」


 僕は真っ当なツッコミをしたのだが、酔ってるユウさんは何かスイッチが入ったらしく、暴走モードに入り始めた。


「こうなったら、脂肪分蓄えないと。牛乳にバターと生クリーム入れたプロテイン飲むか」


「何、その生活習慣病まっしぐらな飲み物」


「カレーは飲み物というから明日から飲むか」


「いや、あれは脂もあるけどスパイスあるし、じゃない。スパイスで胃腸が荒れるよ」


「じゃあ、マヨネーズを飲む」


「それは素直に止めなさい」


「ふーんだ、いじけてやる」


 いじけたまま、彼女はソファでそのまま寝てしまった。夏なのでタオルケットかけながら、なんか申し訳ない気持ちになっていた。


「だめだこりゃ」


 思い出話が変な方向に進んでしまった。まさか男子中学生の二次元に嫉妬されるとは思わなかったが。


「マーメイドと言えば、あれもそうだったな」


 僕はパソコンに再び向かい、フォルダを検索した。そこには結婚式の写真。ユウさんはマーメイドドレスが憧れだったようで、このデザインを選んだのだった。


「憧れだったのかなあ。でも、ユウさ……いや日本人の体型ではマーメイドドレスは厳しい。だから白無垢にしとけと言ったのに」


 僕は今度こそパソコンを閉じて寝る支度を始めた。


 翌朝の朝ごはんが僕だけ麦茶に玄米ごはんに味噌汁に納豆と脂気ゼロの食事、ユウさんはバターをたんまり塗ったトーストにミルクではなく生クリームをドボドボ入れたコーヒーと呼ぶにはエグいものを飲んでいる。


 今回は酔っ払っていてもコンプレックスは忘れてなかったらしい。


「あ、リョウタ。その青汁も飲め。お昼はラーメンだろうから」


 妻の優しさに感謝しつつ、僕は青汁を飲んだ。


「うぐっ! な、何これ?!」


「市販のケール粉末にさらにパセリとバジルと小松菜と思いつく限りの生でイケる青い葉物入れた。なんせ、毎回、生クリームドボドボのシアトルコーヒーやフラペチーノ、ラーメンだもんなあ。総務にいたころ、Myマヨネーズが冷蔵庫にあったもんな。私には止めるくせに。飲まないと保険金釣り上げちゃうぞ、うふ」


 あの独り言を聞かれてなおかつ、僕がダメ出しした食材を食べてることもバレている。


 僕は朝から半泣きになりながら青汁を飲むのであった。

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