君の好きな人

緑暖簾

君の好きな人


 この羽を一体何枚集めればイカロスのような翼を作れるのだろうか。



 僕は下駄箱の前に落ちている黒いはねを見て考えた。そんな詩的なことを考える一方で、でかためた翼では重すぎて飛べないだろうと冷静に考える自分がいる。


「いや、わかってるけど」

 この年になってから独り言がふえた。老人のようなことを考えている自分に気づいて苦笑する。たったの16年しか生きていないのにこの年とは。


 そんな、人に話す価値もないようなとりとめもないことを考えていると左の方から声が聞こえてきた。


「なにぼけっとしてんだよ、拓也」

 肩にかけられた手を反射的に払う。


「なんだ、ショータか」

 半そでからのぞく小麦色の腕が、いかにも健康優良児です、と主張しているようで憎らしい。今日の最高気温は確か13度だったが寒くないのだろうか。というか、


「ぼけっとしてたわけじゃあないよ。いやね、今日はいい天気だなと思って」

「雨だぞ?」

「寒いのに半そでの君が言う?」

「寒くない」

「......砂漠の国だと雨が降った時にいい天気ですね、と挨拶するらしい。そんで僕も見習ってみようと」

「大日本帝国には砂漠はないだろ?言い訳しないで素直に自分の間違いを認めろよ」

「ここは日本だよ」

「大日本帝国にも日本に砂漠はないだろ」

 名前が違うだけで一緒だろうが、と悪態をつかれたがいつものことだ。


「で、お前、わざわざ委員会おしごとで忙しい友達を待ってやるような優しい奴じゃあないよな......ああそうか、傘を忘れたのか」

「話が早くていいね」

「こういうのは話が早いじゃなくて察しがいいっていうんだよ......しゃあねぇから折り畳み傘貸してやる」

「ショータっていい奴だね」

 傘立てにはやたらとファンシーな傘が一本ささっているだけだ。ショータのかさは紺の渋いやつだったから僕の記憶が正しければ、ヤツの手持ちは折り畳み傘が一本だけのはず。


「俺がいいやつだっていまさら気付いたのか」


 ふいに、この前妹が見せてきた少女漫画を思い出した。傘を忘れたヒーローがヒロインとあいあい傘をするというシーン。特に期待していたわけではない。なんとなく、本当になんとなく思いついたから口に出してみた、それだけだった。


「あいあい傘はしてくれないのかい?」

 そうしたらショータも濡れないだろうし、と付け足す。

「ばっか、俺たちの家、逆方面だろうが」

「でも、駅までは一緒だよね」

「やだ。波高うちのうわさ、知らないのか」

「なにそれ」


「付き合ってない奴らがあいあい傘をすると不幸になるっていう」


「......なにそれ。知らないんだけど」

「うわさっていうかジンクスみたいなもんかな」

「そんなのを信じるなんてショータって案外乙女なんだね」

「おとめ......」

 そんな考えることをやめた幼児みたいな顔をされても。

「ところでさ」

「なんだよ」

 さっきの乙女発言がお気に召さなかったのか若干棘がある気がする。

「僕の聞いたうわさだと、片思いの人があいあい傘をすると恋が成就しない、だったと思うんだけど」

「......ソウッダッタッケ」


「ショータ、好きな人いんの?」


 一瞬ショータの顔が固まったように見えたが気のせいだろう。

 すぐににっこりと笑った。機嫌が悪かったり、都合の悪いことがあったり、理不尽な目にあったり、そういうときの顔――完璧なアルカイックスマイルひとをしめだすかおだ。


その顔のままゆっくりと口を開けると、一文字ずつ区切るようにこういった。


「い・な・い」




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