第25話 それぞれの結末
レジャイナたちがなんとかたどり着いたときには、脱出の準備はすべて整っていた。
窓を閉め切られた聖堂には、血の匂いが籠っていた。
その白い大理石の床の中央に見えるのが、血臭の源。銀色に輝くこぶし大の石を核にして血で描かれた半径2メートルほどの転移魔法陣。
魔法陣を取り巻くようにして息絶えた10数人もの術師たち。中には神官服の男も混じっている。
魔力どころか生命力まで搾り取られたにもかかわらず、彼らに苦悶の跡はない。それどころか、遺体はみな一様に恍惚とした笑みを浮かべているように見えた。
作業に当たった者たちの中で、唯一生き残っていた男がふらふらと近づいてきた。その指先は爪がはがれ、血に染まり、手首からはポトリ、ポトリと血が流れ続けていた。
計画が失敗した時に備えて連れてきた皇都でも指折りの魔道具師だ。
彼の尽力なしには、こんな短時間に、空間軸固定石を起点に転移魔法陣を作り上げることは難しかっただろう。これほどの人数を犠牲に、大量の魔力を注入したとしても。
「ああ、大聖女様。われらはやり遂げました」
その茫洋とした瞳にあるのは、ただ
「ありがとう。あなた方の尊き犠牲は決して忘れません」
魅了し虜にした忠実な奴隷に、レジャイナは鷹揚にほほ笑みかけた。
「よくやった。お前たちは十分に役目を果たした」
神官長は男の労をねぎらうと、『教会』の聖職者が護身用に携帯する銀の短刀を懐から取り出した。幸せそうに大聖女を見つめる男の心臓を一撃してとどめを刺す。
「慈悲ぶかき、銀の御方よ、この忠義なる男に永遠の安らぎを」
ゴボリと血を吐き出してこと切れた男に、レジャイナは安息の祈りを唱えてやった。
「さあ、大聖女さま、こちらへ」
殉教者たちを一顧だにせずに大聖女レジャイナ・バイアスが魔法陣に踏み入ったその時…
「残念ながら、君の負けだね、レジャイナ」
どこからともなく、少年のような少女のような囁きが聞こえた。
* * * * *
彼らの行方を捜していた騎士たちが死体だらけの聖堂へ踏み込んだときには、レジャイナと神官長は息をしていなかった。不思議なことに、その身体には傷一つついておらず、その顔には驚きだけが浮かんでいた。
結局、アルサンド第三皇子の誘拐事件とアルフォンソ第二皇子暗殺未遂に関するすべての企ては、大聖女レジャイナの独断で決行されたことになり、『教会』は一切、責めを受けることはなかった。
* * * * *
皇王アルメニウス一世は、事件の詳細を表ざたにはしなかった。『教会』側の関与を示す物証は何一つなかったし、たとえ第二妃の行動に母国イランド王家の意向があったとしても、イランド王家に真偽を問うより、借りを作る方が、将来的には得になりそうだと判断したわけだ。
最終的に、皇室が発表した事件のあらましは、かなり脚色され、ありふれたものになっていた。
ガリガウス領の『教会』施設を訪れていた第三皇子が神官に扮した盗賊団に拉致されたのを、隣のベルウエザー領に滞在していた第二皇子たちが救出したというふうに。
数日後に世間を驚かせた『大聖女レジャイナと神官長の訃報』は、不運な馬車の事故によるものとされた。
自らの罪を告白したサマラ・マリア第二妃は、表向きは体調不良を理由に、離宮奥深くに軟禁されることになった。とはいっても、監視役が数名派遣され、侍女が入れ替わっただけで、彼女の生活そのものに大きな変化があったわけではない。
大聖女の信奉者であった
侍女頭とともに保護されたアルサンド第三皇子は、肉体的には何ら問題がないにもかかわらず、意識が戻ることはなかった。公には、かねてより病弱であった第三皇子は、事件のショックで体調を崩し、静養を兼ねて同盟国である『ブーマ王国』へ留学したという発表がなされた。
その留学先に選ばれたのは…
アルフォンソ第二皇子の婚約者の実家、ベルウエザー子爵領。
なんと皇王アルメニウス一世は、アルフォンソ皇子とシャル・ベルウエザー子爵令嬢の婚約を臨時皇国会議で大々的に発表してのけたのだ。アルフォンソがベルウエザー子爵からの許可をもらう前に。同時に、ブーマ国王に親書を送って。
「すでに漏れている秘密を隠しても仕方あるまい。お相手の家門ベルウエザーは、ブーマでも指折りの武に秀でた一族。現当主は現国王の懐刀ともうわさされる剣豪。その奥方は優れた術師であると同時に魔術体系の研究者としても名高い。辺境地ではあるが、魔道具や魔物の研究者の聖地でもある。下手に
会議の席で皇王はそう述べたと言う。
チャスティス・ブーマ国王は親書の内容は明らかにしなかった。が、緊急時専用に設定された
もちろん、クレインは断固として反対した。
元聖女の生まれ変わりという胡散臭い由来持ちで、どうやら『教会』に目の敵にされていて、おまけにドレスを見事に着こなす男など、可愛い娘の相手として認められるわけがないではないか?
ところが…
今回の見返りとして、はるか昔に絶滅したはずの古代種
「ここまで大ごとにされたんじゃ、『婚約しません』なんて言えないわよ。結婚前の令嬢としてのシャルの名誉のためにも。さっさと婚約しておけば、無駄にお披露目する必要もないし。シャルと殿下が想い合っているのは事実だもの。もし、シャルが力づくで婚約を認めろって迫ったら、あなた、どうするの?」
はからずも、皇国と本国の両方で、第二皇子の婚約者として有名になってしまったシャル。下手にその特異性を知られないためにも、マリーナの決断はすこぶる合理的なものであった。
「さすが、賢王アルメニウス一世!『教会』の陰謀さえ都合よく利用するとは。もっともな言い訳もすらすらだな。これもひとえに息子を応援したい親心ってやつ?」
なんとか合流できたものの、魔物退治を見損ねて拗ねていたエクセルが、そう評して、アルフォンソに居心地の悪い思いをさせた。
こうして皇王の『言ったもの勝ち作戦』は見事に成功したのであった。
* * * * *
「申し訳ない、シャル。皇王陛下が、いや父が、先走ってしまって」
事の成り行きを
「僕は認めないからな、絶対!」
サミーがテーブルをどんと叩くと、アルフォンソを睨みつけて立ち上がった。お気に入りの白猫を引き連れて足音も荒くダイニングを出て行く。
「私は嬉しいですわ。アルフォンソ様」
アルフォンソの手を握ってシャルが笑った。
現在アルフォンソと魔物料理対決中のエルサが、お手製の『魔鳥の卵と魔樹のシロップ入りエッグタルト』と特製ハーブティーを並べながら、ため息を吐いた。
「とにかく、おめでとうございます、お嬢様、殿下。これから大変でしょうけど」
「ご婚約おめでとうございます!」
連絡を今か今かと待ち受けていた料理スタッフETCから、歓声が上がった。
「ありがとう、みんな。私、頑張るから!」
「迷惑をかけると思うが、どうかよろしく頼む」
周囲に頭を下げ、それから、お互いを見つめあう初々しい恋人たち。
『魔王が復活するかもしれない世界の危機』には目を瞑ることを暗黙の了解に、元黒竜令嬢と元聖女の皇子は、今生こそ一緒に幸せになろうと決意を新たにしたのであった。
~ The End at the present ~
※ この話の前編になる話を2つアップしていますので、よろしければ読んでいただければ嬉しいです。
①二人の出会いと、一回目のプロポーズの時の出来事→「笑わない(らしい)黒の皇子の結婚~ダンジョン攻略からお菓子作りまでこなす元聖女の強すぎる執着を、元黒竜の訳あり令嬢は前向きに検討することにしました~」
②その後に続く「シャルの手作りプレゼントエピソード」と「皇子の家庭問題に絡むエピソード」→「笑わない(らしい)黒の皇子の結婚~元聖女の皇子と元黒竜の訳あり令嬢はまずは正式な婚約を目指すことにしました」
※ あと一つ、真の黒幕との対決話のプロットそのものはあるのですが…。そのうち、できれば最後まで描きたいとは思ってます。
※少しでも面白いと思っていただければ、評価or感想頂けると嬉しいです。
※このほかにも、短編とか、800字ショートとか、短歌・俳句まがいとか、いろいろイベントに関連して描いてます。よければ、お立ち寄りいただければ幸いです。
笑わない(らしい)黒の皇子の婚約 浬由有 杳 @HarukaRiyu
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