好きな人

 今日は月曜日。いつもなら楽しみな日。それは香菜をはじめとしたたくさんの友達と再会できるから。


 でも、今日はなんだか苦しい。


 理由は自分でも分かってる。香菜のことだ。


 私は香菜に恋している。愛しているんだ。でも、失恋した。


 今だって今朝吐いたせいで喉が痛いし、未だに吐き気がする。この胸までこみ上げてくる感じがゲロが来る感覚なのか、失恋の苦しさなのか、はたまたどっちもか。


 勝手に好きになって、その瞬間に失恋した。これは私一人の問題で、香菜の気持ちは香菜が『好きなの』と言っていた男子に向けられている。


 勝手すぎるのは百も承知だけど、今は香菜と顔を合わせるのが気まずくて仕方ない。


 でも、私達は毎朝待ち合わせをして一緒に学校に行く。


 今からでも言い訳をして別々で登校しようかと悩んでいると聞き覚えのある鈴の音が聞こえてきた。


 香菜だ。


 香菜はあまりキーホルダーなどの物を身につける習慣はないのだが、小学生の頃の修学旅行で買ったおそろいの鈴がついたキーホルダーを今もつけてくれている。


 そんな軽い鈴の音を聞くと幸せな気持ちが湧いてくるが、いつか…いや、近い将来にでも別のキーホルダーに上書きされてしまうのではないか、と不安な気持ちが沸き上がってくる。


「おはよう、雪ちゃん」


「…うん、おはよ!」


 こちらに小さく手を振る香菜に対して、私は大きく手を振る。


 ずっと前から続けてきた毎朝のルーティンの1つのようなものだが、今はなんだか私たちのお互いに向ける感情の大きさの違いを表しているようで、虚しい。


 いつも通り、いつも通り過ごさなきゃ。


 自分にそう言い聞かせて香菜とともに歩き出す。


 私達の歩幅は少し違う。香菜は小さくて、ちょこちょこと歩く。私は大股でドシドシ歩く。


 だからいつも彼女の歩幅に合わせてゆっくり歩く。


 でも、今日はなんだか彼女の歩く速度が早い。


「香菜?今日なんかあるの?」


「え?」


 香菜の顔にはまさに図星と言った様子。


 まさか、まさかとは思うけど、私以外と待ち合わせ?


 そんなわけがないと自分に言い聞かせながら香菜の回答を待つ。


「あ、あのね!こないだ、好きな人がいるって言ったじゃない?」


 胸が苦しくなる。


 私と香菜の二人きりの登校時間が、邪魔されてしまう?そんなの許せない。許したくない。


「その人ね、運が良ければ朝練の終わりごろに会えるの」


「…ふ〜ん」


 心がサッと冷たくなる。


 香菜は私と一緒に登校して、私が楽しく話せてると思っている間、『今日は好きな人と会えちゃったりするのかな?』とか思ってたんだ。


 なんだ。私、最初から片想いなんじゃん。


「…私も香菜の好きな人かどんな人なんか気になる!ねね、教えてよ!」


 私はどんなやつなのか気になりだした。


 私よりもレベルの低いやつだったら容赦しない。


 でも、もし…もし、私よりもレベルが高くて叶いっこないって、思ったらそのときは私が首でも吊って香菜から離れよう。それがお互いのためなのかもしれない。


「う、うん…雪ちゃんなら」


 香菜はおずおずとスマホを取り出してフォトアルバムを開く。


 え?なに?もしかしてもう、ツーショットとか撮っちゃうぐらい仲いいの?それとも香菜が一方的に写真持ってるだけ?そんな、そんなのどっちだとしてもイヤすぎる。いや、香菜が盗撮とか絶対にない。ならツーショ?ていうか香菜はおとなしい子で滅多に写真を撮りたがらない。つまり相手が変に寄ってきた、距離感バク男ってこと?そんなの香菜にふさわしくない。あはは、なら私は人生を諦めなくたっていいよね?それよりも先に早く香菜のことを唆したやつを始末しないと。香菜ったらそんなにトロンとした目でスマホ見ちゃって。そんなの一種の気の迷いなんだから早くそんな画像削除して…


「ほ、ほら、この人なの」


 香菜が向けてきたスマホの画面を見てみるとそこには私の写真が映っていた。


「え…え?」


「と、突然驚くよね?こんな…」


 私はさっきまでの冷たい胸から一新、体中が熱くなって鼓動が高くなる。


 私と香菜は両想いだった、ってことなの?


 私が嫉妬していたのは自分自身だったってこと?


 な、なんだ、それなら最初から言ってくれればよかったのに!私も香菜のことが大好きで…いや、愛してる!あぁ、私今とっても幸せ!早く香菜に返事を言わないと!両想いならすぐにでも恋人の誓いをして、誓いのキスをして!いや、それは結婚式だっけ?いや、どっちでも良いよ!今日は学校を休んじゃおう!二人で私の部屋にこもってずっとイチャイチャ!あぁ、想像するだけで幸せ!


「か、香菜…私m」


「あのね、私、つかさちゃんが好きなの!」










 え?


 つかさ?司ってあの司?


 テニス部で、同じクラスで、私らの友達の?あの司?


「あれ?雪乃にかなちゃそじゃ〜ん!おは〜!」


 タイミングよく……いや、タイミングが悪いことに、司がやってきた。


「あ、お、おはょ」


 香菜は今まさに恋する乙女の表情。


 頬を赤らめて、瞳を潤わせて、声を震わせて。


 なに?そんなに司のこと好きなの?私より?ずっと一緒だった私よりも好きなの?いや、顔を見れば一目瞭然か。


「…おはよ」


「なぁに〜雪乃。不機嫌じゃん?寝不足?」


 司は馴れ馴れしく私と肩を組んでくる。


 いや、昨日までなら普通の行動。でも、今の私にとって、司はただの敵。香菜のことを唆して、私から引き離そうとする悪いやつ。始末しなきゃ。始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末始末

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