離したくない。離されたくない。

 私を強く押し返してくる香菜。


 泣きわめいて、私を嫌いだと叫ぶ香菜。


 私を好きとは言ってくれない香菜。


 香菜の悲痛な叫びでさえも、少し胸に響いて。でも、それが嫌な感覚じゃなくて。むしろ嬉しくて仕方ない。ドキドキして仕方がない。


「あ、はは……あは、あはははははははははははははは!」


 突然笑い出した私に香菜はビクッとして、縮こまる。


「香菜…違うでしょ?」


 私はもう一度香菜の首をなぞる。


 香菜は焦って私の手を離そうとするけど、もはや私の手に痛みは感じない。香菜から与えられる痛みはすべて快楽。香菜は私に快楽を与えてくれているんだ!


 私は香菜の首を爪でカリカリと少し引っ掻きながら香菜の頬に唇を落とす。


 そして舌を伸ばして香菜の目からこぼれ落ちる大量の涙をペロペロと舐める。


「ヒッ…や、やめて…やめてよぉ……」


「らいじょうぶ♡らいじょうぶらから…♡」


 香菜の目からは止めどなく涙が溢れている。だから私がどれだけ舐めようが、顔から涙がなくなることはない。


「かなぁ♡キス♡キスしよぉ♡」


「やっ…やだ、やめて…」


 香菜は必死に顔をそらすけど、私はそれを離さない。


 香菜とキスをするとしょっぱかった口の中がどんどん甘くなって、舌がとろけてくる。


「香菜…ひぐっ…かなぁ…ぐすっ」


 愛しの香菜とのキスは甘くて嬉しいはずなのに涙が止まらない。


 胸からこみ上げてくる痛い波は収まる気配がない。


「はぁ…はぁ………雪、ちゃん?」


 胸が痛くて仕方ない。


 段々と力が出なくなって、香菜の胸の上でうずくまる。


「うぅ…かなぁ……私、わたしぃ」


 香菜は優しいことにこんなことをした私の頭を優しく撫でてくれる。


 最初はおずおずと…それでも少しずついつもみたいにぽんぽんと私を慰めてくれる。


 香菜の手は真っ赤で、首には私がつけた跡で少し痛々しい。


「ごめ、ごめんなさい!き、嫌いにならないで!私、香菜が好きで!抑えられなくて!い、いや…香菜!かなぁ!!!!!」


 泣きながら語る私に香菜は何も言わない。


「わた、私、香菜のこと好きに、なっちゃって!香菜が司とか、他の人と関わってるの、い、嫌で…私以外と、触れてほしくなくて、だから、わたしだけのも、ものにしたくて…で、でも、き、嫌われてくないのに、こんな、こんなことしちゃって、ご、ごめんなさい…」


 私は落ち着かない脳内をなんとか落ち着かせようとしながら、辿々しい言葉でなんとか説明をする。


「……」


 いつの間にか香菜の手も止まっていて、香菜が怒っているのではないかという不安感が胸を駆け巡る。


「ご、ごめ、ごめん、なさい…ごめ、ごめんなさい!ごめんなさい!」


「………雪ちゃん」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「……雪ちゃん」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「雪ちゃん」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「雪ちゃん!」


 必死に謝っていると香菜は私の頬を掴んで無理やり顔をあげさせた。


「雪ちゃん!私の話を聞いて」


「は、はぃ」


 香菜の真剣な目に魅了される。


 こんな時でも、香菜は私の想い人。どんな表情だって私にとっては大好きな要素だ。


「あのね?私、とっても怒ってるんだよ?告白も何もされてないのに、『私の気持ちを無視した』だなんて言われて、首まで締められて挙句の果てにはファーストキスも奪われて」


 香菜は今までに聞いたことがないような怒気の孕んだ声で私を威圧する。


「そしたら急に『嫌いにならないで』?自分勝手すぎるよ」


 私は香菜と前みたいな関係に戻れないことを察して、絶望感に苛まれる。


 今の香菜の顔を見ればわかるんだ。香菜はもう私のこと、1ミリも好きじゃない。私、嫌われちゃったんだ。


「わ、わたし…」


「私何回もやめてって言ったんだよ?」


 もう涙が止まらない。


 でも、香菜の手が顔を背けるのを許さない。


「ひっ…き、嫌いにならないで」


「『嫌いにならないで』?雪ちゃん、都合が良すぎるよ?」


 あ、ああ…私、香菜に嫌われた。もう、もうダメだ。私、もう、いなくなりたい。


「や、い、いやだ。い、いや…」


「いや?自分がしたことでしょ?」


 香菜の言葉は今までのどの言葉よりも重くて、痛くて仕方ない。


「だからね、雪ちゃん。もう、私達、かかわらないほうが良いんじゃ…雪ちゃん?」


 私は全身の力が抜けて香菜に向かって倒れ込む。


 口はもう閉まらなくて香菜の制服をよだれで汚してしまう。


 手足はビリビリと痺れてもう動かない。


 私は、私にはもう、生きる希望も活力もなにもないんだ。



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