「好きな人がいるの」と笑う君の瞳に恋をした。
ゆー。
夢のような失恋。
「雪ちゃん、私ね、好きな人がいるの」
時刻は夕方。そろそろ部屋の電気をつけようかと悩むほどの明るさ。外からはうるさいぐらいにセミが鳴いていて、部屋の中は涼しいのに暑苦しい。
目の前にはベッドに座った幼馴染の香菜。三つ編みおさげで大きな綺麗な目をしたとても真面目そうな小さな女の子。
香菜は夕方の日差しに負けないくらい顔を真っ赤にして、泣きそうで、それでもどこか幸せで満ち溢れた瞳をして、緩く微笑んでいて、なんだかどこかの有名な画家が描いた美少女のようで、少し遠い。
「お…おめでとうっ!」
苦しくも捻り出した声は震えていて、今にも泣き出してしまいそうな弱々しい声。
違う。違うんだ。なんで?幼馴染で、親友で、そんな大好きな香菜の喜ばしい報告を聞いたのに、なんでこんなにも苦しいんだろう。
吐きそうな気持ちになりながらも、なんとか香菜の横に座り直す。
気分が優れないせいか、距離を見誤ってしまった。いつもより近く、肩が触れ合ってしまいそうな距離。でも、香菜はそんなことを気にしている様子はない。
「す、好きな人…できたんだ」
「うん…うん!私、好きな人、できたよ」
香菜は一度目線を落として頷き、再び顔をあげて私の目を見て、今度はさっきよりも胸を張って言い切った。
「そっか………そっか」
発した声は先程よりももっとひ弱くて、かすれてて、香菜の目を見ていると胸がジュクジュクと疼き出す。
どうしようもなく香菜を抱きしめたくなって、目の前の香菜の頬に手を伸ばした。
きょとんとする香菜の顔をそっと引き寄せる。香菜は私を信頼しているのかされるがままで、罪悪感が胸を駆け巡って、くずぐったい。
そんな香菜に、私は、欲望のままにキスを……
目を開くと眩しい朝日とアラーム音よりもけたたましいセミの声。
ああ、私、夢を見てたんだ。
そう自覚すると胸のジュクジュクとした感覚は強くなって、それと同時に恥ずかしさが全身を埋め尽くす。
私……私、夢の中とは言え、香菜にキスしようとしちゃった!!!!!!!
昨日の記憶だと、私が香菜の恋愛相談に乗ってそのまま香菜が帰るまで見届けたはずなのに……
うぅ…夢の中とはいえ、罪悪感がすごい。
どうしてこんなことを夢に見たんだろう?
そんな疑問が頭をよぎるが、すぐに答えは見つかった。
昨日、香菜が『好きな人がいるの』と言ったときの瞳が忘れられない。それに胸のこのジュクジュクと疼く感覚。
私、香菜に恋しちゃったんだ。
昨日の恋愛相談を受けるまでは普通だったのに、香菜のあの瞳を見た瞬間から胸がとくんとくんと疼き出して、私はどうしても、『大好きだ』という感情が溢れて仕方ない。
自覚すれば自覚するほど苦しい。だって私、失恋したんだもん。
恋した瞬間に失恋するだなんて…きっと世界で一番早い失恋だよ……。
あぁもう!こんなん失恋の世界記録破っちゃったよ!!!ギネスだよ!!!!!世界一の称号をもらっちゃったよ!!!!!!!!でも香菜の恋も応援したい!!!!!!!!でもでも香菜を他の人の手に触れさせたくない!!!!!!!!!!
うぅ…こんなの自分勝手だよね…
とにかく、今日はいっぱい泣いて明後日香菜と会う時に変な顔晒さないように気をつけないと。もちろん、泣いたりなんかもしないようにしないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます