第14話
城の長い廊下を早足で進む。
こちらはベルナがいなくなってから一時も気が休まっていないというのに、加えて休日出勤なんて笑えない。
「失礼します」
形だけの礼儀で部屋に入れば、部屋の主はそれすらも知ったように持っていた書類を置いた。
「休日に呼び出して悪いな」
「悪いと思っているなら呼ばないでください」
「国王陛下がお呼びだ」
その言葉で俺の苛立ちは限界に達した。
怒りを抑えるために握っていた拳を解き、両手で顔を覆う。
「……今度は何なんですか」
「俺に聞くな」
「アンタ、一応王太子でしょう」
「親子関係が悪いんだ。伝言以外でロクに会話をしていない」
「……お互いがそれでいいならいいですけど」
ここで愚痴を吐いていても仕方ない。
踵を返して部屋を出ようとドアノブに手をかけた所で、後ろから小さな声が聞こえた。
「本気で獣人の奴隷制を撤廃したいなら機を伺えよ」
「……分かってます」
その会話を最後に振り返ることなく部屋を後にした。
すっかり日が沈んだ深夜。
苛つきながら馬車に乗り込むも、マツエは笑顔で迎えてくれた。
「お疲れ様です」
「…こんな深夜にすまんな」
「いえ、こう見えてもまだまだ体力はありますから」
年齢の割には元気なマツエは馬車を走らせながら器用に話を振って来た。
「その様子ですとまた国王陛下ですか」
「あぁ。休日出勤させた上に奴隷制の撤廃はできないと長ったらしく言われてな。獣人の身体能力や五感は脅威になるからこそ無理だとか言って来やがった」
「あらあら、大変でしたね」
「……ベルナみたいに人間と何ら変わらず生きていくことができる獣人もいるんだ。勿論、中には凶暴な獣人もいるかもしれないがそれは人間だって同じこと。むしろ、現状だけ見ると奴隷制を敷いている人間の方が凶悪だ」
窓の外を流れる景色は何の変哲もない。
平和そのものだ。
それでも、今以上の幸福を得ようとするのは間違いなのだろうか。
「俺は絶対にベルナを逃がしたくない」
「8年間も想い続けた執着は伊達ではないと?」
「一途と言ってくれ」
「失礼しました」
すかさず訂正を入れれば半笑いで謝られた。
「こんなことになるなら拘束具でも着けておくべきだった。何なら自室を与えないという手もあったな」
「監禁はいけませんよ。両者にそう言った趣味があれば止めませんが」
「……分かってる」
「今の間は分かっていませんでいたよね」
そんな会話をしていると、ふと裏路地に何かが倒れているのが見えた。
何となく子どもの様な気がして慌てて馬車を止めさせる。
「ちょっと見てくる。すぐに戻ってくるから待っててくれ」
「先に私が行ってきますよ」
「危ないと思ったらすぐに引き返してくれるから大丈夫だ。ありがとう」
馬車を下りて裏路地に入る。
気になっていた塊に近づくと、それは大きな翼を持った子どもだと分かった。
「獣人…?」
なぜ獣人の子どもがこんな街中にいるのだろうか。
それにこんなに大きな翼を持っていては見つかるのは時間の問題だろう。
「君、こんなところでどうしたんだ」
「グスッ…ぇ、にんげん」
子どもは俺と目が合った瞬間、顔を青くして逃げ出そうとした。
「おい、ちょっと待て」
急いでその子どもを捕まえようと手を伸ばし、肩を掴む。
人間でいう腕の部分が翼になっている彼は抵抗するために大きく翼を動かした。
「や、やだ!離せよ!」
「落ち着けって」
「うるさいっ、はなせっ」
人が集まる前にと思い、獣人の子どもを馬車に押し込む。
マツエは気を利かせてか、扉を閉めてからすぐに馬車を走らせてくれた。
「な、なんだよ、僕のこと売るのか」
「売るつもりは一切ない。ただ、君がどこから来たのか教えてほしいだけだ」
「人間なんかに言うわけないだろ!」
やはり警戒心が強いようだ。
そりゃ、彼から見たら人間は敵に違いないのだから仕方ないと言えば仕方ない。
「どうしようか…」
威嚇するように翼を逆立てる獣人の子どもと睨み合っていると、馬車がゆっくりと止まった。
窓の外を見ると屋敷に到着しており、カスミ、リリアン、マリアンヌが出迎えてくれた。
「ただいま」
「「「お帰りなさいませ」」」
「あ~…お前たちで1番子どもが得意なのは誰だ」
急な質問に3人は首を傾げた。
「全員同じぐらいだと思いますが…」
「そうか。じゃあ3人に頼みたいことがある」
薄く扉を開けて中の様子を見せれば、3人は子どもに気づいて小さく声を上げた。
「警戒心が強くて質問に答えてくれないんだ。明日の夜には家に帰すから今日は面倒見てやってくれ」
「分かりました」
「夜も遅いから無理はするな。もし何かあったら俺が寝ていても起こしてくれ」
そう伝えてから3人に子どもを託して、俺は自室に戻った。
獣人少女は大好きな恋人から逃げ出したい!! 宮野 智羽 @miyano_chiha
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