第2話 ガラスのレコードは砕かれない
質量保存の法則、そしてエネルギー保存の法則、忘れてはいけないエントロピーの法則。
「私」達は質量的にもエネルギー的にも同等だ、そうでないとnの世界間で「交代」が行われた際、その世界にプラス、マイナスの相違が起きるからだ。
大体は誤差の範囲、ほんの揺らぎ程度にしか過ぎない。
だが、あまりにも「交代」を行った「私」はエントロピーの法則に基づき摩耗していく。
どの「私」が最初にそうなり、どの「私」がそうするようにシステムを変えたかは分からないが、あまりにも摩耗した「私」はとある世界へ送られる。
n??????の世界、通称「溶鉱炉」ここは全ての「私」の終着点だ。
かつてブラックジョーク好きな「私」が溶鉱炉で会おう、と英文字グラフティで書かれたTシャツを着ていたが、あの「私」は生きているだろうか?
いや、そもそも死者の国の世界も観測する「私」に生や死などの概念はあるのだろうか?
「擬態する端末」には、カウント機能がついている。
自分があと何回「交代」するかのカウントだ。
そして、着流しを着た「私」の前にふいに陽炎が立った。
本に「擬態」していたそれのカウントが1になった時点で、この世界での観測が最後になることには気付いていた。
「私」は陽炎に踏み込み、「溶鉱炉」に降り立った。
カウントは0になっている。
最初、どれだけカウントがあったかは忘れた。
忘れるほど、様々な世界を見てきた。
地球は何度滅んだことやら。
宇宙は何度生まれたか。
人がどれだけの営みを行ってきたやら。
そうして、「私」はいつの間にか「私」であることに何らかの嫌気がさしてきた。
その頃は、まだカウントは3桁ぐらいは残ってた。
「カウントを見せて」
目の前の「私」じゃない「私」が言った。
「どうぞ」
「私」は0になったカウントを見せた。
「あなたには、一つの権利がある。どの権利を行使したい?」
「じゃあ、これから起こる事を書き記してn0の世界に置いておきたい」
「了承したわ」
「私」いや「0の記録者」は、新しい手帳を取り出すといつでもどうぞ、と言いたげな目で「私」を見た。
「0の記録者としての質問だ。これから何が起こりどうなる?」
「そうね、今までたくさんの「私」が知ろうとしていた事が起きるわ」
「へぇ、つまり俺はどうなる」
「あら? あなたも一人称が変わるのね。これもカウントの減少とともに起きる現象なのだけれどもね」
「そうかい」
「あなたも、考えたことがあるんじゃないかしら。人は死んだら死の国に行くけど「私」達はどこへ行くのか」
「俺は、俺みたいな存在に天国も地獄もないと思って早々にケリをつけたがな」
「そうね、「私」達には天国や地獄はない。あるのは、ガラスを溶かしてリサイクルするときみたいな「存在の溶鉱炉」という所だけ」
「リサイクル、ね。俺の推理が正しければ、観測を行いすぎて摩耗した奴らを溶かして不純物的なものを取り除き新しく「私」にするって訳か」
「正解」
「で、憶測なんだが。そうしてできた「私」とやらは、俺らが積み上げてきた感情や人らしさを持ち合わせてないんだろ?」
「そうね。だから、最低限の義務となすべき行為、人らしく生きる作法をインプットされて観測業務に当たるわ」
「ふうん、どうりでアンタと比べて俺は人臭いわけか」
「勘違いしないで「私」も、いつか新しい「私」に「溶鉱炉」に入れられる。それが、観測を主に行う「私」よりゆっくりなだけ」
「怖いか」
「まだ怖くはないわ」
「なぁ、お前さ。最後の権利、何に使いたい?」
「決まってない」
「そうか……。ま、最後の権利は悔いのないように使え。お前も、これを読むかもしれない「私」も」
そして、俺は手帳を「私」に預けた。
「もう、良いの?」
「あぁ、十分だ。俺が後世に伝えたいことは書き終えた」
「そう」
「ありがとう」
と、言うと「私」は不思議そうな顔をした。
「お前のおかげで俺は悔いなく終われる。だから言ったんだ」
「そう」
「じゃあな」
目を閉じると、落下の後に浮くような感覚がして
意識が五体とともに、どろどろ、とけて、きえた
とあるレコードの話 十七夜月 慧 @siduki-meiko
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