第1話 シュレディンガーは「私」を知っている。多分
パラレルワールドの観測手。
この仕事にも大分飽きてきて、そろそろ誰かと交代したいがなんせ大変な業務なので暇つぶしに観察記を書いて、特異点に置いている。
「に、しても昔観測した世界が小説として出回っているというのは奇妙な気分だ」
特異点、別名をn0の世界と呼ぶ世界はすべての世界と肉薄しているゆえか誰かの無意識の中に陽炎のように現れては創作手によって面白おかしく添加物をかけられて出版される。
「まぁ、ヒトというもの自体が宇宙の縮図であるからなぁ」
そもそも、五感で感じたものは全て脳で処理されて再現されるものだ。
だから、人は人と違う。
では、人かどうかすら怪しい私はどうなのかというと。
めんどくさいから、考えてない。
いや、本当に考えてない。
ただただ、パラレルワールドを自在に行き来して、無数に存在するであろう「私」と入れ代わり立ち代わりしているのだ。
初期のころは「反物質になって別の宇宙に立ちませんように」なんて怖がっていたのが噓のようだ。
「あー、これ昔居た世界だ」
少年誌をめくりながら退場した世界がどうなったか気になった私は、この世界に漫画喫茶は無いかな? と思い「擬態する端末」を弄った。
前の世界では、ピッチと呼ばれるものに「擬態」していたそれはスマホと呼ばれるものに「擬態」していた。
そこに、急に着信が来た。
「おい!お前今どこで油を売ってやがる!」
脳内ですれ違いざまに私から受け取った記憶のデータを探る。
「すいません、編集部長。中原先生のところに行く途中で頼まれていた資料を探しに本屋に居ます」
「ちっ!お前今度こそ先生から原稿をもらってくるんだぞ!」
朱堂
中原先生の奥さんには「もえちゃん」息子さんの文也君には「もーねーね」と呼ばれるこの名前も、無数に存在する「私」の名前の一つでしかない。
ある世界では酒浸りで威張るくせに弱い詩人、ある世界では特殊能力を持ってたり、ある世界では転生して文学のために戦っていたり。
そして、この世界では戦後から何十年も経ってから生を受け結婚して今時珍しい「詩人」であり「翻訳家」である、「中原中也先生」に私は原稿を取り立てに行かねばならないから何とも言えない感じだ。
千ベロと呼ばれる、安酒場で懐かしい声色で「ゆあーん、ゆよん、ゆやゆよーん」などと酔って詠っていた「彼」に出会った「私」は、いつの間にか干渉行為を行っていた。
それは本来観測手としては超越行為なのだが「異なる世界で異なる視点からによる観測」と、観測報告を送り承認されたため、こうしている。
信号を待ってると、どこからか子供の声がした。
「もーねーね!!」
ダメだ、信号は、赤なのに。
「ダメ!」
それがいけなかった、駆けてくる少年が一瞬縮こまる。
トラックが、少年を引き裂いた。
あぁ、私のせいだ。
「そうだね、「私」が干渉しなかったら。彼は死ななかった。だが、これも予定調和だよ」
「交代、なのか……?」
「そうだよ「私」これから先のことは「私」が行う」
そうして私は泣きながらn8944386の世界を去った。
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