第35話

 今日の天気は快晴である。

 ラジオから流れる天気予報を3年ぶりに聞いて人々は歓喜した。

 皆が寒いのを気にもとめず、外で一日中過ごした。

 

 それから数日後。

 ジュンは再びルナダリアを訪れていた。

「君がジュン殿か、アリアから話は聞いている」

 相対するのはルナダリア王国第二王子ビルマであった。場所はビルマの持つ直轄領、その応接間。白地に緑の刺繍をしたケープを羽織り、赤毛の髭を蓄えた王子はどことなく背伸びをしている印象であった。

「殿下も、ご無事でなによりです」

「アリアとサトル殿それから他の軍、いや自衛隊と言ったか。彼らの助力のおかげでな。まさか、ダンジョンの奥に生まれた門がルナダリア国内の別地域とつながっていたとはライゼルも思うまい」

 サトルはアリアやビルマの部下とともに隊員らの救助に成功し、そのままビルマ捜索を手伝ったそうだ。その道中で魔物と遭遇し戦っていたらしい。

 ダンジョン内で襲われ、ケガを負いながら逃げたビルマはダンジョンの奥で門を見つけ転移した。すぐに国内に転移したことは気づいたが、味方と連絡を取れず困っていた。そのとき、魔物と戦い勝利していた異国の軍人について噂を聞いてコネクションがとれたわけだ。


「彼らの冒険も語り継がせるつもりだが、貴殿ほどではないだろうな」

「殿下。私がこちらに来たのは、吟遊詩人に武勇伝を語らせるためではございません」

 ジュンが休止させたダンジョンは1つ。それによって雲が晴れた地域は日本の半分程度であった。日本の南半分を覆う雲は、大陸の半島を中心としているらしい。

 ジュンが世界を周り対応したとして、デミ・コアを作ることができるルナダリアは塔を建て続けるだろう。捕らえたパンタに聞くところでは、使用した資源もほとんど地球のものだった。このままでは地球側が一方的な消耗を余儀なくされる。

「分かっている。ライゼルらと相対するには準備が居る。私の部下も追加でそちらに送ろう。塔を破壊できずとも、そこからの侵略を留めることはできるだろう」

 ジュンの耳には日本周辺の情報しか入ってこなかった。塔が建った国によっては戦略的兵器が利用されかねない。ゲリラ戦のようにあちこちに沸く塔を相手に、それでは消耗が勝る。

「ルナダリアにも自衛隊を大規模に動員するそうです。正面作戦の指揮は殿下が?」

「共同で行うこととなった。お互い、戦い方があまりに違うだろうからな」

「ではそちらはお任せします」

「貴殿は研究所を見つけると言っていたな」

「はい。魔法省では大規模なダンジョン研究を行えないでしょう。各地のダンジョンをめぐり、門があればそこから雲を消していきます。どこかで研究所に関わる手がかりが見つかるはずです」

「うむ。共としてアリアを出そう。地理に明るい者が必要だろう」

「ありがとうございます」

 デミ・コアを使用した研究はよほど目につかない場所で行われたはずだ。魔素嵐の一環であるダンジョンを生成し、制御することなど危険が伴わないはずがない。

 ビルマ同様、ライゼルも自身の直轄領がある。ジュンはそこから捜索を始めるつもりだった。


「ところで、最近婚約したそうだな」

「えぇ、つい先日」

「婚約相手はエリカ殿という、研究者だと聞いている」

「はい。ルナダリアから得た情報のうち国民に公開できるものを彼女を通して伝えようと思います。日本だけが太陽を取り戻した。いったいどうやってと、世界中の注目が集まっていますから」

「どこまで話すつもりだ?」

「魔術については話しません。あれは魔素があれば扱えてしまう。法整備の準備が出来ぬまま公開されれば、社会は大混乱でしょう。塔については、技術的課題から数を用意できないと伝えさせます。優先的に対応しろという声についても、地理的条件が必要だと」

「それでは、婚約者が非難の的となるのでは?」

「いいえ、殿下。少なくとも日本では英雄となります。また、彼女の父は政界にも手が伸びていますので、国民の感情を好意的な方へ誘導してくれるでしょう。世界的な協力も惜しむつもりはないと断言していれば、非難は最小限です」

「自身に英雄願望はないと?」

「もともと私はエリカが研究者として大成してくれることを望んでいました。何かを残しても、受け取ってくれる家族がおりませんでしたから。」

 ジュンはやや自虐気味に笑いながら答える。

「苦労も多い道でしょうが、優秀な彼女はうまくやってくれるでしょう。魔術を公表するとき、彼女は世界の最前線に立ちます。その準備を今のうちにしてもらっています。私はその支えになれば十分です」

 右手に埋まった黄色い球体をなでながら、さらに理由を1つ加える。

「それにエリオットとの約束があります。彼の助けがなければ、我々の道は途絶えていました。すべてのデミ・コアの対処を終え、コレを彼に返す。それから一緒に故郷を探します。私の故郷を取り返してくれた。そのお礼をしなければなりませんから」

「アレーヌ族の彼には私からも謝罪をしなければならない。ぜひとも協力させてくれ」

 ビルマとジュンは固い握手を結ぶ。互いの手のひらにはアレーヌ・コアが触れ、それぞれの魔素を繋げる。意図せずとも、それは相手の心まで届く誓いとなった。


 以降、ルナダリアは戦火にまみれる。表面上は王位継承を争う二人であったが、その実ルナダリアと地球の戦争である。急変し続ける情勢の中、ジュンはアリアと共に駆け抜ける。

 その続きは別のお話で。

 

 

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泥だらけの空 1.帰郷 えぞゑびす @ssz_003

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