第34話
ジュンとエリカの二人はコロニーを越え、巨大な塔の上空へと来ていた。
そこでは自衛隊が陣地を構築し塔からの攻撃に備えている。山の木々が燃えた跡があり、すでに交戦しているように見えた。
「降りるぞ」
エリカを抱えたジュンは力場の魔術を調整し、浮遊していた。正確には空中に足場を生成し、魔術で摩擦力を生み出すことで移動している。
ゆっくりと降下する二人を、地上ではあんぐり口を開けた隊員らが見つめている。
「申し訳ないが、隊の責任者はいますか?」
地上に立ち、隊員に聞こえるよう声を張る。
「私ですが、あなたは?」
略章をつけた隊長がこちらに走ってくる。
「使節団のジュンだ。治安局からは聞いていないですか?」
「あなたがそうですか。伺っています」
「塔の中に入るので、エリカ博士の保護をお願いしたい。コロニーに寄る暇がなくてね」
アキラとの戦闘を終えたジュンは傷の手当もそこそこに、塔への空を急いで来た。エリカからコロニーに下ろすことも提案されたが、どうせなら最後まで見ていけと連れてきたのだった。
「では、こちらに」
「ここで見せてください。命の保証はいりません」
ですが、と困り顔の隊長を放ってジュンは塔に向かって歩き出す。
「危ないですよ!」
「大丈夫。見てるだけでいい。証人になってくれ、雲を晴らす場にエリカが居たことの」
「は?」
繰り返し制止されるが、無視して塔に近づく。
数百mまで近づくと塔からいくつもの魔術が飛んでくる。
炎、つぶて、氷、それから鉄の塊まで。
すべてを意に介さず、ジュンは塔に近づいた。
「ようく分かったよ。アキラも氷の魔術は足元から続けて放った。ナイフを操る術だって、一度触れて魔素を注入していた。お前らは魔素の遠隔起動ができない」
ジュンは塔に向けて手を向ける。手からは高濃度の魔素が立ち込める。
「それが魔素不足による制限なのか、技術による制限なのかは分からないが......容赦する理由にはならんな」
塔の一角を覆いつくした魔素に力場の魔術を作用させる。
衝撃が走り、轟音とともに塔の壁には穴ができた。
「お邪魔するよ」
塔の地階は広い1室となっており、その中央には見覚えのある門が立っている。黒い粒子によって構成された門はジュンが洞窟内で見た物より数倍大きかった。
「ここから来たわけか」
ルナダリアへ通じる門。それをどうすべきか悩んでいると、続々と敵兵がやってくる。
「身体よりも先に魔素を先行させているんだ。君たちにも見えているだろうに」
光の魔術で姿を消したジュンは敵兵から見つからない。そして、室内に充満した魔素に対しては門の近くであるせいか、敵兵らは警戒をしなかった。
十分に敵を引き込めた後、雷の魔術を展開する。悲鳴とともに痙攣し、敵兵は一斉に意識を奪われた。
「さて、この門はどうしようか」
門に触れながら考えていると、門を構成する粒子が変形し始める。
「これは」
記憶にあった現象。誰かが門を通ってくる。
警戒しながら姿をくらまして待つと、そこに出てきたのはジュンのよく知る顔だった。
「サトル君」
いきなり声を掛けられびくっと震える。
「ごめん、ごめん。こっちだよ」
姿を現しながらサトルに手を振る。
「ジュンさん!」
ぱあっと笑顔を向けてサトルは駆け寄ってきた。その勢いのままハグを交わすと、ジュンはサトルの身体に傷跡が残ることに気づく。
「サトル、ケガは!?」
「大丈夫!アリアさんに治療してもらってます」
元気ですとポーズをとりながら返答する。アリアも無事のようでジュンは安堵していた。たとえ捕まった人間を助けられずとも、被害が拡大しないことは喜ばしい。
そう考えているとサトルが門の方へ戻っていく。
「みんなを呼んできます。ジュンさんもびっくりしますよ」
そう言ってサトルは門に消えていった。
数分の後、ジュンが周囲の敵兵を片付けて待っていると門の粒子が大きくゆがむ。
大小複数の形状に変形した粒子からは、それぞれ人が姿を露わした。
「ただいま、ジュンさん」
先頭を立つサトルの背後には以前会った衛生兵のカナエが居た。足を失った隊員も一緒のようだ。
そして、門をくぐってきたのはそれだけじゃなかった。次々に人が出てくる。見覚えのある隊員ら、シンイチ大臣、学者のヒサエさんやアガタさん。さらに後ろにはジン隊長も居た。
「みなさん、よくご無事で!」
「先に帰った薄情者かい?」
シンイチ大臣は怪訝そうな顔でこちらを見る。
しかし、すぐにその表情は笑顔に変わった。
「冗談だよ!はっはっは。君の姿を見るに、相応の苦労をしたんだろう。ありがとう」
「いえ、詳細は後で話しますが仕事が残っています」
「仕事?」
そう聞いてきたのは大臣ではなく、列の最後尾に居た人物。一人だけ金髪を揺らすその女性は使節団の中でも一際目立っていた。
「おかえり、アリア。いや、故郷はあっちだろうから、お帰りは変か」
「はははは。みんなの協力で私も無事だったよ。ついでに言うとビルマ殿下もね」
「え!?」
配下のアリアがついでと言ってはダメだろうと、突っ込みをいれていると横に居たジン隊長が割り込んでくる。
「状況の把握を優先したい。構わないか」
「はい」
たしかに、敵地で和気あいあいと話している場合ではなかった。ほとんどの戦力はジュンの対処にあたり返り討ちに遭ったが、まだ残っていないとも限らない。
状況をジン隊長に伝えると、使節団の面々はそのまま塔を出て他の隊員らと合流していった。
「それで、仕事って?」
「この塔に、エリ......アレーヌ族の道具を模倣した装置があるはずなんだ」
その道具とはジュンの手に埋まっている黄色い球のことである。それをアリアに見せながらジュンは経緯を説明した。
「たぶん、塔のてっぺんだよね」
「雲の操作をするなら、そこが一番便利だろうなぁ」
ついさっきまで山登りをして死闘を繰り返し、疲労困憊なジュンには全長2km以上の高さを誇る塔を足で登る気力はなかった。
魔術を使いゆっくりと浮かびあがる。塔の外から頂上まで飛んでしまおうというのだ。
「ちょっと!ずるい。私も連れてって」
「なんで女性はみんな連れていけと言うんだろうな......」
危険な場所だというのに。とはいえ、生存本能よりも優先すべきことがはっきりしているのは羨ましい限りだとも思いながら、ジュンはアリアを抱えて飛び上がる。
塔の先端には煙突のように空洞ができていた。上からその中に入ると、いくつもの装置が並んでいる。その前に一人の男が立っていた。
「パンタさん......」
「よくきたネ」
親戚のおじさんのような態度をとるパンタだが、アキラ同様にジュンを追う敵である。相応に警戒を強めたジュンは、それが語気にも込められていた。
「ここで何をしている」
「ワタシ魔素の管理が専門。仕事をするにきまってイル」
「仕事は終わりだ。これの模造品がここにあるはず。それを譲ってもらおうか」
ジュンは掌をパンタに向けて話しかける。しかし、そこに埋まる球をみたパンタは表情を大きく変えた。
「それハ!アレーヌ・コアがナゼ!」
「エリオット。地球に送られたアレーヌ族から借り受けた」
それを聞いたパンタはがっくりと肩を落とした。
「私はそれを再現するのガ、デミ・コアを作ることが仕事だッタ。そのために攫わレ、家族から離さレ、人生を捧げタ......」
パンタは自身の横にある、大きな鍋に似た装置へ手を触れる。それがデミ・コアと呼ばれるものらしい。
「......」
ジュンはパンタの事情を詳しく知らない。ルナダリアに攫われてきたというのは、魔法省で出会った姿からは想像がつかなかった。
「ビルマ殿下に掛け合いましょう。情状酌量の余地あり、可能であれば故郷へ帰る手配も」
「もう遅イ。家族はたぶん、もうイナイ。そしてデミ・コアは作動済みダ。私は調整こそできるガ、停止させることはできナイ。王の持つ鍵でしか停止できないように作っタ」
「そんな、では地球で作った魔素を?」
「下の門を通じてルナダリアに送ル。ここにあるデミ・コアを壊してモ、すぐに違う国で作動済みのコアが補ウ」
「どいてくれ、俺がやってみる」
ジュンは右手に埋まる黄色の球、アレーヌ・コアと呼ばれるそれを、デミ・コアに触れて意識を集中する。
行うのは雲への命令。その書き換え。
毎日天に昇り、光を吸収し、エネルギーへ変換する。その雲の制御を奪う処理。
デミ・コアがつながる先を探ると、雲ではなくダンジョンへと通じた。そしてダンジョンへ戻る雲の通り道に、門を経由させている。その経路を切り替える。
雲は塔の門を通させない。そして一度ダンジョンへ戻ってからは、ずっとダンジョン内で留まるように。加えて、雲の新規生成も中止させる。
手の魔素を通じて、コアにつながる感覚はエリオットとの会話に似たものだった。
ダンジョンからも言葉が返された気がする。もう働かなくてよいのか。空腹を感じ続ける恐怖に怯えなくて良いのか。
ジュンはダンジョンに語り掛ける。ぐっすりと眠るように。
ジュンがコアから意識を切り離すと、アリアがのぞき込んでいた。眼前にある顔に驚いて、たたらを踏む。
「うわっ」
「それで、どうだった?」
「うまくいった......とは思う」
「それって、どうやったら分かる?」
「夜になって、雲が降りてきて。明日の朝に雲が晴れたら、かな」
「なんか、ぱっとしないね......」
たしかにパッとしない。せっかくなら、もっと即効性があると分かれば。そう考えたジュンはもう一度塔のてっぺんに登りなおす。
「ここからなら雲に触れる。ずっと遠いところまで、魔素の制御が及ぶ」
「どうするの?」
「みんなに太陽を取り戻す」
ジュンは右手のアレーヌ・コアに再び意識を集中する。雲の1つ1つへ魔素の繋がりを作り、十分に広がった所で一気に引き寄せる。
そらに広がった雲は塔へ引き寄せられ、続々とジュンの手に収まっていく。魔素を失った雲は塔のてっぺんから地上へ降り注ぐ。色を失った透明な粒子がパラパラと。
どれほど時間がかかるだろうか。想像するに、山頂で行った時の数倍ではきかないだろう。そう考えても、気が遠くなることはなかった。
すっかり雲から魔素を吸いつくすことができた。
疲労なんてものは感じなかった。
その目には夕日に照らされて輝く故郷だけが見えていた。
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