第33話

 アキラはいくつものナイフを投げながら槍を構え突っ込んでくる。ジュンは再び力場を展開しながら応戦する。

「雷の魔術は予想外でしたよ、先輩」

「よく生きていたな。俺は初めて人を殺してしまったものだとばかり思っていたよ」

「パンタ科長はなかなか腕が良い魔術を使えます。完治はせずとも、この通り。万全に動く上に痛みもない」

「とても真っ当な手段には思えないな」

 ジュンは力場のサイズを大きくしアキラをはじき返す。

「これはどうでしょう?」

 アキラはナイフの他に棒状の何かをジュンへ向けて放る。ナイフよりもゆっくり飛んでくるそれを、再び力場によって阻止しようとしたとき、ジュンは違和感に気づく。

「場の魔素を乱す装置です。先輩の魔術は使えない」

 飛来するナイフを何とか避けるも、いくつかが肌を掠める。ジュンは痛みを無視しながら、飛翔する装置を観察した。アキラの魔術はその影響を受けていない。またジュンが自身の肉体に魔素を充満させてエネルギー効率を高める措置も阻害されている。

「魔素の操作は阻害しない。変換だけを阻害する装置か。指向性を持たせてナイフには影響しないようにしているな」

「正解。さすがですね先輩」

「自分まで影響が出ないように、槍を持って突っ込んでは来ないわけだ」

「魔術を使えない猿を殺すだけなら不要ですから」

「くそったれが」

 ジュンは鞄の横に下げていたペグを取り出す。鉄でできたペグを阻害装置に向けて投げるが簡単によけられてしまう。投げたペグはアキラのすぐ近くに転がってしまった。

「そんな簡単に当たりませんよ」

 ペグを何本も両手に持ち今度は阻害装置に向けて突貫する。

「じゃあ直接叩いてやる」

「おっと」

 追いかけど、追いかけど、阻害装置はジュンから一定の距離をとって逃げる。

「くそが!!」

 焦った表情のジュンは両手に持っていたペグをすべて投げてしまう。くるくると回転しながら飛ぶそれは阻害装置に掠りもせず地面に落ちる。

「やけくそですね。さあなぶり殺しにしましょう」

 ジュンを取り囲むようにナイフを浮かせ、見せつける。ゆっくりをジュンに近づける。阻害装置はジュンの頭上に位置し、可能な限りナイフに影響しないようにされている。

「愚策だな」

 ジュンは右手を伸ばす。ナイフに届くほど伸ばされた腕は阻害装置の範囲から出る。

 手に嵌った球体から魔素を放出する。魔素はまっすぐアキラの方へ進むとその足元にあるペグに繋がった。ペグは浮遊を始め今度はアキラを取り囲む。

 今度は左手では雷の魔結晶を掴み魔術を発動すると連鎖的に伸ばした魔素からも放電される。

「効きませんよ」

 アキラは自身の体表を覆うように魔素を展開し、感電を防いでいた。しかし雷光は続きアキラを取り囲んでいる。

「なるほど、目くらましでしたか」

 ナイフ囲まれていたはずのジュンはその姿をくらましていた。近くに居たはずのエリカも忽然と消えている。


 ジュンはエリカを抱えて山を下っていた。力場の魔術を使いながらスキーのように滑り降りていく。

「さっきのはなに!?」

「ルナダリアからのスパイ!向こうで一度振り払ったんだけど、こっちまで追いかけて来やがった」

 二人の姿は見えず、声のみがこだまする。通った跡にはほのかに白銀の粒子が舞い上がる。

 ジュンがアリアから譲りうけた魔結晶は4つ。力場の魔術、雷の魔術、ジュンが体に巡らせる魔素の元としていた方向づけられていない魔結晶。そして最後の1つは光を曲げる魔術だった。

「今は魔素を纏って光を捻じ曲げてる。俺らを透過して光が直進しているように」

「だからあいつには見えてないってこと?」

「そう!でも、いつか見つかるだろうから、向かい打つ準備をする」

 二人はややしばらく下り、少しだけ開けた平地で止まった。

「エリカは隠れてろ」

 エリカはジュンの指示に従い、雪で身体を覆うように隠れる場所を作る。

「さて、仕掛けを作ろう」

 何とか稼いだ時間でジュンはアキラを打倒する策を講じる。


 *


「探しましたよ、先輩。逃げるのは終わりですか?」

「移動はそっちの方が速いだろう」

「そうですね。パンタ科長から預かった観測装置もあるので、逃がすことはないでしょう。随分と、漏洩魔素も増えているようですし」

 総魔素量が多いほど漏洩魔素も多い。先ほど右手に多量の魔素を吸入したジュンは、大気中の魔素が0の地球において簡単に見つかってしまうだろう。

「私と、先輩の魔術の違いは何か分かりますか?」

「俺は魔結晶を使っているってことか?」

「それだけじゃありません。そもそも、複数の魔術を並列で扱うのは技術がいるのです。異なる種別であれば尚の事。あなたは先ほど、力場の魔術を使いすぐに雷の魔術へ切り替えることで檻を作った。」

 アキラはナイフを懐から取り出す。1つ、2つ、3つと取り出すとそれを地面に落とした。雪に刺さるナイフはそのままに、今度は反対の懐からもナイフを取り出す。さらに腰から、ブーツから次々に取り出し、最終的にその数は20に及んだ。

「これが、卓越した魔術というものです」

 すべてのナイフが一斉にジュンへ向けて放たれる。1つは直線的に、1つは曲線を描き、また1つは背後に回る。四方を包まれる攻撃にジュンは姿勢を下げて力場の魔術を展開する。

「それしか手はないんですか?」

 雪面につけていた右手から振動を感じ咄嗟に飛び退く。

 雪は一部が硬化し、地面から生える巨大なツララとなってジュンを襲う。ドーム状に作っていた力場は足元からの攻撃を防げずジュンの足を掠める。

「くそが!」

 かがんだ状態で球状に力場を展開するが、ナイフが剣山のように突き立つ。

「守っているだけでは何もできませんよ、先輩。」

 アキラは槍を手に持ったまま動く気はなく、ただ守りに徹するジュンを眺めていた。

「これが魔術の並列使用です。同時に多数の対象、多種類の魔術を行使できることが、ルナダリアにおける魔術兵の技術です」

 ナイフの勢いに力場が負け始める。力場の魔術に必要な魔素は魔結晶に入っている。その総量が枯渇し始め、サイズを小さくする必要が出てきたのだ。手のひらに吸収した魔素を利用するには、作用したい点に魔素を繋げる必要があった。

 そして、ジュンにはそれができない理由があった。


「じゃあ、俺も及第点だな」

「なに?」

 ジュンは力場の魔術を展開したまま、雪面に付けた右手から魔素を送る。そして魔術を始動させる。パキパキと高い音が鳴った後、視界がずれた。

 アキラが立っていた雪面が崩れ始める。最初、緩やかだった雪崩はすぐに勢いを増してアキラを襲う。そしてそのまま舞い上がる白銀の粒子に飲まれた。

「力場と熱の魔術を並列発動できたぞ。切れ込みは事前に入れておいたけどな」

 ジュンの足場は崩れていない。熱の魔術によって崩された区域は、事前に力場の魔術によって切り分けられ調整されていた。

「自然の力だから、どこまでうまく行くか分からなかったが......」

 安堵の表情を見せていたジュンだが、警戒を怠らない。これまでアキラはあの煙の中から何度も飛び出してきた。

 そして今回も例にもれず、槍とともにアキラが突貫してくる。

「これのどこが魔術だ!」

 槍は力場に阻まれるが、アキラの干渉によってその形状が歪む。

「そのまま貫かれろ」

 アキラは槍に力を籠めてジュン力場を貫こうとする。

「いいや、そちらが焼かれてくれ」

 突如、雪の中に隠されていたものが飛び上がる。アイゼン、ストック、ペグ、その他にも荷物にあった金属をそこら中に埋めていた。

 跳びあがった金属はアキラを囲い込むように配置され、ジュンの手から放たれる魔素を通じて電流が流れる。

「またコレか!効かないと言っただろう!」

 アキラは体表に魔素でできた絶縁体を纏い、電流を防ぐ。檻からはみ出した腕にも電流が流れる気配はない。

「電気が本体じゃない。なあ、ここらで降参してくれないか。殺しはしたくない」

「ふざけるな!死ぬのはお前だ」

 ジュンは手から貯めておいた魔素を流し込む。檻に流れる電流そして電圧が向上する。

「出力を上げたって無駄さ。効かないと......」

 アキラは違和感に気づき言葉を止める。

「なんだこれは。あつい。あづい!」

「力場の魔術による電流の操作、雷の魔術による出力操作、そして光の魔術による電磁波の操作。お前は今、電子レンジの中に入っているんだ。4年も地球に居たらどんな状態か分かるだろう?」

 アキラは槍を落とし座り込む。全身に熱を感じ、眼球を両手で押さえる。

「あああああ!」

「降参してくれ。今なら間に合う」

「ふざけるな!くそがぁあ!」

 途端にアキラの体内から魔素が噴き出す。

「なっ!?」

 溢れた魔素は衝撃を伴って体外へと散逸する。音を立てて檻は崩れ、ジュンも吹き飛ばされた。


「くそがくそがくそがくそがくそが!」

 全身を真っ赤に腫れ上がらせながら、あふれ出る魔力をそのままにアキラは素手のまま駆ける。多量の魔素を消費した筋肉は断裂しながらも最大のパフォーマンスを引き出し、一瞬でジュンのもとへと詰め寄る。

「ぐっ!」

 ジュンは力場の魔術を使おうとするも、両手を掴まれ阻まれる。

「魔結晶がなければ魔術を使えないクズが!同時にいくつ使えようと、お前はごみだ!」

 アキラはそのまま掴んだ両手を力いっぱいに振り回す。樹や地面に次々と叩きつけられ、ジュンは肺の空気を強制的に排出される。

「ぁ......」

 声は空気を揺らさず、言葉にならない。

「しねぇ!」

「あんたがね!」

 いつの間にか背後に回っていたのはエリカだった。手に持ったストックを全力で降りぬく。

「あがっ!!」

「ジュン、大丈夫!?」

 すぐにジュンへ駆け寄るが返事がない。揺すろうとも、意識は戻ってこない。

「くそアマぁあ!」

 すぐに起き上がり、エリカへ襲い掛かろうとしたアキラの背後に何かが立っている。

「きゃあ!」

 悲鳴を上げるエリカを前に愉悦の表情を向けるアキラだったが、次の瞬間にその顔面が切り裂かれた。


 ぼろぼろの毛並みをした熊がそこに立っていた。二足歩行でアキラをねじ伏せると、そのまま勢いよく齧りつく。

 エリカはそんな光景を前にし、恐怖するもすぐさまジュンの方へ意識を戻す。

「ジュン!ジュン!起きて!!」

 口元に耳を寄せるが、呼吸をしていない。すぐさま心臓マッサージを始める

 回数なんて数えていられない。とにかく必死に胸に体重を乗せて押す。10回、20回としたところで姿勢を変える。

 ジュンの口を自身の口で覆ったエリカは精一杯に息を吹き込む。ジュンの胸が膨らむのが分かる。一度、息を整えてから再び。

 二度目の人工呼吸をするとジュンの身体が大きく揺れた。

「えほっえっほっ!」

 なんとか呼吸を整えようとするジュンにエリカは抱き着いた。

「あ゛、あきらは?」

「そこ」

 エリカは視線を向けられなかった。熊に捕食されたアキラの周囲は雪が真っ赤に染まっている。

 ジュンは音を立てながら咀嚼する熊と目が合った。音が止む。弱い風が吹き、ジュンの髪を揺らす。

「邪魔するつもりはない。食ってていい」

 そう言いながらゆっくりと立ち上がる。自分たちまで捕食対象とならないためにも、刺激しないよう後ずさる。

 エリカはすっかりジュンにくっついたまま、熊に背を向けて歩いている。

「頼むからついてこないでくれ」

 そう願ったジュンの言葉が通じたのか、熊は再び咀嚼を始めた。

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