第22話 遺されたもの

 ―――桜が散った


それからの日々は、自分でも驚くほど淡々と過ぎていった。


我那覇さんが費用を出してくれて、葬儀が行われた。

家族葬。

俺と、我那覇さんだけ。他に参列者はいない。


ニカ爺が住んでいた小屋は俺が片付けた。

まだ使える物は残して、ニカ爺の私物はほとんど燃やした。


残ったのは、ニカ爺の家だろうと思われる『鍵』と『家族写真』。

今よりずっと若いニカ爺と奥さんと息子さん。

満開の桜を背景に撮った一枚。


照れ隠しなのか、不愛想な表情をしている息子さんは、どことなく既視感があるような気がするが、きっと俺と背格好が似ているからそう思っただけだろう。


いや、それだけじゃない気がするが……思い出せない。

そういえば最近、だんだんと元の世界に関する記憶が薄れつつあるような気がする。

もしかしたら、元の世界に関する何かに関することかもしれない。

まぁ、後々思い出せばいいか。

奥さんの方は、優しい微笑みをしていて幸せそうだ。


一通り片づけが終わったところで、近くに住むホームレス仲間に最後の挨拶をした。

ニカ爺の小屋は誰かに使ってもらうよう託した。

壊すには勿体ないし、誰かに使ってもらった方がニカ爺もきっと喜ぶだろう。


それに、絶対にないと分かっているけど、いつかニカ爺がひょっこり戻って来る気がしたので、俺の勝手な未練で壊したくなかったというのが一番の理由だ。


最後にもう一度、ニカ爺と過ごした小屋を見つめながら、長いようで短かった思い出の日々をゆっくりと思い返した。


最初の頃は言葉が通じなくて、お互いに散々な目に遭ったけど、思い出されるのはいつだってニカ爺のニカッと笑った笑顔ばかりだ。


あの笑顔があったから、俺は今こうして生き続けられている。

あの笑顔があったから、俺は人間を信じることができている。

あの笑顔があったから、俺は幸せだった。


たくさん笑って。

たくさん泣いて。

ずっと、楽しかった。


とめどなく溢れてくる涙を拭うことなく、枯れるまで流し続けた。

思いっきり泣いて、全部流しきって、ようやく枯れた。

最後に、俺は全力でニカッと笑って


「今まで、本当にありがとうございました!」


小屋に向かって一礼して歩き出した。

もう、振り返ることはない。



「ゴブさん、町を出るんだってな?寂しくなるよ」


「我那覇さん、本当にお世話になりました」


「そうだ、最後に渡しておきたい物があるんだ」


我那覇さんは引き出しを開くと、一枚の身分証を取り出して俺に手渡した。

顔写真は俺。

名前は「大田光久おおたみつひさ」と書いてある。


「これ……俺の身分証ですか?どうしてこんなものが?」


「だいぶ前にヒーさんから頼まれたんだ。名前はヒーさんの実の息子のものだ」


「……」


「きっと、お前が普通に真っ当な人生を送れるようにって、ヒーさんなりに考えて遺したんだと思う。色々不都合もあるかもしれんが、あまり目立った生き方をしなけりゃ問題なく使い続けられるはずだ」


「ニカ爺が俺に……遺してくれた」


「そうだ。あと、これは顔写真にするために撮った写真だ。よかったら持って行ってくれ」


写真に映っているのは、ごく普通の日常を過ごす俺とニカ爺が映った写真。

言葉を覚え始めたばかりの頃、我那覇さんが撮ってくれた一枚。

写真というものを知らなくて、やや怪訝な表情の俺とニカッと笑ったニカ爺。


「……ありがとうございます。一生、大事にします!じゃあ俺、


「あぁ、頑張れよ!困ったことがあれば、いつでも戻って来いよ!」


「我那覇さん、お世話になりました!」


新たな一歩を踏み出す。

俺は、本当の意味での転生人生が今日から始まる。

今日からは、俺一人で生きていく。


だけど、俺は一人じゃない。

心の中に、写真の中にいつだってニカッと笑ったニカ爺が居るのだから。

だから大丈夫。


今日も俺達は、生きている。

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雇われボス、人間界で頑張ってるけど日本語が難しすぎて涙 黄金アオ @ao_kugani

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